終焉の宴(2)
白馬将軍公孫瓚が籠もる易京楼。
十年分の兵糧をため込み幾多数多の防備を敷いた堅城。
それが、砂のようにさらさらと崩れていく。
本城にまで袁紹の兵が侵入してきたのだろう。怒声や、武器のぶつかり合う音が聞こえる。
何故、こうなったのだろうと、公孫瓚は考えていた。
張燕との連携に失敗したからか?
城外に取り残された兵を見捨てたからか?
白馬義従を失ったからか?
劉虞を処刑したからか?
信頼していた公孫越を失ったからか?
いや。
大それた野望を抱いたときに、天下を掴もうと決めたあのときに、己の運命は決まっていたのだ。
袁紹の兵が公孫瓚の部屋に入ってくる。
その、凄惨な光景に息を呑んだ。
公孫瓚は、己の妻子を殺していたのだ。
狂人の目をしていた。
右手には、大瓶。左手には、血の着いた剣。
大瓶の中身を、床にぶちまける。
ねばっとした液状のもの。それを嬉しそうに見ると、剣で、蝋燭を叩き落とす。
見る間に、燃え盛る。
油、であったのだ。火を止められるわけもない。兵が、退いていく。
公孫瓚も火に包まれた。
「廬植……先生……劉備、お前は……いつも……」
恩師と、後輩の姿。
それは、公孫瓚の最も楽しき日々の――
袁紹。燃え上がる易京楼本城を眺めていた。
大きな障害が一つ、取り除かれた。
「馬鹿が……妻子の命は助けるといったのに……」
赤子もいたのだ。
もう一度馬鹿がと言った。
袁紹は、血を見るのがあまり好きではなかった。
だから、ゆっくりと大兵力で攻める威圧する戦を好んだ。
「……さらばだ、公孫瓚」
顔良、文醜、田豊――袁紹軍の幕僚が集まっていた。
「天下は、まだまだ先ぞ」
袁紹は、そう言って微笑んだ。
燃え盛る炎が、名門の誇りを表すかのように。
「公孫瓚先輩……」
「急にどうしたのだ、長兄?」
急に天を見上げた劉備に、美髭を撫でながら関羽が聞いた。
「公孫瓚先輩、死んじまったみたいだ」
「は?」
「おいらの勘がそういってる……悪い人じゃなかったんだけどな」
「そうですか……」
長兄の勘なら……関羽も、昔を懐かしむ、そんな目をした。
「関さん、張飛呼んできて。酒、呑もう」
「はい」
「……さいなら、先輩」
「張遼……会いたいよ……」
呂布は、すんすんと泣いていた。枕に顔をうずめて。
「よく。枕投げして遊んだっけ。あんまり夜遅く騒いで、貂蝉姉様にコラーって怒られて。その時に間違って貂蝉姉様にぶつけちゃって」
あのときは大変だったなー。
ふふっと笑って、ぐるんと一回りした。
顔をうずめて、張遼、ともう一度言った。
「これから、どうしよう……」
何も、頭に浮かばない。
「……陳宮と、相談しよっか」
「貂蝉さま、こんなことしていていいんですか?」
「高順さま、手を動かす!」
「はあ……」
二人で、何かを書いている。
妙な部屋だった。やたらと呂布のグッズが置いてある。
ポスターやら何やら。ぼったくりの値札付きで。
等身大の人形まで。良く出来ている。
「……これも、もう終わりかな」
貂蝉が会報と書いてある小冊子をぺらぺらと。
「まだですよ」
「そうかな……」
貂蝉の筆が止まった。はらはらと、涙を零した。
原稿に一つ、二つと水滴が。
「もう、無理だよ」
「貂蝉さま!」
「……この子達……どうなるのかな……」
随分と大きくなったお腹をさする。
「後悔は、していません。呂布さまと一緒にいて。高順さまと出会えて。初めて、家族が出来て。もう……。あとは……この子だけが心配で……」
「二人で、育てるんです。多分、みんなになりますけど」
「……そうなると、いいですね」
「どうぞ」
戸を叩く音。それに陳宮が返事を。憔悴していた。
「うわ、酒臭い!」
「呂布さま……」
「あのね」
「お怪我は、もうよろしいのですか」
呂布がなにか言う前に陳宮が。
呂布がお腹を。包帯の感触。
「まだ、ね。まだ戦えない」
「そうですか」
陳宮が、杯に手を。それを呂布が止めた。
「陳宮、もう、お酒は駄目」
死んだ魚の濁った目で呂布を見る。
瞬きの回数が多くなる。
呂布の手と顔を何度も見返しているうちに、濁りが取れていく。
「……あの……」
