小説置き場2

山岳に寺社仏閣に両生類に爬虫類に妖怪に三国志にetcetc

あやかし姫~泣くな~

「太郎さん!太郎さん!」
 血溜まりに一人の少女が現れた。
 どこからともなく現れて、倒れ伏した狼の元に駆け寄る。
 遠くから見ていた妖狼達も、近くにいたヒヒも、驚いていた。
 一体この娘は何者で、どこから沸いてきたのかと。
「いや! 返事して! ねえ、返事してよ! 太郎さん……いつものように、笑ってよ…子供みたいに騒いでよ……」
 変わり果てた姿であった。
 でも、それが太郎だと姫様にはすぐに分かった。
 姫様が、声をかける。
 狼は、なにも反応を示さない。
 舌をだらりと垂らすだけ。
 姫様は揺らした、必死になって揺らした。
 今は、ただ一つ、太郎のことしか頭になかった。
「なんだよ……あんた…一体」
「太郎さん、太郎さん、返事……して」
 ぽろぽろと泣きながら必死に声をかける少女。
 ヒヒの目に、それは美味そうに映った。
 悲しみにくれる、美しい少女。
 ご馳走だ……
「人間かあ……どうしてここに現れたのかは知らないけれど、丁度良いときに来てくれたね」
 じゅるりと、舌なめずりをする。
 姫様の後ろに立った。
 それに、姫様は気づかない。
「まずはその、可愛らしい顔からといこうかねえ。美味しいところは、最初にねえ。いただき、まーす」
 大きく口を開け、姫様の頭を噛みきろうと。

 ダレダ……
 闇の中でまどろんでいた太郎を、呼びかける者がいる。
 もう疲れた、眠らせてくれ
 もう、いいだろう
 あの時も、そうだった
 村を襲おうとしていた妖達を、必死になって食い止めた
 討ち漏らした妖が村を襲い、優しかった叔父を殺した
 傷付き倒れ、眠り、戻ってきたら追放された
 もう、どうでも、いい
 一緒だ
 一人で闘って、一人で、傷付いて
 もう、いいだろう
 もう、十分だろう
 少女の姿が、闇に浮かんだ。
 よく知っている少女だった。
 赤子のときから知っている少女だった。
 ここにいるはずのない少女だった。
 少女は泣いていた、叫んでいた。
「姫様、ナゼ泣く?」
 姫様の後ろに何かが見える。
「ダレガ、泣かしタ? 誰がヒメサマを泣カシた?」
 
 オ・マ・エ・カ?

「オマエカ?」
「太郎さん!」
 ヒヒが、ぎょっとなり、その動きを止めた。
 顔の真ん前に、生きているはずのない男の顔が。
 太郎は人の姿になって立ち上がっていた。
「お前、どうし」
 そこまでだった。
 太郎がヒヒの顎を蹴り上げた。 
 ヒヒは、一撃で絶命した。
 どさっと、血の海に倒れた。
 飛猿一家の、最後だった。
「太郎、さん……」
 姫様は口を押さえた。
 太郎の血で真っ赤になった手で口を押さえ、よかった、よかったと繰り返した。
 嗚咽が漏れ、涙が落ちる。
「ヒメサマ、ナクナ」
「う、ああ……だってだって」
「ナク、泣く、なく、ナク……」
「え、太郎さん?」
 目の前で、男は崩れ落ちた。
「いやああああああ!!!!!!」
 姫様は、その長い髪を振り乱した。
 男を抱き寄せると、何度も揺する。
 姫様の着物が、またさらに赤くなっていく。
 ぴちゃ、ぴちゃっと音がした。
 妖狼達が、太郎が妖猿を全滅させたのをみて、駆け寄ってきたのだ。