小説置き場2

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紀霊伝ノ3

「おい、劉備殿! どうして張飛はとどめを刺さないのだ!?」
 張飛が、蛇矛を突きつけて、そこで止まっている。何か、会話をしているような。
 劉備は、答えない。
 車冑を見もしなかった。
「か、関羽殿!」
 関羽も、答えない。
「関さん、来たみたいだね」
「ええ」
劉備様」
劉備さん!」
 冷たい女の声。元気のいい男の声。
 覆面をしている武将と、子供。
 武将が、子供をたしなめる。なんとなく、優しさが滲み出ていた。
「どうだった、陳到?」
「これに」
 陳到が、手紙を差し出す。
 関羽が、それを覗き込む。
 劉備が、喜色を隠せないように。
「よくやってくれたね、陳到趙雲!」
「いえ」
「わーい!」
 こら、っと、陳到趙雲をまたたしなめた。
「な、何事ですか?」
 車冑が訊いた。
「ん、ああ、カイ越どんと黄祖どんと司馬徽どんからのお手紙」
「なに……」
 漢王室に連なる荊州の主・劉表
 その文官筆頭・カイ越と、軍人筆頭・黄祖の名を、劉備は出した。
 もう一人の名は……残念ながら車冑は知らない。
「ま、まさか劉備殿! 曹操様を裏切り、劉表の元に着くおつもりか!」
 車冑が、そう言いながら剣を抜いた。
「いやあ、違うよ」
 ほっと、した。
「それでは一体?」
劉表の領土を、おいらが貰い受けるのさ」 
「え」
 聞き返す暇が、なかった。劉備双剣が、ぱちんと動いた。
 首を刎ねた。
「ふああ、しんどかったあ~」
 劉備が、車冑の首をもった。
「さてと、これで曹操どんと争う事になるかあ……望むところだね。じゃあ、行こうか」
 劉備が、黒い笑みを浮かべた。
 梟雄が、その仮面を脱いだ。



劉備……」
「よ、紀霊さん」
 手をあげて、劉備が挨拶。
「それは?」
「ああ、曹操どんとこの小者の首」
「なに!?」
「大兄貴、てえことは上手くいったのか?」
「ああ。いや、陳到司馬徽一門に名を連ねてて良かったよ」
「……」
陳到……」
「あなたも、だったのですね……」
「……おお!?」
「……びっくりだ!」
「大兄貴、小兄貴、びっくりしすぎ。陳到趙雲は驚いてないのな」
「そ、その節はどうも!」
 紀霊、陳到趙雲
 知り合い、なのだ。
劉備殿」
「なんだい?」
 皆に、静かにするようにと手で合図すると、劉備が訊いた。
「殿の命……頼む、袁術様だけでもいい、見逃してくれ」
「いいよ」
「へ?」
「いいよ。あんたのとこの大将、まだ、役にたつしね」
劉備殿……」
「そんじゃあ、移動するかい!」
 劉備が、去っていく。関羽も。
 張飛陳到趙雲は、まだそこにいた。
「あ……はは……」
 笑うしか、なかった。
「おい、大丈夫か?」
「うん、うんうん」
「笑いながら泣いてる……」
「……紀霊殿、これで二度目ですね……」
「ああ……」
張飛殿、趙雲、連れて行ってあげよう……」
 陳到が、馬から下りた。紀霊に、肩を貸す。
「はーい」
「おお」
「……」
 惨めで、あった。でも、嬉しかった。



「殿、青州です」
「ああ」
 袁術、紀霊。
 二人とも、馬車の中で並んで。
「不思議、だな」
「ええ」
「もう、無理だと思っていたのに」
「私も、です」
「え、袁紹軍が!」
 忠実なる、副将の、声。
「来ていたのか……」
「殿……ずっと、一緒です」
 手を、つないだ。しっかりと、握り合った。
 袁の旗を掲げる二つの軍。
 袁術、そして袁紹
 二つの軍が、睨みあった。
 一方の軍から、男が、進んでいく。
 鎧を、着けていない。付き従う女の姿。
 二人とも、馬に乗っていた。
 もう一方の軍からも、三人、進んでいく。
 先頭の男は、女を従えて進む男の顔立ちと、良く似ていた。
 馬を、とめた。両軍に緊張が、走る。
「兄上……」
袁術……」
 袁、兄弟。
「紀霊殿……」
「お久し振りです」
顔良殿、文醜殿……」
 袁紹が誇る河北二枚看板、顔良文醜
「ったく……やつれちゃって……」
 袁紹が、悲しげに言った。
「兄上、兄上に言いたかった事が……」
「なに? 兄ちゃんに、言ってみな?」
「ごめんなさい……」
 袁術が、いった。
「謝る事、ないんだ……」
「でも……私は、兄上に甘えていただけで……なにも力がないのに、兄上を敵視して……」
「いいんだよ。もう、いいんだ。袁術は、私の大事な弟なんだ。ね?」
「兄上……私は、どうなってもいい。だけど、紀霊や部下の命は……」
「バカアアア!!!」
 頬をぶたれ、袁術がきょとんとした。
「僕が、そんなことするわけないだろう? するわけ、ないじゃないか! ずっと、待ってたんだよ、心配してたんだよ……お帰り、袁術
「……ただいま……」
「紀霊も、久し振りだね。……ああ、紀霊って女の人だったの?」
「ええ……」
 河北の二枚看板、顔が赤い。
「……そういえば、三人でよく一緒にお風呂入っていたような……」
「兄上!」
「え、袁紹殿!」
 何気ない一言に、二人とも、顔真っ赤。
 ついでに、二枚看板も。
「殿!」
「なんだ、田豊か。どうしたの?」
 田豊
 袁紹の軍師の一人である。
「殿、その者達の首を! 弟君を生かしておけば、後々災いの種となりましょう!」
 剣が田豊に突きつけられた。
 顔良文醜
 そして……
 袁紹
「その首、即刻刎ねようか?」
「殿……」
「刎ねるか」
 冷たく、言い放った。
「兄上、お待ち下さい!」
「どうしたの、袁術? あ、袁術が刎ねる?」
田豊殿は、兄上に尽くしておられる忠臣。そのような真似は、おやめ下さい」
「……袁術が、そう言うのなら……」
 剣を、収める。田豊は、袁術を睨んでいたが、ぷいっとそれをやめた。
 袁術が、咳き込んだ。
 袁紹の顔が曇る。
袁術、早く行こう? 曹操に、華佗先生貸して貰ったんだ。早く、病を治そう? 一緒に、天下獲ろうよ」
「うん……」
 紀霊が、袁術のもとに。
「あの……」
「どうやら、兄上は、変わっていなかったようだ」
「はい」
「いこうか」
「はい、袁術様」
「病人、怪我人、か」
「ええ」
 紀霊が、くすりと笑った。
 そんな二人を見てぽりぽりと頭を掻きながら、
袁術、いい人見つけたんだね。ちょっと寂しいけど、紀霊ならいっか。あ、この場合、気付いたっていうのかな?」
 と袁紹が言った。
 どう思う? と訊かれても、顔良文醜に答えられるわけもなく。


 
 この日、袁術の残存勢力は、袁紹に吸収されることになった。