あやかし姫~旅の人(2)~
広い道。
草原の道。
夏の日差し。
姫様の透きとおるような白い肌を眩しく照らす。
二つの影。
葉子と二人、手をつなぎ、てくてくと歩いていた。
「あつ―い! あついあつい!」
「葉子さん、その格好でも暑いんですよね」
姫様がぱたぱた手で扇いで葉子に風を。
舌をだらりとだし、背中を丸めて汗だらだら。
「黒」髪の先から先から水滴が。
姫様よりはるかに葉子のほうが暑そうである。
「う―! もうや!」
「葉子さん!」
煙が、ぽん! とおこった。葉子の姿を包み隠した。
風のない日。
灰色の煙はゆっくり漂いゆっくり消える。
煙が去ると、銀毛九尾の妖狐の姿。
青白い火、狐火がちりちりと周囲で燃える。
その耳と耳の間に若々しい木の葉が乗っていて。
姫様が、葉子がその本性をあらわしたことにぽか―んと目を点にする。
それから眉をひそめると、きょろきょろ辺りを見回した。
誰もいないことを確認すると、胸に手をやりほっと溜息。
「さ、姫様。あたいの背中にのって下さい。これなら小屋まで一息さね」
くいくいっと顎を背に。
そんな銀狐を睨む姫様の怖い顔。
ぽんと、銀狐のおでこを叩いた。
「う、うー?」
「だめ!」
「え―」
「もしも誰かに見られたらどうするの!」
「あ……」
銀狐も周りをきょろきょろ、そしてほっと一息。
妖は、人に畏れられ恐れられる存在なのだ。
「じゃ、じゃあ、どうしよう?」
「先に行って下さい。私はゆっくり行きますから」
「それじゃあ、駄目だよ……。姫様心配」
「じゃあ……」
「影に隠れながら姫様についてく!」
「どこに隠れる場所が……」
そんな場所は、ない。
「それに、どこにその姿になる必要が……」
「あ―」
「あのね、葉子さん。葉子さんがその姿で先に行くか、人の姿で私と行くか、二つに一つ」
選択肢は、二つだよ? 姫様が葉子の顔を覗き込む。
ぽんと、また煙が起こった。
ぶわっと、姫様の長い髪が巻き上がった。
「じゃあ……我慢する~」
葉子は、また人の姿に。口を尖らせていた。
「うん……夕方なら、まだ涼しいよ? 薬とお札をとりに一度お寺に戻るんだし、あとから来れば」
「いいよ。早く確かめないと……気になるし」
こつんと、葉子が小石を蹴った。
姫様は何も言わなかった。
「あつい……」
「ずうっと、言ってますね」
「だって暑いんだもの……姫様は平気?」
「平気じゃないですよ」
姫様も、汗をかいていて。
姫様も暑いのだ。
「でも、葉子さんがずっとあついあついって言ってるから、言わなくてもいいかなあって」
「なにそれ……あつい~」
「あ、葉子さん。小屋、見えましたよ」
「ああ……姫様、あたいの後ろに」
葉子がげっそりした顔から真面目な顔になると、そっと姫様を自分の後ろに。
大人しく姫様は従った。
しばし、二人は立ち止まる。
それから、じりじりと目的の小屋に近づいていく。
二人の顎から、汗がぽつぽつと落ちる。
葉子が狐目で小屋を睨む。
姫様、葉子の後ろから小屋を覗き込む。
覗き込みながら、ぎゅっとその顔をくすぐる尻尾を握った。
「いった―い!!!」
「はい、引っ込めて引っ込めて。……見たところ、おかしな所はなさそうだけど……」
「痛い……いいや、わかんないよ! 外からじゃわからないように結界を貼ってるかもしんない!」
「それもなさそうだけどなあ……」
ゆっくりゆっくり近づいて、いつの間にか小屋は目の前。
子供達の楽しそうな声が聞こえる。
二人は、小屋の扉に耳をつけた。
「あ、げん君の声。ちーちゃんの声もする」
「なんだい、たくさんいるね……で、先生とやらは……」
「……」
「聞き取れませんね」
「うん」
「中に入りましょうか」
「危なくない?」
「さあ」
「……」
とりあえず、二人で聞き耳を立て続ける。
小屋の中は、にぎやかそうで。
