小説置き場2

山岳に寺社仏閣に両生類に爬虫類に妖怪に三国志にetcetc

あやかし姫~血戦、開始~

「きゃっきゃっ!」
「きっ、っき!」
 妖猿共が、鳥居をくぐる。
 ばっと赤い血が飛んだ。
 仲間が盛大に血飛沫をあげるのを眺めた。
 動けなかった。
「あ……」
「三吉ー!!!」
「おうおう、数だけは多いな」
 妖狼太郎
 口を赤く染めている。
 妖猿の喉元を、その鋭い牙で掻ききったのだ。
「お前、その目……」
「てめえ!」
 妖猿が、一匹飛んだ。
 仲間の敵を討つために。
 頭に、血が上っている。
 太郎は、空中からの攻撃をかわすと、後ろ足で妖猿の胸を蹴り上げた。
 もう一度、猿は宙を飛び、地面に叩きつけられ、動かなくなった。
「あんた、太郎だね」
 大きなヒヒが口を開いた。
「あんたが、この群れの長……飛猿一家の女親分か」
「嬉しいよ、あたしのこと、知ってたんだあ」
「あんた、有名だからね。他の妖の群れを襲って喰らうって」
「あたいも知ってるよ。三妖猿の大親分と、良い勝負したんだろ?」
 三妖猿?
 その太い首を傾げる。その大口よりしたたる血を拭うと、ああっと言った。
「あんときの老猿か……」
 確か、頭領と出会うすぐ前に争った。
「いいねえ、四日、四日も間を空けておいて正解だったよ!あんたみたいな妖を殺せば、飛猿一家の名が上がるってもんだよ!」
「殺せるもんなら、殺してみやがれ!」
 両者が、吼えた。
 妖猿が、妖狼に殺到する。
 妖狼は、陰惨な笑みを浮かべた。
 ちらりと、脳裏を少女の笑顔が掠める。笑みはすぐに曇り、悲しげな顔になる。
 ぶんと頭を一振りすると、瞳を輝かせ獲物を見つめた。

「ひい!!!」
「大丈夫だから、ね。大丈夫だから」
 悲鳴と、怒号が聞こえる。
 女子供は咲夜の家に集まり、肩を寄せ合い震えていた。
「やってきたんだ……あいつら、殺しにやってきたんだ……」
「皆殺しにされちまうよ……」
「母様……」
「咲夜……変よ」
「え?」
「ここで、待っていなさい」
「母様!どこへ!」
「来ちゃ駄目!」
 もう、顔色は良くなっていた。
 家を出る。
 雄狼、若いも老いたるも皆家の周りをぐるりと囲んでいた。
 誰も、闘っていない。
「磨夜様……」
「太郎が、一人で闘っているの?」
 鳥居の前で、また血飛沫があがった。
 あのヒヒは、腕を組んでそれを見ていた。
 真っ赤な塊が、動き回っていた。
「貴方達、なぜ闘わないの!どうして、あの子を、太郎を助けてくれないの!」
 ギッと太郎の横っ腹が妖猿の鋭い爪で引き裂かれた。
 あぐっと太郎が呻いた。
 磨夜はぎゅっと目をつぶる。
 おそるおそるあける。
 太郎は、まだ暴れていた。
 一人で、血の海を増やしていた。
 轟!
 っと吼えた。
「お願い!あの子を……」
「駄目だ!」
「あなた……」
「戻っておれ!邪魔だ!」
「何故です!あの子があんなに傷付いて……」
「あれは、我らを裏切った。あの日、我らが襲われたあの日、百年前のあの日、あやつは姿を見せず、一週間ばかししてふらりと戻ってきた。必死に我らが闘って、仲間が何人も殺されたのにだ! そのことをお前は忘れたのか!」
「う……」
 百年前。
 金銀妖瞳を持つ呪われた仔として煙たがられていた太郎に、臆病者の名がついた。
 ほどなく、太郎は村を追放された。
 そのとき死んだ狼の中に、太郎の叔父の名もあった。
「でも……」
「勝手に闘い、勝手に死ね」
 なにも、言えなかった。
 夫と、その弟とは仲が良かった。
 太郎の叔父は、唯一、太郎に優しくしていた。
 自分、以外に。
 磨夜は、見ているしかなかった。
 自分の息子が、村を出るのを。
 怒り狂った夫が、追い出すのを。
「でも…ああ……」