小説置き場2

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袁術退き、呂布徐州を手に入れるの巻

 赤兎は、呂布の方天画戟によって馬から叩き落とされた紀霊の横に止まった。
 
 紀霊は生きていた。仰向けになって、それでも呂布を睨んでいて。
 
 気持ちよさそうに、呂布は赤兎に揺られていた。風に揺られているかのように。

 袁術は、今にも斬りかかりそうな形相であった。

呂布……貴様!」

袁術さん、だね。剣を収めて」

「その首、この俺が」

「袁、術様……いけません」

 紀霊の声が聞こえた。はっとした。

 呂布に、一対一で勝てるわけないのだ。

 背後に、旗本が並んでいた。

 距離をあけ、近づこうとしない。

 怯えが、見て取れた。

「ぐ……」

「殿らしく……ございません……」

袁術さん、このまま軍を退いて」

「なん、だと……」

「勝てないよ?」

 目の前の少女が、苦笑いした。

 呂布、漆黒の戦姫。

 袁術の軍は、一度曹操に敗れていた。

 兵はまだ、そのことを覚えている。

 その曹操を正面から破ったのが、呂布軍だった。

 さらに、筆頭武将である紀霊が一騎討ちで呂布に負けた。

 兵の士気は目に見えて落ちていた。

 勝てない。

 すぐに答えは出た。

 袁術は黙って剣を鞘に収めた。

 呂布が漆黒の騎馬隊に戻っていく。

 紀霊に大丈夫かと声をかける。右足を痛めているのが見て分かった。

 袁術は紀霊を自分の馬に乗せた。

 紀霊は嫌がったが気にしなかった。

 遠くに飛んだ三尖刀を拾った。

 それを呂布が見ていた。

 袁術は紀霊を前にして馬に乗り、陣に戻り始めた。旗本達もそれに続いていく。

 呂布はじっとその背を見ていた。

 袁術は紀霊に声をかけた。

 「負けたな」、と。紀霊は、「申し訳ありません」とだけ言った。

 うつむいて、身体が震えていて。

 袁術軍が、袁術の姿が吸い込まれるのと同時に少しずつ退き始めた。

呂布様!」

 陳宮が言った。

 呂布は無邪気に笑いかけた。

「これで、よかったんだよね」

「はい! 今戦をすれば、一応の勝ちは収められるでしょうが、損害も大きかったでしょう。なにせ、全軍で動く調練はしておりませんので」

 呂布の見たところ、袁術軍に強いといえるところはなかった。

 弱兵の集まりだと思った。

 ぶつかっても良かった。

 陳宮に、押しとどめられた形だった。

「凄いね~。こんなに集まったんだあ」

 呂布は、自軍を眺めた。鎧も武器も、まちまちだった。

 色とりどりの旗がはためいている。

 全てに、「呂布」の文字があった。

「一体、どれだけ集まったの?」

「およそ、五万。予想外に集まりました」

「五万かあ……」

呂布様は、これで一州の主です」

「あんまり、実感ないな~、五万も、一州も~」

 呂布が、漆黒の騎馬隊を引き連れて自軍に戻っていく。

 陳宮にあわせて、ゆっくりめだった。

 呂布が近づくと、軍にどよめきが広がり、歓声があがった。

 身体を、音が震わせる。地面が揺れているようだった。

 呂布は、陳宮に耳打ちした。

陳宮

「は、はい!」

「五万は、今実感がわいた!」

 あははと笑うと、矢のように少女は駈けだした。