小説置き場2

山岳に寺社仏閣に両生類に爬虫類に妖怪に三国志にetcetc

あやかし姫~旅の人(終)~

「どうしてこう太郎さんはよく怪我をするのですか……」
 ぺたぺたと薬を塗る姫様。薬箱が隣にあって。
 面目ないと白い大きな狼が。
 朝。みんみんと蝉達がその歌声を古寺に響かせる。夏よ盛れと響かせる。
「この傷……」
 姫様が、太郎の脇腹の傷に触れた。
「また、開いちまった、ってイテッ!」
「あ、ごめんなさい!」
「いいよ、その馬鹿には」
 背後から、声。振り向くと、よく知っている女の姿が。
「姫様、どうせなら、起こしてよね」
 葉子が、欠伸を一つついた。つられて、太郎も。
 そして、またイテッっといった。
「起こしたけど起きなかったんです……」
「あらそう? いやね、姫様、疲れたよ~」
「お前は、ほとんど働いてないだろ」
 おろおろしていただけだ。そう太郎が。その言葉に、葉子が不機嫌になる。
「あたいは元々、そういうのは不得手なのー、っだ! 大体、ちゃんと働いてますよー。狐火で明るくしていたのは誰ですかねえ」
「むっ……」
「実際、太郎殿が、一番無駄に傷付いて一番役に立っていない」
 黒之助が、烏の姿で庭に降り立った。こちらも欠伸をつきながら、である。
「太郎さん、反論しないの?」
「おんやあ?」
「……そうかもな」
 三人、顔を見合わせる。明日、雪でも降るのではないかと。
「俺は……弱い……」
 だから、もう少し、強くなりたい。
「太郎さん?」
「ん、ああ、何でも、ない」
「それで……結局その式神は?」
「あれ? 姫様知らないの?」
 昨夜の事を思い出す。
 頭領と三匹の声に、姫様がぱたぱたと迎えに行き、太郎をみて……絶句
 とりあえず、太郎を寝かせると――
 葉子は、すぐに布団ですやすや。黒之助は、「眠い」といって庭の木へ。
 太郎の傷に、目を白黒させる姫様に、
「応急処置だけじゃからなあ……早くきちんと手当をしてやれ」
 そういうと頭領はお酒をもって自室へ。
「そんな!」
 待って下さいと頭領の袖を引っ張ると、
「まずかった……口直しがしたい」
 ぱたんと、戸を閉めてしまった。
 これは無駄だと姫様悟る、すごすごと戻る。
 太郎の傷をしげしげと眺め、また目を白黒させながら、どれがいいだろうと蔵に行き――
「ちゃんと薬を塗って、布を巻いて。私達だけでやったんですよ!」
「……だって……緊張が解けちゃって……」
 伏し目がちに葉子が。
「いやー、太郎殿の傷、大したことなさそうだったしー」
 はたはたと、黒之助が羽を動かす。
 大変、だったんですよ……
 姫様が、笑う。涙の粒が、混じっている。本当に、心配したのだ。
 みな、しゅんとした。太郎が、場の雰囲気を変えるために話を。
「犬神は、頭領に喰われちまった」
「そうですか……」
「そういやあ……なにか忘れてるような……」
「はい?」
 はてと葉子が首を傾げ。そういえばと太郎も黒之助も。うーんと悩み、同時に、「あ」っと声をあげた。
「どうしたのですか?」
 そのとき、すみませーん、という若い男の声がした。
「この声、月心さん?」
「お、俺、隠れる!」
 太郎が、素早く大きな身体を縁側の下へ。全身の傷も、なんのその。
「せ、拙者は!」
「と、とにかくどっか行ってて!」
 葉子の言葉に、「御意!」っと答えると、ばたばたと、庭の木へ。
「マズイヨー」
「葉子さん、全て終わったんですよね?」
「ウン、オワッタ」
「じゃあ、一体……」

