小説置き場2

山岳に寺社仏閣に両生類に爬虫類に妖怪に三国志にetcetc

あやかし姫~旅の人(12)~

「寝てるね」
「寝てるな」
「寝てますね」
 


 古寺に帰ってみると、妖達が静かに静かにお出迎え。
 そこで、葉子は人の姿になって。
 太郎はそのままである。巨大な、白い狼のまま。
 いつもと違う仲間の様子に、
「なんだあ?」
 っと、大声をだそうとした太郎の口をぴたっと妖達が塞いだ。
 もごもごする太郎をなだめながら、姫様達は居間に向かった。
 そこには、すやすやとうつぶせに眠る頭領と、その枕にされてうんうんうなり声をあげながら寝ている黒烏の姿。
「ぷっ!……寝てるね、クロちゃん、頭領」
「ぷっ!……寝てるな」
「気持ち良さそう……じゃないけど、寝てますね」
「起こすの?」
「……どうする?」
 妖達、まるーく座って二人を囲む。
 ふーんと言いながら、姫様そっと近づく。
 近づいて、まず頭領の下から黒之助を引っ張り出した。
 ごちっ、という音がして、妖達が「いたー」っと顔や顔らしき部分を背けた。
 葉子と太郎は、声を立てないように……笑った。
 姫様の手に抱えられて、黒烏が目を覚ました。
 一度羽ばたき、床に降りて。
 その横で、頭領が顔をあげる。
 鼻が、赤くなっている。
 うったのだ。
 頭領笑っているが、姫様だから出来ることで、他の妖がやったのならもうえらいことになるだろう。
 多分、お寺が吹っ飛ぶぐらい。
「……おはよう」
「どうも」
「頭領、黒さん、おはようございます。もう、夕方ですけど」
 夕日が、古寺に差し込んでいた。
 雨雲は、綺麗に立ち去って。 
「少し疲れたので……」
「わしも、ちーっと疲れてのお」
「頭領、昼になってからいなかったけど何してたの?」
 葉子が、ひょこっと姫様の頭の上に顎を乗せた。
 乗せて、頭領にきいた。
「そうだな……どこ行ってたんです?」
「羽矢風の命のところにの。ちょっと頼まれごとをな。ああ、そのときにほれ」
 頭領、『腕輪』を姫様に渡した。
「貰ってきた。彩花に、だと」
「羽矢風の命様……今度、お礼を言いに行かないと」
「えい」
 葉子が、それを姫様の手からするりと獲った。
「壊さないでねー」
「あいよー」
「姫さん達は? 随分遅かったですが?」
 黒之助がきいた。
 三人、目を合わせる。
 一斉に、口を開けた。
「あの」
「あのね」
「実は」
「……いっぺんに言うな」
 頭領が言った。
「じゃ、じゃあ、姫様」
 葉子が言った。太郎も、それがいいと。
 姫様が、頷いた。
「あの……」

