小説置き場2

山岳に寺社仏閣に両生類に爬虫類に妖怪に三国志にetcetc

あやかし姫~旅の人(3)~

「狭いところですが、どうぞ」
 そう、若い男――月心は言った。
 葉子は、姫様を見た。
 どうするのかと、その目は問いかけていた。
 姫様は、男を見ていた。優しく、見ていた。
 そして、にっこり笑った。
 笑って、
「では、お邪魔させて頂きます」
 そう、言った。
 姫様が、小屋に入る。 
 履き物を脱ぎ、きちんと揃える。
 真っ赤で、黒い鼻緒の、履き物。葉子は、乱暴に脱ぎ捨てた。
 子供達と、一緒である。
 葉子は草履を脱ぐとき、鼻をひくひくと動かした。

「お茶だけしかありませんが……」
 男は、小屋の奥に引っ込むと、申し訳なさそうにお茶を差し出した。
 古びた湯飲み。まだ、妖への変化を初めてはいない。
 姫様と葉子の、二人分だけであった。
「そんな、おかまいなく。さっき茶屋で食べてきたばかりですし」
「彩花さん、お菓子食べたの!」
「いいなあ。お団子、食べた?」
「ええ」
 物欲しそうに二人を見る子供達。
 その純粋な瞳はきらきらと眩しいばかりに光っていて。
「ひ……じゃなくて彩花さま。あとでまた茶屋に行きますし、そんときにこの子達に何か買ってきます?」 
「そう、ですねえ……そうしましょうか」
 子供達が、わっと歓声をあげる。
 葉子がにやにやしながら、あんた達はさっき食ったから、なしかなあと言った。
 え―! という三人の女の子。茶屋で会った子供達。
 こらこらと、姫様が。
 ちゃんと買ってくるからねと、泣きそうになるその子達に言った。
 葉子は、人と妖も、あんまり変わらないねえ……いや、人の子と、だけど……そう、思った。
 それから、何気ない仕草で小屋の中を見回す。
 姫様は、男と話を始めていた。二人の周りに、子供達が。
 なんとなく、可笑しかった。
 やっぱり、変わらないねえ。
 村に下りるたび、姫様はよく子供達と遊んでいた。
 小屋の中には、あまり物がなかった。
 ざっと見たところ、小さな机の上に、数本の筆、数枚の紙。床の上に散らばっている子供達のもの。
 少々床に散らかされていたが、よく片付けてはあった。
 置く物がない、ともいえるが。
 台所とおぼしき場所は、葉子の座っている場所からはよくわからない。
 匂いがしないので、おあげがないのは分かる。
 あとは、棚にある書物。
 古い書物だった。題字は、読めなかった。
 惹かれるものがある。棚の上に、数冊あった。
 その中に二冊、真新しい物が。
 葉子は、うん? と目を細めた。
 その二冊に、題字は書かれていなかった。
「葉子さん、すごいですね!」
 姫様が、少し興奮しながら。
 へ、と葉子は間抜けな返事を。
「なになに? ごめん、聞いてなかった」
 もう! っと姫様が頬を膨らませる。
 ごめんごめんと葉子が謝る。
 子供達が笑った。皆、月心と姫様の話を聞いていたようで。
「月心さん、京にいたそうですよ」
 子供達が、都、都と鼻唄を。
 姫様も、瞳を輝かせていた。
 そういえば、姫様は都に行った事はないなあと。
 しょうがない、けどね。
 あたい達、都に入れないし。
 そうか、行きたかったのか姫様。
「京?――都に?」
「ええ、まあ」
「……なんでまた、きらびやかな都から、こんな田舎に?」
「はは……」
 男が頭を掻きながら、苦笑いを。
 あまり、聞かないでほしい。そう男の瞳は訴えていた。
「なんで?」
 気にせず、訊く。
「葉子さん!」
 姫様が、声を荒げる。子供達が、え、と黙った。
 姫様は、あっと顔を赤らめると、声を荒げたことを恥じるように、うつむいた。
 男は、遠い遠い場所をその黒い瞳に映した。
 相変わらず笑ってはいたが、少し、悲しみが漏れ出ていた。
「……私は都でしがない役人をしていましたが、少しへまをしてしまいまして」
 そう言うと、男は自分の首を、人差し指で横切った。
「へまねえ……それでなんで、ここに?」
