あやかし姫~旅の人(19)~
「よいぞ」
あっさりと頭領が。
月心が頭領の顔をみた。
顔をみて、寒気がした。
ぎゃーぎゃー騒いでいた三匹がはたと止まった。
「では、話せ」
葉子が、頭領の隣に。太郎も、よろよろと。
自分の手の中にある貝をまじまじと見て、黒之助が、はあっと溜息を。
それから、太郎の傍に。
「……そうだ」
「なぜ、なぜ父が!」
「……さあな……」
蛇が口を開けた。
「知っておろう?」
頭領がいった。
「……あ……」
「死にたいか?」
逃げ道を、探す。四方八方蛇に囲まれ、逃げ道は、ない。
言うしか、なかった。
「……我は……お前の父の……式神であった……」
「父の……」
優しかった父。よく、遊んでくれた。
父一人子一人。
「それで?」
頭領が、次の言葉を促す。
「我は……九十九の魂が喰らい合って生まれた……お前の父に……つくられた」
「壺毒、か」
生き物を殺し合わせ、互いに喰らい合わせ、最後に残った「もの」を、使役する。
強力な、呪法。
太郎が、それでこの臭いかと。
獣の臭い。それは、幾つもの生き物が絡み合ったものだったのだ。
「よく……わかったな……そうさあ。われは、お前の父に、魅月に、使役されていた……奴は、われに魂をよく喰わせてくれた……」
「魂を?」
「く、く、く……われは、主に他の式神を撃ち破るために……使われていた……破った式は、われが喰らう……九十九の魂を維持するために」
「……」
「魅月は、命を磨り減らして、働いておったわ」
「……私の……ためにですか…」
『役人となり出世するには、お金がかかるものなのですよ』
父上――月心が震えた。
「よっぽど、可愛かったらしいな……われに、お前のことで……よく話しかけてきおったわ……」
「そのようなお父上がなぜ……いや、簡単な話か」
頭領が、いった。
「お前は、その魅月という男に抑えきれなくなったのだな」
「そうさあ!」
かっと、大きく目を見開き、淀みなく犬神が言った。堰を切ったように。
「われは、あのようなちっぽけな人間の下にいつまでもいるのはご免だった! もっと、力ある者を喰らいたい! それは、なにも式だけではない! 人も、妖も、神も! 喰らい、糧としたかったのよ! だが、あの男、それを察していた! 病に倒れ、もはや命は長くはないとわかると、われに最後の命を下したのよ!」
「私を……」
「自分の息子ならば、想いの分、守る術も強くなる! 我にかける束縛も強くなる! あいつは、よく知っていた!」
「なるほど……月心を狙わせる。月心はそれを防ぐ。お前は父が残した術によって力を奪われ、姿を消す。それで、終わり。だが、お前の力は主の予想を上回った」
「その、通りよ」
「他の陰陽師に頼むとかさあ、そのぐらい出来なかったの?」
葉子がいった。
「お金が、ないのです……父は、全て私のために……」
「あ……」
「束縛、結界、お前を、仕留めきれない! 力が、落ちていく!だが、奴の呪は、他のものを喰らうことを、禁止していなかった。人は、禁じていた。だが、人以外は……短い時間に獲物を見つける事は難しいが、出来ない事はなかった」
都を出たのも、都合が良かった。
「羽矢風の命の宿る木を襲ったのもお前か。なるほど」
「木……ああ……」
「父は、私を殺そうとは……」
「思っていなかったようじゃな。手が、他になかったのじゃろうよ。お主を守っていたのは、魅月という男の想い。少し、この犬神が強すぎただけよ。本当は、お主の父親が死んだ時点で、この式の力は、ほとんどのうなった筈だっただな」
これが、そうか。
そう言い、頭領が犬神に手をのばす。何かを引っ張る仕草を。
手を離した。何かが、落ちる。
え、っと葉子が。
へ、っと黒之助が。
どくん、と鼓動。
犬神が、その目の色を変えた。
喜びに、うち震えていた。
「束縛を……解いた……解いた! 解いた! 解けた!」
犬神の姿が、また大きくなる。すぐに、蛇達が離れた。頭領の影に、逃げるように戻る。
どんどん大きくなり、大の大人二人分ほどに。
さっきとは比べものにならない強い強い障気を発している。
太郎達には、そう見えた。
渦を、巻いていた。
不思議と、何も感じられなかったが。
