小説置き場2

山岳に寺社仏閣に両生類に爬虫類に妖怪に三国志にetcetc

あやかし姫~旅の人(14)~

「で、いつ来るのさ?」
「さあねえ。そこの男に聞け」
「私も……いつも家に閉じ籠もっていたので……」
 木森原。若い男が座っていた。月心である。
 紫色の煙が、その姿を薄く包み隠していた。
 青白い炎が幾つも幾つも宙を漂い、辺りを照らしている。
 月心の周りには三匹の妖。太郎、葉子、黒之助の姿が。
 月心は、小屋から出てきた。
 三匹が、
「彩花に頼まれた」
 そう言い、移動するよう促すと、穏やかにその言葉に従ったのだ。
「お前、少し不用心すぎないか?」
「そうですか? えーっと……」
「黒だ」
 烏天狗が答えた。
 妖狼と銀狐が会話を交わした。
 それで、いいかと。
「黒さま……だって、彩花さんに頼まれたのでしょう?」
「うむ。……あー、彩花ちゃんに頼まれたのは事実だがな。もしかしたら、嘘を言っているのかもしれなかったんだぞ? あっさり拙者達を信じて小屋から出て。これがおぬしを狙っている者だったならば」
 命は、ないぞ。
「それも……そうですね」
「あんた、肝っ玉が太いのかねえ。あたいらを見ても驚かなかったし。ねえ、クロちゃ……黒。これ、大丈夫なの?」
 くんくんと、匂いを嗅ぐ。
 煙は、月心の四方に置かれた皿に盛られている炭から出ていた。
 それが、月心をくるんで。
 夜風が吹いてもそれは動かず。
「案ずるな。それは以外と役に立つ」
「ふーん」
 太郎が、ひょいと前足を煙に近づけた。
「馬鹿! 触るな!」
 じゅっと音がした。
「あっつい!!!」
「拙者達も触れれば怪我するぞ」
 ふーふー、指に息を吹きかける妖狼。
 銀狐が慌てて月心の傍から飛び退いた。
「そういうことは早く言え!」 
「いや、普通触らないだろう」
「触るって! 馬鹿!」
「馬鹿とはなんだ!」
「やー、めー、てー!」

「喧嘩、してないよね……」
 姫様がいった。
「……太郎も行かせたのは失敗かもしれんなあ」
「……」 
 はあ、っと、二人ため息をついた。 

「あんた、その式の正体知らないの?」
 二匹をなんとか落ち着かせると、葉子が。
「えっと……」
「銀、さ。あ、ちなみにこっちは白ね」
 ぶすっと拗ねて寝ている太郎が尻尾を揺らした。
「銀さま。私にはさっぱり……それよりも式だったのですか?」
「式はわかるのか?」
「父が使役していると言っていました」
「ま、陰陽師だし、当然か。多分だが、相手は式だ。あんたが小屋に仕掛けていたのは式除けだからな。その煙の結界と違って」
「あれが式除け……」
「なかなか、高位の術ではある……これは?」
 黒之助が、目を細めた。
「おい」
 太郎が、その大きな身体を起こす。
「ど、どうしたのですか?」
「しっ!」
 銀狐に睨まれ、月心がその口を押さえた。
「よ……銀殿は、月心殿を」
「あいよ」
 何かが、近づいてきている。それを、妖達は感じた。
 風に臭いが重なる。獣の臭い。段々と、濃くなる。
 何かが、吠えた。
 一度、二度。不快な音。それで、月心にも「来ている」とわかった。
 太郎が小さくうなる。
 段々と、段々と近づいて。
 それは、現れた。
「……影?」
「なんだあ?」
 妖狼と銀狐が首を傾げる。
 現れたのは、黒い球状のもの。浮いていた。ふわふわと、上下している。
 獣の臭いは、間違いなくそれから漂っていた。
「た……白、この臭いは?」
「わかんねえ。色々と混じってやがる」
「これが、私を……」
 月心が声を出すと、影の動きが止まった。
「へえ、……あんたにも見えてるのか」
 油断なく身構える三匹。じりじりと詰め寄っていた黒之助の動きが止まる。
「ここかあ」
 影が、声を出した。
「話せるのか」
 声は、一つではなく、複数。幾つもの声が、同時に、同じ言葉を発している。
 そう、聞こえた。
「ああ……月心……くくく、今日はここにいたのかあ」
「やっぱり、こいつか!」
「白、ここはまず相手の様子をみてだな」
「うるせえ! 俺に指図するな!」
「ちょっと白!」
 葉子の制止も聞かず、太郎が影に飛びかかった。
 影に鋭い牙を突き立てると、がちりと食い破ったのだ。
 影は、動かなかった。
 太郎の口に、黒いものがついた。
「あぐ!」
 太郎が、影の欠片を吐きだした。
 赤いものが混じっていた。影に触れた草が、枯れていく。
「太郎!」
 もう、葉子に白とよぶ余裕はなかった。
「馬鹿! 大丈夫かい!?」
「あ、ああ……」
 力無く頷く。しゅーしゅーと、太郎の口から煙が出ていた。
 肉が、灼ける音。
 影の欠片が落ちた場所からも煙が。
「……なるほど……ワレを消し去るためにか……面白いぞ、月心」
「黒、こいつ、触れねえ」
 太郎が申し訳なさそうに。 
 黒之助が天を見る。欠けた月が、黄色い姿を雲の後ろに覗かせていた。
 妖狼は、月の満ち欠けによって、その力を左右されるのだ。 
「……わかった。白、月心殿の傍に」
 葉子と黒之助が並び、その後ろで太郎が月心の傍に。
 月心が「大丈夫ですか?」と訊くと、太郎は涙目で「うるさい!」と答えた。
「いち、に、さん……参、かあ。参じゃあ、ワレには足りないなあ」
 目が、現れた。影に、目が。
 血走った紅い目が、二つ。ぐるりと、眼球が回る。
 影が、形を変え始めた。
 球をやめる。
 何かを、形取り始める。
 葉子が、九尾に青白い火を灯した。
 黒之助が、やめろと、目で合図する。
「なんで!」
「正体を見極めるのが先だ」
 ゆっくりと、動く。あるものの形を、とった。
 たっ、たっと、それは降り立った。それに触れた草が、茶色く変わっていく。
 太郎の身体が震えた。
 驚きからの、震え。
「こいつは……妖……狼……」
 それは、太郎と似た姿をしていた。獣の姿をしていた。
 だが、それは不安定であった。
 絶えず、揺れているのだ。
 炎が、形を成した。水が、形を成した。
 闇が、形を成した。
 紅い目だけが、形を保っていた。
「太郎、違うぞ……」
 黒之助が言った。
 それが、吠えた。口を開けたわけではない。そもそも、口がないのだ。
 輪郭。
 獣の影が、実体化したというべきか。
 獣の臭いに、はっきりと死臭が混じった。
 その目が、三日月の形になる。
「くく……くく、く……月……心よお」
「わかったぞ……おぬし、犬神か!」
「……当たりだ、烏よお」 
 嬉しそうに、犬神はいった。