それが、急に静かになった。
とっ、とっ、と近づく足音。
葉子が姫様を押しのけた。
姫様、よろける、なんとかしのぐ。
扉が開く。横に動き、消える。
子供の姿が見えた。
もたれていた扉がなくなって、葉子がばたん! っと小屋の中に倒れた。
大丈夫? と扉を開けた子供が心配そうに。
それから姫様の顔をみて、嬉しそうに声をあげた。
「彩花さんだ!」
「こ、こんにちわ」
「どうしたの? あ、見に来たんだ。わかってるわかってる。中にはい……先生!」
子供が振り向く。
姫様と葉子が子供の振り向いた先を見る。
若い男の姿。
一人の子に背中にしがみつかれ、一人の子に肩に垂らす髪の先を引っ張られ、一人の子に頬を引っ張られ。
それでも、目を細めてにこにことしていた。
周りには、寝ころんで絵を描く子、字を写す子、絵巻物を読む子。
全部で、十人。扉を開けた子も含めて十人。
穏和な空気が、漂っていた。
「どうし……あ、お客さまですか」
葉子が起きあがり、その茶色い着物についた砂埃を落とす。
姫様は黙ってその男を見つめる。
子供達は、不意の訪問者に無言の姿勢。
それから、葉子と姫様の周りに集まりぎゃーぎゃーぎゃーぎゃーにぎやかにさえずる。
おやあ? と男が言った。
姫様がにぎやか子供達をなだめる。
葉子が、男を睨み続ける。
男が、葉子と姫様に近づいた。
「え―っと……みずち村の人、ですよね?」
大丈夫ですか? お怪我はないですか?
そう葉子に言った。
葉子はちょっと頬を赤らめ、また着物についた汚れをはたいた。
「彩花と申します」
姫様が男にお辞儀をする。
「あたいは、葉子」
葉子は、きつい目つきをかえていない。
子供達がそのとげとげしい雰囲気に、なんだろ~?っと静かになる。
「わたしは、月心といいます」
男はにっこり笑うと、姫様と葉子にお辞儀。
生暖かい風が吹き抜けて、姫様と葉子と月心の髪をかきあげた。
草原の道。
夏の日差し。
姫様の透きとおるような白い肌を眩しく照らす。
二つの影。
葉子と二人、手をつなぎ、てくてくと歩いていた。
「あつ―い! あついあつい!」
「葉子さん、その格好でも暑いんですよね」
姫様がぱたぱた手で扇いで葉子に風を。
舌をだらりとだし、背中を丸めて汗だらだら。
「黒」髪の先から先から水滴が。
姫様よりはるかに葉子のほうが暑そうである。
「う―! もうや!」
「葉子さん!」
煙が、ぽん! とおこった。葉子の姿を包み隠した。
風のない日。
灰色の煙はゆっくり漂いゆっくり消える。
煙が去ると、銀毛九尾の妖狐の姿。
青白い火、狐火がちりちりと周囲で燃える。
その耳と耳の間に若々しい木の葉が乗っていて。
姫様が、葉子がその本性をあらわしたことにぽか―んと目を点にする。
それから眉をひそめると、きょろきょろ辺りを見回した。
誰もいないことを確認すると、胸に手をやりほっと溜息。
「さ、姫様。あたいの背中にのって下さい。これなら小屋まで一息さね」
くいくいっと顎を背に。
そんな銀狐を睨む姫様の怖い顔。
ぽんと、銀狐のおでこを叩いた。
「う、うー?」
「だめ!」
「え―」
「もしも誰かに見られたらどうするの!」
「あ……」
銀狐も周りをきょろきょろ、そしてほっと一息。
妖は、人に畏れられ恐れられる存在なのだ。
「じゃ、じゃあ、どうしよう?」
「先に行って下さい。私はゆっくり行きますから」
「それじゃあ、駄目だよ……。姫様心配」
「じゃあ……」
「影に隠れながら姫様についてく!」
「どこに隠れる場所が……」
そんな場所は、ない。
「それに、どこにその姿になる必要が……」
「あ―」
「あのね、葉子さん。葉子さんがその姿で先に行くか、人の姿で私と行くか、二つに一つ」
選択肢は、二つだよ? 姫様が葉子の顔を覗き込む。
ぽんと、また煙が起こった。