「ああ、解いた。嬉しかろう」
ぱくぱくと葉子。黒之助の薬を塗る手が止まる。
月心は、それどころではなく。
「ああ……嬉しい! 嬉しいぞ! これで、魂を喰らい、また力を」
轟と、風が起こった。草が、舞った。
巨大になった犬神を、さらに巨大な蛇が、頭からすっぽりと飲み込んだのだ。
それは、頭領の影から生えて。
「よかったなあ……どうだ、喜びの絶頂から絶望の底に叩き落とされるのは? 面白かろう?」
頭領が、背を向ける。
「待て……約束が……」
まだ、犬神は生きていた。
「約束? さてさて。ああ、あれか」
頭領が、微笑んだ。
優しい、笑みだった。
「……貴様の存在を…この世から消してくれよう」
「ちが――」
それが、最後。
命を喰らってきた犬神が、逆に、喰われて。
影を喰らった蛇が、頭領の影に。
二つに分かれた赤い舌が、ちろりとのびた。のびて、
「やはり、あまり美味くないなあ」
と、唇を舐めた。
「……食べちゃった……」
「おい、手が、止まってる」
太郎がいった。
「あ、ああ……」
黒之助が、答えた。
なんと凄まじい……本当、怒らせないようにしようと思った。
「さてと……用も済んだし、帰るか」
「え、あ、はい」
「あ……私は……」
月心がいった。
「一人のほうが、よかろう」
月心は、黙っていた。
その胸に浮かぶわ、父の思い出。
「あいつ……京を出る事になったの、親父のせいなのに」
「……どっちにしろ、犬神はまず間違いなくあの男を殺そうとしただろうよ」
「……憎しみ、たぎってたもんな」
「いくぞ」
はい、っと、元気よく返事。
「すみません、色々と……」
「まあ、彩花の頼みじゃしなあ」
「ありがとうございます、頭領。太郎さん、葉子さん、それと黒之助さん」
「あ」
「あ」
「あ」
「あちゃ?」
ぺちゃんと、頭領が頭を叩いてから姿を消した。
太郎も葉子も黒之助も。
一人、月心が佇んで――
「本当に――ありがとうございます――」
そういって、月心は涙した。
死の床にある父が、「逃げろ」そういって事切れたのを思い出して。
父は、私のために死んだのだと。
私の――ために――
あっさりと頭領が。
月心が頭領の顔をみた。
顔をみて、寒気がした。
ぎゃーぎゃー騒いでいた三匹がはたと止まった。
「では、話せ」
葉子が、頭領の隣に。太郎も、よろよろと。
自分の手の中にある貝をまじまじと見て、黒之助が、はあっと溜息を。
それから、太郎の傍に。
「……そうだ」
「なぜ、なぜ父が!」
「……さあな……」
蛇が口を開けた。
「知っておろう?」
頭領がいった。
「……あ……」
「死にたいか?」
逃げ道を、探す。四方八方蛇に囲まれ、逃げ道は、ない。
言うしか、なかった。
「……我は……お前の父の……式神であった……」
「父の……」
優しかった父。よく、遊んでくれた。
父一人子一人。
「それで?」
頭領が、次の言葉を促す。
「我は……九十九の魂が喰らい合って生まれた……お前の父に……つくられた」
「壺毒、か」
生き物を殺し合わせ、互いに喰らい合わせ、最後に残った「もの」を、使役する。
強力な、呪法。
太郎が、それでこの臭いかと。
獣の臭い。それは、幾つもの生き物が絡み合ったものだったのだ。
「よく……わかったな……そうさあ。われは、お前の父に、魅月に、使役されていた……奴は、われに魂をよく喰わせてくれた……」
「魂を?」
「く、く、く……われは、主に他の式神を撃ち破るために……使われていた……破った式は、われが喰らう……九十九の魂を維持するために」
「……」
「魅月は、命を磨り減らして、働いておったわ」
「……私の……ためにですか…」
『役人となり出世するには、お金がかかるものなのですよ』
父上――月心が震えた。
「よっぽど、可愛かったらしいな……われに、お前のことで……よく話しかけてきおったわ……」
「そのようなお父上がなぜ……いや、簡単な話か」
頭領が、いった。
「お前は、その魅月という男に抑えきれなくなったのだな」
「そうさあ!」
かっと、大きく目を見開き、淀みなく犬神が言った。堰を切ったように。