「面白いな」
 姫様が話し終える。
 話を聞いて、黒之助が目を輝かせていた。
 妖達は、怖いよーっと姫様にしがみつく。
 頭領は、ふむと、白い長い髭を撫でた。
「その男……なんだっけ?」
「月心さんです」
 姫様、強い口調で。 
「そうそう、月心だったな。その男が持つ本、興味深いの」
「あたいにも太郎にも、読めなかった奴ですか?」
「書かれていたのだろう? 読めずとも、何かが」
「そうそう」
「なかなかの、術者であったろうな。その男の父親というのは。じゃが……そうか、そういうことか」
「どうしたのです?」
「羽矢風の命の宿る木が、昨日喰われた」
 姫様が、ぽかーんとした。
 太郎も葉子も黒之助も。
 妖達も、ぽかーんと。
「ご神木が、食べられたのですか?」
「うん」
「じゃあ! じゃあ、羽矢風の命様はもう……そんな……」
 亡くなられて……
 姫様、そう言って泣き出してしまった。
 葉子が、姫様を優しくあやす。
 黒之助がぎゅっと拳を握り、太郎が「くそ!」っと毒づいた。  
「ああ、まてまて! まだあやつは死んでおらんぞ! ちょっとかじられただけじゃ! そうでなければ、腕輪も貰えんじゃろうが!」
 また、ぽかーんとした。
「ああ……そうですね……でも、よかった」
 姫様泣きっぱなし。
 みんなで、泣いている姫様を除いてみんなで、頭領を睨んだ。
「……そう、睨むなよ……わしが悪いのか?……悪いのか……すまん。多分じゃがな、羽矢風の命を襲ったのもそれじゃろうよ」
「よしよし。さ、泣きやんでくださいましな……よしよし……それじゃあ頭領。式が、ですか?」
「妖には、毒じゃからな。やったのは式神であろうよ。目的は……」
「なんなんですか?」
 太郎が、きく。姫様をちょろちょろと見ながら。
「腹が、減ったのだな」
「……本当ですか?」
「美味いと言っておったらしい。なら、そうであろう。ご神木を喰らって力を得る。妖には出来ぬが、式神なら、出来るかもしれぬ」
「くすん……ありがとう、葉子さん」
「いえいえ」
 にっと、葉子が笑った。
「その、頭領……」
「ええよ、あまり派手にしないようにな」
「それじゃあ、拙者は準備を。喧嘩は、準備が大事ですからな」
 黒之助はうきうきしていた。ぱたぱたと羽ばたき、自分の部屋へ。
「目輝いてるなあ、クロちゃん」
「そうですねー」
「……そういや、これ拾ったんだった」
 太郎がぶるっとその身を震わした。
 木片が、ぽとりと落ちた。なーに? と妖達が集まる。
 しっしと払い、それをくわえ、頭領に差し出す。
 頭領、それを受け取った。
 受け取って、顔に近づけた。
「……式除けじゃな。多重の結界の要の一つか。これは、もう使い物にならんな。ぼろぼろじゃ」
「ということは……」
「やはり、式か……問題は、なんの式かじゃなあ」
「どんなんでしょうねえ。獣臭いから、そういうのかなあ」
 猿とか、雉とか、蛙とか、蛇とか。
「蛇ねえ……まだ、わからん。わかっても、どうしようもないが」
「その……誰の式なのでしょうね? 式神ならば誰か使役しているものがいるんじゃないの?」
「どうかな。一年も追ってるんだろ? もう、そいつの元から離れちまったんじゃないのか?」
「なら、追いかけるのやめるんじゃない?」
「……きけば、よかろうよ」
 その、馬鹿に。そう頭領が言った。
「そうですね」
 どたっと音がした。
 黒之助の部屋の方から。
 すこーし黙っていると、また何かが落ちる音がした。 
「……騒がしいなあ、クロちゃん」
「張り切り過ぎだろ」
「いい、機会じゃろう。わしの弟子になって、少しは成長したのかな。……ああ、彩花」
「はい?」
「先に言っておく。おぬしは、行ってはならんよ」
「……」
「危ないから、わしとここにおれ」
「……はい」
 そう、答えた。
 その返事を聞いてから頭領が、
「ちょっと結界を張ってくる」
 そういい、居間を出て行く。
 葉子も、黒烏を手伝いに。
 太郎が、かーっと大きく口を広げ、のびをした。
 とっと、妖が数匹、その大きな身体の上に飛び乗った。
 太郎は、妖達を払わなかった。
「大丈夫、かなあ」
「たがが式神ごとき。俺達三人なら、心配ないだろ」
 妖狼が、答えた。
「そう言ってるけど、太郎さん、怪我癒えてないよね」
「うん……ああ」
 ぺろりと、自分の腹をなめた。
「大丈夫かなあ」
「大丈夫さ」
「うん……」
「うん」
 姫様が、妖狼の大きな頭を撫でる。
 もう一度、撫でる。
 心配すんな。
 そう、太郎が言った。
 前みたいには、なんねえ。
 それは、口にはしなかった。