「本当に、ありがとうございました」
 深々と、礼をする。
「いえいえ」
 どうして、葉子さんも隠れたんだろう? ぶつぶつ言ってたけど、まだ、疲れてるのかな。
 頭領も、出てこないし。
 変なの。せっかくお礼にきてくれたのに……
 そう心の中でいいながら、どうぞとお茶を。
 ちょこちょこと視界の端で動いている妖達に、少し口を引きつらせながら。
 月心は、包みを持ってきていた。
「彩花さん、お一人ですか?」
「五人で暮らしているのですが……ちょっと姿が見えなくて」
 そういってから、お茶を飲む。冷たくて、気持ちよかった。
「太郎さん、大丈夫なのでしょうか? あんな大怪我を」
 ぷっと、姫様が茶を噴いた。月心にもかかる。
 あ! っというと、慌てておしぼりで拭いた。拭き終わってから、
「はい!? 今、なんと!?」
「あんな大怪我を?」
「いえ、その前です!」
「太郎さん、大丈夫なのでしょうか? ですか?」
「なにを言っているのです!?」
 今度は、月心の驚く番。すぐに、思案顔に。
 それから、ぽんと手を打つと、
「……姫様」
「はい、って……」
 くすくすと、月心が笑った。姫様の顔が、青ざめていく。
 それを見て、妖達がすわ、何事ぞと近づいてくる。
 姫様がきっと睨むと、妖達がどたどたどたっと、逃げていく。
「太郎さんは、白い狼。葉子さんは、九尾の狐。黒之助というひとは、烏天狗。頭領というひとは……蛇?」
「どうして……」
「そう言っていましたから。彩花さんは……」
 天女? 真顔でそういった。
「人、よ」
 頭領が、顔を覗かせた。
「わしは、八霊という」
「八霊さん、本当に、昨夜は」
「よい、よい」
 頭領が、青ざめ目線を落としぷるぷる震える姫様の隣に。
「そうか、わざわざ礼に、か」
 包みに、目をやった。
「はい。なにか、お礼の品をと思ったのですが……生憎、これしかなくて」
 包みをとく。
 中から、本が出てきた。葉子が読めなかったあの本が。
「これは、お主の父親が残した」
「これを頼りに生きてきました。でも、もう必要のないものです」
 頭領が、本を手に取り、ぱらぱらとめくった。
 うん、と顔をしかめる。
 それから、本を閉じ、ふっと息を吹きかけた。
 また、本を開ける。
 それを、じっと見て、月心に手渡した。
「これは、お主が持っていた方がよかろう」
「いえ、しかし」
「読んでみよ」
「は、はあ」
 月心が本を。一目見て、食い入るように。
 今まで読んできた文と、違う文であったのだ。もはや、式除けの術のことは書かれていない。
「……八霊さん、これは……」
「日記、じゃな。隠れておった。術の書かれていた部分は、のうなってしもうたのう」
「……父上……私のことばかり……」
「膨大な日記を、それにまとめたのじゃな。なるほど、そうすれば、持ち運びによい」
 月心は最後の頁に飛んだ。そこには、短い短い父からの文。
 すまぬ。
 我が、最愛の息子へ。
 そう、書かれていた。
「父上……」
「さてと、ものは相談なのじゃが」
「わかっています」
 そのことを、言いに来たのです。
「このこと、他の人に言うつもりはございません」
「言ったな」
「はい」
 色々と、あるのでしょう。私も、わかります。
 そう、いった。
 月心も、陰陽師の子。人よりも、妖に近しい存在の子。
「よいよい。話が、早い」
「……そうか、頭領はその姿で月心さんと会って……」
 少し、姫様が納得したように。
 完全にずれている。一応、血の気は戻っていて。
「いや、良かった。お主がそう言ってくれて」
 これで、契約は結ばれた。どす黒い笑みを浮かべて言いはなった。
「頭領、何を!?」
 姫様、絶句。
「なに、ちょっとした契約じゃ。気にするな」
 か、か、と、笑った。

