山狗(2)
原野で向かい合う、十部軍と飛熊軍。
どちらも騎馬主体。両者が戦場として選んだのは、最もその力が発揮される場所。
馬騰は、向き合って、圧迫されるような嫌な感じを受けた。斥候の報告とは違うのだ。
統制が、取れている。
まるで、それまで定まっていなかった中心が据えられたような。
「親父」
「ん、うむ」
金銀、極彩。
遠目にも映える煌びやかな鎧を身につけ、頭に触覚に似た長い羽飾りを付けた少年が、十部軍の頭目が一人、馬騰に話しかけた。
少年の名は、馬超という。
西涼の人々に、その派手な鎧とその武勇で、錦馬超と詠われて。
元木こりであった馬騰と比べると、幾分体格は見劣りする。
だが、武勇は父をはるかに凌いでいた。あの呂布に、匹敵するとまで言われているのだ。
負けん気の強そうな目をしていた。
「全然、報告と違うぞ」
「お前も、そう思うか?」
「ああ。これは、手強いと俺は思う」
「兄上ー! 叔父上!」
馬岱! 二人が応えた。少女が、馬を走らせ二人に近づいてくる。
馬超より、幾分幼く見える。
丸い瞳が、印象的だった。
「どうだ、韓遂の叔父貴は。なんと言っていた?」
「兄上、陣立てはこのままでよいと、そう言っておりました」
「そうか……」
馬騰が、目を伏せた。
「馬岱、お前は本陣にいろ。おれは長矛を率いて、前線に出る」
「兄上が、ですか? 兄上は後方にいると昨日決めたではありませぬか」
「いや、前線に、出る。異論はないな、親父」
「うむ」
「そうですか。私はお二人に口出しできませんが……」
「それじゃあ」
羽をひらひらと靡かせながら、馬超が、自分の部隊の元へ。
馬騰は相変わらず目を伏せて。
馬岱が子犬のような目で二人を見比べた。
「統制が、とれているな」
「はい。はっきりと戦う意志が感じられます」
韓遂の軍は、十部軍の中央に位置していた。
やはり、驚きがあった。董卓亡き飛熊軍など、恐るるに足らぬと思っていたのだ。
向かい合って、その思惑が外れた事を悟った。
「しかし、なぜだ? なぜ、これほどに動きが違う?」
「韓遂様、あれを」
飛熊軍に、動き。
「李」、「郭」、「樊」、各々の旗が次々に降ろされていく。
そして、代わりに立てられたのは――
「董」の文字。
戦慄が、走った。
董卓の名は、西涼の人間に、恐れと畏れをもたらすのだ。
「脅しにすぎぬ! 落ち着け!」
韓遂が、馬騰が、十部軍の諸侯が、声を張り上げる。
少しづつ、兵が落ち着きを取り戻していく。
だが、戦意は明らかに落ちた。
涼州は、十部軍も含めて董卓の支配下にあった。
西涼の優秀な馬と勇猛な兵。
董卓を、最も天下に近い男にさせた要因。
また、兵が騒然となる。
飛熊軍から、二人の人間が、馬を進めたのだ。
一人は、戦場に鎧も着ず、書生風の男である。
幽鬼のような佇まいであった。
もう一人は、狼の毛皮をつけた鎧を着た少女。
その小柄な身体に不釣り合いな大鎌を、片手で軽々と携えていた。
韓遂が、愕然とする。
幽鬼のような男を、知っていたから。
それは、遠目にも、すぐわかった。
「李儒……」
董卓軍、軍師。董卓の、右腕。
李儒。
李儒は、唇の両端をにぃっと釣り上げた。
「さて、董狼姫殿、これが貴方の初戦です」
李儒が、少女に話しかけた。
「は、はい」
「貴方は、いるだけでいい。戦は、私が指揮します。貴方が強いことは知っておりますが、戦には、万が一ということもあります。いるだけでいいのです。くれぐれも、不用意な行動は行わないように」
口調は、丁寧であった。
しかし、どこか見下すかのような響きがある。
少女は、その顔に怯えを浮かべながら、頷くだけであった。
「李儒か。なるほど、合点がいったわ。これは、大戦になるぞ。皆にもそう伝えろ」
成公何が、韓遂の許を離れる。
韓遂は、大きく、息を吐いた。
「韓遂殿……」
閻行が、声をかけた。相変わらず、無表情であった。
韓遂が、どうしたと言った。
成公英は夫の変異に気が付いた。
言葉には、言い表せないもの。
成公英だから、わかるもの。
閻行が、その刃を振り上げた。
