小説置き場2

山岳に寺社仏閣に両生類に爬虫類に妖怪に三国志にetcetc

愉快な呂布一家~少し前~

 漆黒の騎馬隊が、城を囲んだ。

 城に見慣れぬ兵が入ってきて、自分たちをこの部屋に閉じこめた。

 甘夫人が震えている。

 張飛の姿は城にはなかった。

「どうすれば、いいの」

 甘夫人の震える背をさすりながら、麋夫人は途方に暮れていた。

 侍女達もただ震えるだけだった。

 兄も、どこかに連れて行かれた。

 誰かの足音がする。

 集団の足音だった。

「甘様! 麋様! 誰かが、来ます!」

 趙雲が叫んだ。侍女にまぎれてこの部屋に入り込んだのだ。

 槍を構えている。練習用の槍ではなかった。

「失礼しま~す」

 その声と同時に、趙雲が入り口に向かって槍を突き出した。

「む~、槍を振り回しちゃ危ないよ?」

 趙雲は、さらに槍に力を込めた。

 目の前の少女はその槍を涼しい顔で押さえていた。

 二本の指で。

 ひゅっと、少女が腕を振った。

 槍が壁に突き刺さり、甘夫人がひっ! と叫び、趙雲の小さな身体が、床を転がった。

 少女は、麋夫人の見知った顔だった。

呂布……殿……」

「えーっと……」

 なにやら言いにくそうにしていた。

「この城は、呂布様の物になりました」

 代わりに、呂布の隣にいた男が言った。

「ということなの」

 呂布が困ったように笑った。

 麋夫人は全て理解した。

 呂布が牙を剥いたということを。 

「あの兵は、呂布殿の兵なのですね?」

「はあ、そうです」

「私達を、どうするおつもりですか?」

「とりあえず、しばらくはこの部屋を動かないで下さいね」

「……私達を劉備様の人質となさるおつもりですか?」

「ええ」

「え、陳宮そんな話聞いてないよ!」

「いや~、その~」

「すぐに劉備さんと会えるから、心配しないで!」

「ちょ、呂布様!」

陳宮、私が決めたの! それじゃあ、私達は行きますので。あ、何か用件があったらちょうせん姉様に
言ってくださいね」

「はあ……」

 つかつかと呂布達は出て行ってしまった。

 女性が一人残った。知らない顔だった。

 趙雲が槍を壁から抜くと、その女性に向かっていった。

「あらあら」

 女は、微笑んだ。

 趙雲は、止まらなかった。

「危ない!」

 叫んでから、麋夫人は目をつぶった。ドンと、音がした。

 おそるおそる目を開けると、趙雲が腰を抜かしていた。

 麋夫人が趙雲に駆け寄る。

 ぽかーんと、趙雲は女を見上げていた。

 床に、砕け散った槍が転がっていた。

貂蝉といいます。よろしく」

 差し出された手には、槍の残骸が少しついていた。