「都を出て、流れ流れて、ここに……それには、とくに理由はございません。あの、どうしてそのようなことを?」
 月心が、困惑した表情を浮かべる。
 二人の会話をうつむきながら聞く姫様。
 なにか、考えているようだった。
「あんたが流れの罪人だったら、困るからね」
 葉子が、にこっとした。
 仮面のような、そう、葉子の妹がよくする笑み。
 笑っているのに、笑っていない。
 そんな、笑顔。
「……先生のこと、悪く言うな!!!」
 子供達が、ぶーぶー大きな声をあげた。
 おお!? と葉子が目をまあるくする。
 憤慨する子供達、怒り心頭わらわらっと、葉子の周りに集まった。
 集まりぽかぽか葉子を叩き、皆で着物や髪を引っ張った。
「こら、やめないか!」
「ああ、落ち着いて、ね」
 月心と姫様が子供達をなだめる。
 嵐が終わったとき、もみくちゃにされた葉子は涙目に。
 ふん、と子供達に背を向けると、いじいじと壁に頭をつける。
 子供達が、べーっと舌をだす。
「お菓子、なし!」
 そう言うと、子供達は葉子にわーんと謝って。
「すみません……」
 月心、姫様に頭を下げる。もちろん、葉子にも。
 姫様は、
「よくあることだから」
 と笑いながらいった。
 それから、
「こちらこそ、すみません。葉子さんが、無礼なことを……」
「よいのです。いや、私は確かにへまをしましたが、罪人というわけではございませんよ」
 それから、
「どうして、ここに?」 
 そう、きいた。
 姫様は、
「どのような方が来たのか気になって」
 と、そう答えた。
「あの……」
「なんでしょうか?」
「失礼ですが、彩花さんはどちらにお住まいなのでしょうか?」
 一応、村の人の顔は全て覚えたはずなのだが、と。
 そう恐縮しながら、尋ねた。
「ああ……小高い山の上に、古いお寺があるのは知っていますか?」
「ええ」
「そこに、住んでいるのですよ。最近、村におりていなかったので知らないのも無理ないです。私も、月心さんのこと、知らなかったですし……」
「寺……」
 月心の瞳が、一瞬だけ強い光を帯びた。
「お寺といっても、その役目は隣町のお寺に譲っているのですけどね」
「そう、なのですか」
「今は私達の家、です」
 ね、葉子さん。
 そう言うと、葉子は背を見せながら「うん」と返事を。
 強い、返事だった。
 相変わらず子供達がその背にごめんなさいと。
「元お寺ということは……広いのでしょうねえ」
「ええ……あ……」
 姫様が、はっとした。
 男は、はは、っと笑った。
「いや、私のような流れ者には、このような小さな場所で十分なのですよ。借りられただけでも、よいのです。わざわざ、片付けにも協力してもらいましたし」
 おかげで、すぐにここに住む事が出来ました、と。
「……ここは、よいところですよ」
「まことに、そう思います」
 月心は、うんうんと頷いた。
 姫様は、微笑みながら男の顔を見る。
 男は、整った風貌をしていた。
 これが、都育ち……
 鬼の王と、なんとなく似通っているものがあると姫様は思った。
「姫様、そろそろ……」
「そうですね」
 葉子が、立ち上がると姫様に帰りを。
 頼まれ事があるのだ。
 子供達が、葉子に泣きついている。
 ぶすっとした表情を葉子は崩さなかった。
「葉子さん……」
 立ち上がりながら、もう、いいでしょ? そう言いかけたときだった。
「あは、あはは」
 大きな声で笑うと、
「なにが欲しいか、言いな。ちゃんと、買ってきてあげるから」
 葉子は言った。
「本当……?」
 じっと上目遣いに子供達が。
 葉子は、本当だって、もう怒ってないから。
 そう、笑った。
「じゃあ、じゃあね!」
 子供達が、葉子にせがむ。
 葉子は、子供達と同じ目線になるよう頭を下げ、順番に順番にと言った。
 月心は、本当に良いのでしょうかと姫様に。
 姫様は、よいのですよ、と。
 それから、月心に、なにがよいでしょうかと言った。
「私ですか? 私は……本当に、すみません。その、分からないので何かお勧めの物があれば」
「じゃあ、みたらし団子追加、っと」