小説置き場2

山岳に寺社仏閣に両生類に爬虫類に妖怪に三国志にetcetc

あやかし姫~蛍火~

 夜道。滴が、ぽたりぽたりと木々から落ちる。
 蛙の鳴き声がする。
 姫様が持つ虫籠の中には、黄色く動く光が一つ。
 ぽっぽと、姫様と太郎の前を、青白い火の玉が揺らめいて。
「もうすぐだ」
「もうすぐ?」
「ああ。そこを曲がれば、ほら」
 河原が見えた。
 蛙の声が大きくなった。
 たくさんの小さな光が、小川の上で舞っていた。
 黄色い光が洪水のように乱舞していた。
「うわ~」
 嬉しそうにぼ―っと眺める姫様。
 はっと我に帰ると、手元の虫籠をいそいそと開ける。
 光が抜け出て、混じって。
 そして、分からなくなった。
 姫様は、ばいばいと手を振り、そっと石ころ達の上に腰をおろした。
 太郎も、その隣に座った。
「川……この川には、あんまり来たことないですね」
 目の前を流れるのは、河童の娘、沙羅が住む川とは別の川だった。
「姫様、覚えてないかもしんないけどここで」
「私、溺れちゃったんですよね」
「うん」
 覚えていた、というより、以前思い出した。
「帰り、太郎さんの背に乗せられて揺られていたんですよね」
「そうだよ……あんときは、こんなに小さかった」
「今は、こんなに大きくなりました」
「本当に、大きくなったよなあ」
 会話が、途切れた。
 蛙の声、虫の声、川のせせらぎ、木々の、こすれる音。
 二人で、黙って蛍の光を見ていた。
「ねえ、太郎さん」
「どうした? 帰るか?」
「蛍って、こうやって光っているのは、短い間だけなんですよね」
「そうだな」
「頭領や、葉子さんや、太郎さんや、クロさんにとって、私は蛍と同じなのかな?」
 太郎が、息を呑んだ。そっと、姫様の表情をうかがう。
 蛍の光に照らされているその美しい横顔からは、何も感じとれなかった。
 大きく、太郎は息を吐いた。
「……違う」
「違う?」
 姫様が首を傾げた。
「姫様は、姫様。蛍じゃ、ない」
「そう……」
 姫様は首をまっすぐに戻すと、にっこり笑った。
 帰ろう、と言った。
 帰り道、これでかき氷の分、帳消しね、と言った。
 そいつは、ありがたいね、そう太郎は言った。
 黄色い光が一つ、二人のあとを追いかけていた。
 それは途中までで、光は、川に、たくさんの光の中に戻っていった。