小説置き場2

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愉快な呂布一家~劉備、退却~

「なんだと!」
 
 呂布が動いた。劉備の本拠地を占拠した。
 
 袁術はその知らせを聞いて、自分の耳を疑った。

「本当、なのか?」

呂布軍は兵を集めながらこちらに向かってきています!」

呂布が……」

呂布には、前科があります」

 曹操とのことを言っているのか。

 紀霊は、表面的には無表情にみえた。

 だが袁術には、それ見たことかと笑っているような気がした。

 劉備軍が退き始めたという知らせがきた。

 間違いないと思った。
 
「全軍を、動かす」
 
 即座に決断した。

「はい」

「紀霊、本陣の兵を二万与える。先鋒だ」

「わかりました」

 紀霊の返事はいつも簡潔だった。

 静かに袁術から離れていく。

 呂布が……もう一度、袁術は呟いた。



「さてと、退くか」

 ぽんぽんと、劉備張飛の背中を叩いた。

 関羽陳到以外に、誰もいなかった。

「しかし、本当に動くとはなあ」

陳宮なら、そうするさ」

 張飛は曹豹を殺していた。

 呂布が動いたと聞いたときわずかの手勢を引き連れて城を飛び出した。

 打ち合わせ通りだった。

 曹豹のことは張飛が勝手にやったのだが、まあどうでもいい。

 あれには劉備も怒りを覚えていたのだ。

「ご家族や麋竺や簡雍のこと、よろしいのですか」

 関羽であった。

 麋夫人と甘夫人の顔が劉備の脳裏をよぎった。

「なあに、呂布さんなら大丈夫さ。……多分。ほい、逃げるよ」

 関羽劉備が出ていき、張飛も出ていこうとした。

 陳到が、「張飛殿……」と声をかけた。

「その……趙雲は……」

「ああ……兄貴の家族を守るって残っちまった」

 悪い、そう言うと、張飛は出ていった。

「……そう、ですか……」
   


「ふん」

 紀霊の全身が血に塗れていた。

 方々で袁術軍が劉備軍を撃ち破っている。

「討ち、とれるか」

 三尖刀を鈍く光らせる血を、紀霊の舌が舐め取った。 



「ちい!」

「ああ、うぜいなおい!」

 張飛関羽が武器を振り回していた。

 さすがに二人は強かった。群がる敵をなぎ倒している。

 しかし、止めきれない。

陳到! 本当に呂布さんはこっちに動いてるのかい!」

 横に並んでいる陳到が、こくりとうなずいた。

 劉備は本隊から後退させた。

 せっかく調練を積んだ兵を失いたくなかったのだ。

 すぐに袁術も軍を動かした。全軍で劉備軍を追ってきている。

先陣の動きがよかった。豪族達の兵を蹴散らした。

 本陣の後ろのほうが、食われつつある。

 矢が、劉備の横を掠めた。

「うお、危ないねえ。間一髪、いや二髪かな」

 ひきつった笑みを、劉備陳到に向けた。

 陳到の背に、矢が一本生えていた。

「陳……到……」

「……と、の……」

 何も言えなかった。

 陳到の馬が遅れ始めた。すぐに、姿が見えなくなった。 

 呂布軍の姿は、まだ見えなかった。