ぶわっと、姫様の長い髪が巻き上がった。
「じゃあ……我慢する~」
葉子は、また人の姿に。口を尖らせていた。
「うん……夕方なら、まだ涼しいよ? 薬とお札をとりに一度お寺に戻るんだし、あとから来れば」
「いいよ。早く確かめないと……気になるし」
こつんと、葉子が小石を蹴った。
姫様は何も言わなかった。
「あつい……」
「ずうっと、言ってますね」
「だって暑いんだもの……姫様は平気?」
「平気じゃないですよ」
姫様も、汗をかいていて。
姫様も暑いのだ。
「でも、葉子さんがずっとあついあついって言ってるから、言わなくてもいいかなあって」
「なにそれ……あつい~」
「あ、葉子さん。小屋、見えましたよ」
「ああ……姫様、あたいの後ろに」
葉子がげっそりした顔から真面目な顔になると、そっと姫様を自分の後ろに。
大人しく姫様は従った。
しばし、二人は立ち止まる。
それから、じりじりと目的の小屋に近づいていく。
二人の顎から、汗がぽつぽつと落ちる。
葉子が狐目で小屋を睨む。
姫様、葉子の後ろから小屋を覗き込む。
覗き込みながら、ぎゅっとその顔をくすぐる尻尾を握った。
「いった―い!!!」
「はい、引っ込めて引っ込めて。……見たところ、おかしな所はなさそうだけど……」
「痛い……いいや、わかんないよ! 外からじゃわからないように結界を貼ってるかもしんない!」
「それもなさそうだけどなあ……」
ゆっくりゆっくり近づいて、いつの間にか小屋は目の前。
子供達の楽しそうな声が聞こえる。
二人は、小屋の扉に耳をつけた。
「あ、げん君の声。ちーちゃんの声もする」
「なんだい、たくさんいるね……で、先生とやらは……」
「……」
「聞き取れませんね」
「うん」
「中に入りましょうか」
「危なくない?」
「さあ」
「……」
とりあえず、二人で聞き耳を立て続ける。
小屋の中は、にぎやかそうで。
それが、急に静かになった。
とっ、とっ、と近づく足音。
葉子が姫様を押しのけた。
姫様、よろける、なんとかしのぐ。
扉が開く。横に動き、消える。
子供の姿が見えた。
もたれていた扉がなくなって、葉子がばたん! っと小屋の中に倒れた。
大丈夫? と扉を開けた子供が心配そうに。
それから姫様の顔をみて、嬉しそうに声をあげた。
「彩花さんだ!」
「こ、こんにちわ」
「どうしたの? あ、見に来たんだ。わかってるわかってる。中にはい……先生!」
子供が振り向く。
姫様と葉子が子供の振り向いた先を見る。
若い男の姿。
一人の子に背中にしがみつかれ、一人の子に肩に垂らす髪の先を引っ張られ、一人の子に頬を引っ張られ。
それでも、目を細めてにこにことしていた。
周りには、寝ころんで絵を描く子、字を写す子、絵巻物を読む子。
全部で、十人。扉を開けた子も含めて十人。
穏和な空気が、漂っていた。
「どうし……あ、お客さまですか」
葉子が起きあがり、その茶色い着物についた砂埃を落とす。
姫様は黙ってその男を見つめる。
子供達は、不意の訪問者に無言の姿勢。
それから、葉子と姫様の周りに集まりぎゃーぎゃーぎゃーぎゃーにぎやかにさえずる。
おやあ? と男が言った。
姫様がにぎやか子供達をなだめる。
葉子が、男を睨み続ける。
男が、葉子と姫様に近づいた。
「え―っと……みずち村の人、ですよね?」
大丈夫ですか? お怪我はないですか?
そう葉子に言った。
葉子はちょっと頬を赤らめ、また着物についた汚れをはたいた。
「彩花と申します」
姫様が男にお辞儀をする。
「あたいは、葉子」
葉子は、きつい目つきをかえていない。
子供達がそのとげとげしい雰囲気に、なんだろ~?っと静かになる。
「わたしは、月心といいます」
男はにっこり笑うと、姫様と葉子にお辞儀。
生暖かい風が吹き抜けて、姫様と葉子と月心の髪をかきあげた。