小説置き場2

山岳に寺社仏閣に両生類に爬虫類に妖怪に三国志にetcetc

徐州の戦(4)

 傷ついた獣が、のたうち回っていた。

 血が、流れていく。

 四肢を、つたう。

 それは、断末魔に似た動き。

 それでも、獣は生きようとしていた。



夏惇侯「陳珪……やったな……」

 歯ぎしりをする隻眼の将。

 曹操軍筆頭武将、夏惇侯。

 陳珪の軍が、呂布の軍に向かって動き出したのを見て、すぐに察した。

 嫌悪感が、先にきた。

郭嘉「夏惇侯殿、どうする?」

 軍師の姿。その男の腰につけた酒瓶が、からからとなった。

夏惇侯「郭嘉! こちらに回っていたのか!」

郭嘉「殿に、言われてな。あれはどういうことだ? あんた何か知っていたのか?」

夏惇侯「いや……だが、あいつが裏切った。それはわかる」

郭嘉「……詮索は、よそうか。俺は、いくぞ。あんたは?」

夏惇侯「……この機会を逃すことはできん……俺もいく」

郭嘉「わかった」

 形勢が完全に傾いたのは、この瞬間だった。

 夏惇侯軍三万。そして、郭嘉が参謀を務める騎馬隊一万。

 その一万を率いるのは、夏侯淵

 曹操軍の中でも、最も獰猛で、最も迅い将。

 計四万の曹操軍が、呂布軍の脇腹に食らいつこうとしたその瞬間。

 戦の勝敗は、ほぼ決まった。



曹操「変わった……風が、変わった」

 一時離れていた陳到が、また姿を現した。

 趙雲が、どうしたのー?
 
 と訊く。答えなかった。

 趙雲も、気にしていない。

 いつものこと、なのだ。

陳到「殿……ごにょごにょ」

劉備「へえ……曹操どん。陳珪が、裏切ったそうだよ。それも、呂布さんに深手を負わせて」

程昱「何を勝手なことを!」

 程昱が叫んだ。自分たちよりも戦場の情報を手に入れられるはずがない、そう思っていたから。

 曹操は、落ち着いていた。

曹操「そうか」

 そのとき、曹操軍の斥候が走り込んできた。

荀彧「な!……殿、陳珪がやはり裏切ったそうです。呂布に、深手を負わせて」

程昱「え……」

劉備「ふふん、どうだいどうだい」

 劉備、嬉しそうである。

曹操「なかなかどうして、読めんもんだな……虎痴、悪来。準備せよ。もう、脅えることもないわ」

許楮「へーい」

典韋「はい」

関羽「……呂布殿が……陳珪、凄まじい武勇の持ち主であったのですな」

劉備「違うよ」

張飛「?」

劉備「違う、さ。関さん、張さん、あの二人に負けないように働いておいで」

関羽「わかりもうした」

張飛「うおっしゃあ!」

陳到「私たちは……」

趙雲「僕たちは?」

劉備「おいらを、もしものことから守ってくんなー」

 劉備は、程昱を見た。

 曹操は、ぼーっとしていた。

曹操「……疲れがみえた高順達の突撃を、青州兵の包囲で、殲滅。呂布殿には、夏侯淵の部隊を当てる……賭だが、勝算のある賭だった……今は、詮無きこと、か……」

 残念だ。そう、呟いた。