小説置き場2

山岳に寺社仏閣に両生類に爬虫類に妖怪に三国志にetcetc

あやかし姫~蛍~

 姫様、目をぱちくり開ける。
 薄い掛け布団を、静かにどける。
 ゆっくりと、身体を起こし、ゆっくりと、闇に目を慣らす。
 葉子が自分の掛け布団を蹴飛ばして、壁に転がっていた。
 耳と尾っぽ。ちょこんと姿を見せていた。
 葉子の寝息だけが聞こえる。
 神経を研ぎ澄ますと、誰かが部屋の外にいる、息を殺して、外にいる。
 そんな気がした。
 姫様は明かりを持つと、そっと戸を開けた。
「太郎さん?」
 戸を開けると、妖狼がいた。
 しゅんと、していた。
 縮こまっていた。
「ずっと、いたの?」
「……うん……あの……ごめんなさい」
 ちょこんと、頭を下げる狼。
 姫様は、小さくその手を振り上げると、
「ていっ」
 と太郎の頭を叩いた。
「……痛い」
「雨、やんでるね」
「……うん」
「外に、いこう?」
「……うん」
 二人、庭に出る。
 雨が、上がっていた。
 けれども、星は見えない。
 月も、その輝き姿を見せていない。
 雲が、星も月も覆い隠している。
「明日、晴れるかな」
「さあな」
「かき氷」
「ごめん」
 寺の妖達は、眠っている。
 世に珍しく、夜眠る妖達。
 起きてはこなかった。
 姫様が、ととと、と太郎の傍を離れた。
 紫陽花の華の上で、両の手の平に何かを閉じこめた。
 手を閉じたまま、太郎の鼻先に持ってくる。
「?」
「太郎さん、ほら」
 姫様が、手を開けた。
 黄色い光が、小さな光が、姫様の手から飛んでいった。
「蛍、です」
「蛍、かあ」
「……綺麗です。でも、この蛍、寂しい……」
 光の尾を引きながら庭を舞う蛍。
 ただ、一匹だけ。
 太郎が人の姿をとると、姫様と同じように蛍をその手の中に入れた。
「川に行けば、もっといっぱいいっぱいいるよ」
「……川……」
「こいつ、そこに連れて行こう?」
「いいのかな? 勝手に寺を抜け出しても」
 頭領、心配するよ?
「大丈夫大丈夫」
 そう太郎が笑った。
「太郎さんの大丈夫は、全然当てにならない」
 姫様の言葉。ちょっと口を尖らせながら。
 図星、である。
 きゅっと太郎がたじたじに。
「ま、ちょっとぐらいなら」
 いいよね。
「どうせ、頭領は知ってるだろうし。その子を、仲間のところに連れて行ってあげようか」
「おう!」