「月心さん、これから一体? 都に戻るのですか?」
 門。姫様だけが見送りに。
 月心は、首を横に振った。
「もう、都に戻っても役人にはなれません。ここで、しばらく子供達に教えて暮らそうかと」
 それで良いのですか? そう姫様が。
 どうやら、その方が己の性分に合っていると、月心が。
「父には、悪い事をしているのかもしれませんが……」
「……月心さんのお父上様も、きっと納得していると思います」
「そうでしょうか?」
「多分、ですけど。月心さんが出世するのが望み、でわなく、役人となり、良い暮らしが出来れば、そう、考えていたのでわないでしょうか?」
 いいえ、そうに違いないです。
「……そうかも、しれませんね」
「ここは、本当によいところですよ」
「ええ」
 月心が、笑った。
「やっぱり、ばれてたのね」
「葉子さん」
 急に、姫様の後ろに人の姿が。葉子と、黒之助。それに白い狼。妖達も、集っていた。
「葉子さん、太郎さん、その方が黒之助さんですよね、本当に昨夜は」
 ありがとうございました。
 ん、ああ、いいっていいって、そう相づちを打つと、
「さっき、こいつらに聞いちゃった」
 そう、葉子が妖達を指差す。
「ええ……」
 姫様が控えめに。月心が、首を捻った。
「どうした?」
 黒之助が訊いた。
「いえ……そこに、誰か?」
「……見えないのか?」
「はあ……」
 太郎が笑った。
「こりゃ、いい。こいつ、本当に力がねえ」
 それから、き、傷がと呻いた。うわーっと、姫様が慌てて。
「そう、父にも言われておりました……」
「昔の光みたいだねえ」
「逆に、珍しいな……」
 黒之助が、感心して。
「もうそろそろ、子供達が集まる時間ですね」
 手をかざして、さんさんと燃える日に目をむけると姫様が。
 はい、っと月心が。
「なにか、ご用があれば、ここへ。薬と、お札、差し上げますからね」
「お金、ちゃーんととるよ」
 葉子が、にししと。
「はい……それでは」
 月心が、自分の家に帰る。
 度々振り返り、手を振っていた。陽炎に紛れてその姿が漂いはじめ、そのうち、見えなくなった。
 はあっと、大きく溜息を葉子がついた。黒之助も、大きく溜息を。
「……よかったね。月心さん、話さないでいてくれるみたいで」
 私達の事。姫様がそう言うと、皆、ぎくりとした。
「ど、どうだかな……」
「頭領と契約交わしちゃったし、多分、無理だよ」
「犬神の次は、頭領かい。大変だね~」
「それでも……ずっといいよ」
 ふーんと、妖達が。
 姫様が帰らないので、皆で門に。
 しばらく、じっとしていた。
 暑い。
 そう言うと、我慢できなくなった妖達が古寺に涼を求めて戻り始める。まだ、中のほうが涼しいのだ。井戸の水をくむのも、よい。
 最後に残ったのは、姫様といつもの三匹で。
「さ、中に入ろうか」
 姫様が振り返ると、そう、いった。
「うん。そうしよう。あ、暑くないよ」
「拙者も、全然平気なのだが、いや、姫様がそう言うのならしょうがないな、うむ」
「嘘つけ」
 そういう太郎が、一番暑そうにしていた。姫様が、ふふっと笑った。
「傷の手当て、ちゃんとしないとね」

「葉子さん、古い布もっていってー」
「はいはーい」
 葉子が、部屋を出る。姫様が、薬箱を片づける。太郎が、真新しい布に包まれていて。
「なあ、姫様。字、俺に教えてくれ」
「はあ……いいですけど、どうしたんですか、突然?」
「いや……読める方が、いいと思って」
「……わかりました。私、厳しいですよー」
「お手柔らかに、ってね」
「はいはい」
 姫様が、嬉しそうにいった。それから、立ち上がると、薬箱を片付けに。 
 姫様が立ち去るのを見届けてから妖狼が縁側に。影の部分でもそこは暑くて。
「読めないよりは、読めるほうが……な」
 姫様は、読めるんだから。
「頭領に、術、教えて貰うか」 
 久しく忘れていたこの感覚。
 強くなりたい。大切な人を、守れるぐらいに……
 夏の光を浴びながら、妖狼はそんなことを考えていた。

 これが、古寺の夏の日の出来事。
 短く長い、大きな出来事。
 旅人は、良いところに居を定めた。つまりはそんな、お話で。