「われは、あのようなちっぽけな人間の下にいつまでもいるのはご免だった! もっと、力ある者を喰らいたい! それは、なにも式だけではない! 人も、妖も、神も! 喰らい、糧としたかったのよ! だが、あの男、それを察していた! 病に倒れ、もはや命は長くはないとわかると、われに最後の命を下したのよ!」
「私を……」
「自分の息子ならば、想いの分、守る術も強くなる! 我にかける束縛も強くなる! あいつは、よく知っていた!」
「なるほど……月心を狙わせる。月心はそれを防ぐ。お前は父が残した術によって力を奪われ、姿を消す。それで、終わり。だが、お前の力は主の予想を上回った」
「その、通りよ」
「他の陰陽師に頼むとかさあ、そのぐらい出来なかったの?」
葉子がいった。
「お金が、ないのです……父は、全て私のために……」
「あ……」
「束縛、結界、お前を、仕留めきれない! 力が、落ちていく!だが、奴の呪は、他のものを喰らうことを、禁止していなかった。人は、禁じていた。だが、人以外は……短い時間に獲物を見つける事は難しいが、出来ない事はなかった」
都を出たのも、都合が良かった。
「羽矢風の命の宿る木を襲ったのもお前か。なるほど」
「木……ああ……」
「父は、私を殺そうとは……」
「思っていなかったようじゃな。手が、他になかったのじゃろうよ。お主を守っていたのは、魅月という男の想い。少し、この犬神が強すぎただけよ。本当は、お主の父親が死んだ時点で、この式の力は、ほとんどのうなった筈だっただな」
これが、そうか。
そう言い、頭領が犬神に手をのばす。何かを引っ張る仕草を。
手を離した。何かが、落ちる。
え、っと葉子が。
へ、っと黒之助が。
どくん、と鼓動。
犬神が、その目の色を変えた。
喜びに、うち震えていた。
「束縛を……解いた……解いた! 解いた! 解けた!」
犬神の姿が、また大きくなる。すぐに、蛇達が離れた。頭領の影に、逃げるように戻る。
どんどん大きくなり、大の大人二人分ほどに。
さっきとは比べものにならない強い強い障気を発している。
太郎達には、そう見えた。
渦を、巻いていた。
不思議と、何も感じられなかったが。
「ああ、解いた。嬉しかろう」
ぱくぱくと葉子。黒之助の薬を塗る手が止まる。
月心は、それどころではなく。
「ああ……嬉しい! 嬉しいぞ! これで、魂を喰らい、また力を」
轟と、風が起こった。草が、舞った。
巨大になった犬神を、さらに巨大な蛇が、頭からすっぽりと飲み込んだのだ。
それは、頭領の影から生えて。
「よかったなあ……どうだ、喜びの絶頂から絶望の底に叩き落とされるのは? 面白かろう?」
頭領が、背を向ける。
「待て……約束が……」
まだ、犬神は生きていた。
「約束? さてさて。ああ、あれか」
頭領が、微笑んだ。
優しい、笑みだった。
「……貴様の存在を…この世から消してくれよう」
「ちが――」
それが、最後。
命を喰らってきた犬神が、逆に、喰われて。
影を喰らった蛇が、頭領の影に。
二つに分かれた赤い舌が、ちろりとのびた。のびて、
「やはり、あまり美味くないなあ」
と、唇を舐めた。
「……食べちゃった……」
「おい、手が、止まってる」
太郎がいった。
「あ、ああ……」
黒之助が、答えた。
なんと凄まじい……本当、怒らせないようにしようと思った。
「さてと……用も済んだし、帰るか」
「え、あ、はい」
「あ……私は……」
月心がいった。
「一人のほうが、よかろう」
月心は、黙っていた。
その胸に浮かぶわ、父の思い出。
「あいつ……京を出る事になったの、親父のせいなのに」
「……どっちにしろ、犬神はまず間違いなくあの男を殺そうとしただろうよ」
「……憎しみ、たぎってたもんな」
「いくぞ」
はい、っと、元気よく返事。
「すみません、色々と……」
「まあ、彩花の頼みじゃしなあ」
「ありがとうございます、頭領。太郎さん、葉子さん、それと黒之助さん」
「あ」
「あ」
「あ」
「あちゃ?」
ぺちゃんと、頭領が頭を叩いてから姿を消した。
太郎も葉子も黒之助も。
一人、月心が佇んで――
「本当に――ありがとうございます――」
そういって、月心は涙した。
死の床にある父が、「逃げろ」そういって事切れたのを思い出して。
父は、私のために死んだのだと。
私の――ために――