「どしたの?」
「手……」
「あ、痛い? ご免ね」
手を離し、ちょこんと頭を下げる。
そういうわけじゃあ、ないんだけどなあ……
と陳宮は思った。
「これから、どうするの?」
「さあ……」
「軍師でしょ、なにか策はないの?」
「……私の首」
「それ、以外で」
「呂布さま」
「二度は、言わないよ」
「……私は、軍師失格です。陳珪、陳登の裏切りも、水攻めも、予期できなかった」
「陳宮のせいじゃないよ。裏切りは、私のせいだし。陳宮がいなかったら、魏延を出してくれなかったら、私、死んでたし」
「……申し訳、ありません」
「謝らないで。あ、そうだ、昔話しよっか。私ね、丁原様に仕えてたんだ」
「は、はあ」
そのぐらい、知っていると陳宮は思った。
「そのときは、丁原様麾下の隊長でね。五百人ぐらいかなあ。よく賊徒討伐してたんだ。并州は、あんまり平和じゃなかったしね。本当によくしてもらったんだ、丁原様には。丁原様のこと、お父さんみたいに思ってたの。それでね、麾下のみんなとは仲が良くてね、私が無茶したら止めてくれてね。丁原様にその度に無茶するなって、怒られたの」
「そうですか」
「その中には、ずっとね、私に仕えてくれた人もいたの。それも私の麾下でね。そろそろ、隊長になってほしいっていっても、断って。私の近くで戦いたいって。長い事、一緒に戦ってきたのに……いなく……なっちゃった……私の、ために。私の、せいで……」
「……呂布さま、ご自分を責めないで下さい……」
「陳……宮……」
自然と、身体が動いていた。呂布の小さな身体を抱き寄せていた。
呂布は、泣いた。陳宮の胸で。
はっと気づくと、そそくさと離れた。
どちらも、顔が真っ赤。呂布は、泣いたから、というわけではなく。
「……あの(///○///)」
「ち、ち、ち、陳宮! なにを!(///△///)」
「す、すみません……(´・ω・`)」
「……馬鹿」
もう一度、呂布は陳宮の胸に顔を埋めた。
うわーいと思った。
死の香りがすると陳宮は思った。
それもまた、心地よいと。
「馬鹿……」
十年分の兵糧をため込み幾多数多の防備を敷いた堅城。
それが、砂のようにさらさらと崩れていく。
本城にまで袁紹の兵が侵入してきたのだろう。怒声や、武器のぶつかり合う音が聞こえる。
何故、こうなったのだろうと、公孫瓚は考えていた。
張燕との連携に失敗したからか?
城外に取り残された兵を見捨てたからか?
白馬義従を失ったからか?
劉虞を処刑したからか?
信頼していた公孫越を失ったからか?
いや。
大それた野望を抱いたときに、天下を掴もうと決めたあのときに、己の運命は決まっていたのだ。
袁紹の兵が公孫瓚の部屋に入ってくる。
その、凄惨な光景に息を呑んだ。
公孫瓚は、己の妻子を殺していたのだ。
狂人の目をしていた。
右手には、大瓶。左手には、血の着いた剣。
大瓶の中身を、床にぶちまける。
ねばっとした液状のもの。それを嬉しそうに見ると、剣で、蝋燭を叩き落とす。
見る間に、燃え盛る。
油、であったのだ。火を止められるわけもない。兵が、退いていく。
公孫瓚も火に包まれた。
「廬植……先生……劉備、お前は……いつも……」
恩師と、後輩の姿。
それは、公孫瓚の最も楽しき日々の――
袁紹。燃え上がる易京楼本城を眺めていた。
大きな障害が一つ、取り除かれた。
「馬鹿が……妻子の命は助けるといったのに……」
赤子もいたのだ。
もう一度馬鹿がと言った。
袁紹は、血を見るのがあまり好きではなかった。
だから、ゆっくりと大兵力で攻める威圧する戦を好んだ。
「……さらばだ、公孫瓚」
顔良、文醜、田豊――袁紹軍の幕僚が集まっていた。
「天下は、まだまだ先ぞ」
袁紹は、そう言って微笑んだ。
燃え盛る炎が、名門の誇りを表すかのように。
「公孫瓚先輩……」
「急にどうしたのだ、長兄?」
急に天を見上げた劉備に、美髭を撫でながら関羽が聞いた。
「公孫瓚先輩、死んじまったみたいだ」
「は?」
「おいらの勘がそういってる……悪い人じゃなかったんだけどな」
「そうですか……」
長兄の勘なら……関羽も、昔を懐かしむ、そんな目をした。
