小説置き場2

山岳に寺社仏閣に両生類に爬虫類に妖怪に三国志にetcetc

あやかし姫~かき氷~

 湿っぽい風をその身に受けて、風鈴が可愛いらしい音を古寺に響かせる。
 じとっとした暑さ、しとしとと降る雨。
 屋根の下にぶらさがっているてるてる坊主。日の光にその色を変えて。
 古寺の姫様彩花はうちわをぱたぱたさせながら、部屋で皆とゆったりくつろいでいた。
「姫様~、かき氷出来たよ~」
 銀狐葉子が古寺を走る。
 お盆を持って、古寺を走る。
 妖としての本性を引っ込め人の姿で。
 部屋に入るなり、とん、っとお盆を姫様の前に。
 お盆の上には木のお椀一つ、小さな杓一つ。
 木のお椀には氷がこんもり、あんこがとろり。
「かき氷……」
 姫様のおでこを汗が一滴。
 す―っと、流れた。
 うちわを揺らす、手を止める。
 うちわを置き代わりにかき氷を持った。
 妖達が、いいなあっと姫様を見る。
 また、風鈴が鳴った。
「おいらの、かき氷は?」
「ないの~?」
「ない~?」
 妖達が口々に言う。
 葉子がない!、っと大声で。
「残念ながら、氷はこれだけ! もっとあったら、あたいの分も作ってくるって」
「氷は、貴重ですからな。ねえ、頭領」
 と黒之助が。関心なさそうな口ぶり。
 その視線は、氷を追っている。
「そうじゃのう。龍のくせにけちな奴じゃ」
「いいなあ……」
 太郎が、言った。狼の姿、いつもの小さめ。
 姫様が氷をすくうと、お椀を置いて、太郎の目の前に。
 身をかがめると、
「太郎さん、あーんして」
「お、くれるの? あーん」
 大きく、大きく、狼は精一杯口を開ける。
 姫様の手はそこに伸びて、やっぱりやめて。
 ぱくっと姫様、氷を食べた。
「う~、おいひい……あたま、きーんとひゅる」
「……あれ?」
「ぷ、騙されてやんの」
「太郎さん、間抜け~」
「間抜け~」
 妖達が、口々に。もちろん、黒之助も。
 太郎、口を閉じる。むっとなる。
 煙をたてて、人の姿になった。
「あははは」
 姫様、笑う。
 太郎、お椀をもつ。
 目をまあるくする姫様の前で、氷を、全て口に流し込んだ。
「うん、きーんとひゅる」
「あ、れ……」
 頭領の、葉子の、黒之助の、妖達の、目が、まあるくなった。
「かき……氷……私の……かき氷……」
 姫様、ぎゅっと唇を噛みしめる。
「あは、そんなに落ち込まなくてもさあ、大丈夫大丈夫。葉子にまた作ってもらえば」
「……あんた、話聞いてなかったの?」
「へ?」
「氷、もう、ないよ」
「へ?」
「馬鹿犬が……」
「せっかく、龍神に分けてもろうたのに……」
「へ?」
「かき、氷……」
「ひ、姫様……そ、その……あの……」
「……私、もう、寝ます」
 しどろもどろの太郎を「じろっ!」と睨むと、姫様すねて、自分の部屋へ。
 葉子が、馬鹿! と太郎の耳元で怒鳴って、姫様のあとを。
 頭領の姿は消え、黒之助は、考えられぬとごろっと寝そべる。
 妖達は、
「本当あほだよ~」
「信じ、らんない」
「姫様、可哀想……」
 っと罵声を浴びせてぞろぞろ失せる。
 ぽつんと、太郎と烏だけが部屋に残った。
「……ごめん……なさい……」
「あほが」