「関さん、張飛呼んできて。酒、呑もう」
「はい」
「……さいなら、先輩」
「張遼……会いたいよ……」
呂布は、すんすんと泣いていた。枕に顔をうずめて。
「よく。枕投げして遊んだっけ。あんまり夜遅く騒いで、貂蝉姉様にコラーって怒られて。その時に間違って貂蝉姉様にぶつけちゃって」
あのときは大変だったなー。
ふふっと笑って、ぐるんと一回りした。
顔をうずめて、張遼、ともう一度言った。
「これから、どうしよう……」
何も、頭に浮かばない。
「……陳宮と、相談しよっか」
「貂蝉さま、こんなことしていていいんですか?」
「高順さま、手を動かす!」
「はあ……」
二人で、何かを書いている。
妙な部屋だった。やたらと呂布のグッズが置いてある。
ポスターやら何やら。ぼったくりの値札付きで。
等身大の人形まで。良く出来ている。
「……これも、もう終わりかな」
貂蝉が会報と書いてある小冊子をぺらぺらと。
「まだですよ」
「そうかな……」
貂蝉の筆が止まった。はらはらと、涙を零した。
原稿に一つ、二つと水滴が。
「もう、無理だよ」
「貂蝉さま!」
「……この子達……どうなるのかな……」
随分と大きくなったお腹をさする。
「後悔は、していません。呂布さまと一緒にいて。高順さまと出会えて。初めて、家族が出来て。もう……。あとは……この子だけが心配で……」
「二人で、育てるんです。多分、みんなになりますけど」
「……そうなると、いいですね」
「どうぞ」
戸を叩く音。それに陳宮が返事を。憔悴していた。
「うわ、酒臭い!」
「呂布さま……」
「あのね」
「お怪我は、もうよろしいのですか」
呂布がなにか言う前に陳宮が。
呂布がお腹を。包帯の感触。
「まだ、ね。まだ戦えない」
「そうですか」
陳宮が、杯に手を。それを呂布が止めた。
「陳宮、もう、お酒は駄目」
死んだ魚の濁った目で呂布を見る。
瞬きの回数が多くなる。
呂布の手と顔を何度も見返しているうちに、濁りが取れていく。
「……あの……」
「どしたの?」
「手……」
「あ、痛い? ご免ね」
手を離し、ちょこんと頭を下げる。
そういうわけじゃあ、ないんだけどなあ……
と陳宮は思った。
「これから、どうするの?」
「さあ……」
「軍師でしょ、なにか策はないの?」
「……私の首」
「それ、以外で」
「呂布さま」
「二度は、言わないよ」
「……私は、軍師失格です。陳珪、陳登の裏切りも、水攻めも、予期できなかった」
「陳宮のせいじゃないよ。裏切りは、私のせいだし。陳宮がいなかったら、魏延を出してくれなかったら、私、死んでたし」
「……申し訳、ありません」
「謝らないで。あ、そうだ、昔話しよっか。私ね、丁原様に仕えてたんだ」
「は、はあ」
そのぐらい、知っていると陳宮は思った。
「そのときは、丁原様麾下の隊長でね。五百人ぐらいかなあ。よく賊徒討伐してたんだ。并州は、あんまり平和じゃなかったしね。本当によくしてもらったんだ、丁原様には。丁原様のこと、お父さんみたいに思ってたの。それでね、麾下のみんなとは仲が良くてね、私が無茶したら止めてくれてね。丁原様にその度に無茶するなって、怒られたの」
「そうですか」
「その中には、ずっとね、私に仕えてくれた人もいたの。それも私の麾下でね。そろそろ、隊長になってほしいっていっても、断って。私の近くで戦いたいって。長い事、一緒に戦ってきたのに……いなく……なっちゃった……私の、ために。私の、せいで……」
「……呂布さま、ご自分を責めないで下さい……」
「陳……宮……」
自然と、身体が動いていた。呂布の小さな身体を抱き寄せていた。
呂布は、泣いた。陳宮の胸で。
はっと気づくと、そそくさと離れた。
どちらも、顔が真っ赤。呂布は、泣いたから、というわけではなく。
「……あの(///○///)」
「ち、ち、ち、陳宮! なにを!(///△///)」
「す、すみません……(´・ω・`)」
「……馬鹿」
もう一度、呂布は陳宮の胸に顔を埋めた。
うわーいと思った。
死の香りがすると陳宮は思った。
それもまた、心地よいと。
「馬鹿……」