相変わらず、無表情であった。
刃は、断ち切った。
韓遂の左腕を。成公英には、何が起こっているのか、理解出来なかった。
「え、閻行様……」
そう言うのが、精一杯であった。
閻行は、無表情。
血溜まりが、少しづつ広がっていった。
どちらも騎馬主体。両者が戦場として選んだのは、最もその力が発揮される場所。
馬騰は、向き合って、圧迫されるような嫌な感じを受けた。斥候の報告とは違うのだ。
統制が、取れている。
まるで、それまで定まっていなかった中心が据えられたような。
「親父」
「ん、うむ」
金銀、極彩。
遠目にも映える煌びやかな鎧を身につけ、頭に触覚に似た長い羽飾りを付けた少年が、十部軍の頭目が一人、馬騰に話しかけた。
少年の名は、馬超という。
西涼の人々に、その派手な鎧とその武勇で、錦馬超と詠われて。
元木こりであった馬騰と比べると、幾分体格は見劣りする。
だが、武勇は父をはるかに凌いでいた。あの呂布に、匹敵するとまで言われているのだ。
負けん気の強そうな目をしていた。
「全然、報告と違うぞ」
「お前も、そう思うか?」
「ああ。これは、手強いと俺は思う」
「兄上ー! 叔父上!」
馬岱! 二人が応えた。少女が、馬を走らせ二人に近づいてくる。
馬超より、幾分幼く見える。
丸い瞳が、印象的だった。
「どうだ、韓遂の叔父貴は。なんと言っていた?」
「兄上、陣立てはこのままでよいと、そう言っておりました」
「そうか……」
馬騰が、目を伏せた。
「馬岱、お前は本陣にいろ。おれは長矛を率いて、前線に出る」
「兄上が、ですか? 兄上は後方にいると昨日決めたではありませぬか」
「いや、前線に、出る。異論はないな、親父」
「うむ」
「そうですか。私はお二人に口出しできませんが……」
「それじゃあ」
羽をひらひらと靡かせながら、馬超が、自分の部隊の元へ。
馬騰は相変わらず目を伏せて。
馬岱が子犬のような目で二人を見比べた。
「統制が、とれているな」
「はい。はっきりと戦う意志が感じられます」
韓遂の軍は、十部軍の中央に位置していた。
やはり、驚きがあった。董卓亡き飛熊軍など、恐るるに足らぬと思っていたのだ。
向かい合って、その思惑が外れた事を悟った。
「しかし、なぜだ? なぜ、これほどに動きが違う?」
「韓遂様、あれを」
飛熊軍に、動き。
「李」、「郭」、「樊」、各々の旗が次々に降ろされていく。
そして、代わりに立てられたのは――
「董」の文字。
戦慄が、走った。
董卓の名は、西涼の人間に、恐れと畏れをもたらすのだ。
「脅しにすぎぬ! 落ち着け!」
韓遂が、馬騰が、十部軍の諸侯が、声を張り上げる。
少しづつ、兵が落ち着きを取り戻していく。
だが、戦意は明らかに落ちた。
涼州は、十部軍も含めて董卓の支配下にあった。
西涼の優秀な馬と勇猛な兵。
董卓を、最も天下に近い男にさせた要因。
また、兵が騒然となる。
飛熊軍から、二人の人間が、馬を進めたのだ。
一人は、戦場に鎧も着ず、書生風の男である。
幽鬼のような佇まいであった。
もう一人は、狼の毛皮をつけた鎧を着た少女。
その小柄な身体に不釣り合いな大鎌を、片手で軽々と携えていた。
韓遂が、愕然とする。
幽鬼のような男を、知っていたから。
それは、遠目にも、すぐわかった。
「李儒……」
董卓軍、軍師。董卓の、右腕。
李儒。
李儒は、唇の両端をにぃっと釣り上げた。
「さて、董狼姫殿、これが貴方の初戦です」
李儒が、少女に話しかけた。
「は、はい」
「貴方は、いるだけでいい。戦は、私が指揮します。貴方が強いことは知っておりますが、戦には、万が一ということもあります。いるだけでいいのです。くれぐれも、不用意な行動は行わないように」
口調は、丁寧であった。
しかし、どこか見下すかのような響きがある。
少女は、その顔に怯えを浮かべながら、頷くだけであった。
「李儒か。なるほど、合点がいったわ。これは、大戦になるぞ。皆にもそう伝えろ」
成公何が、韓遂の許を離れる。
韓遂は、大きく、息を吐いた。
「韓遂殿……」
閻行が、声をかけた。相変わらず、無表情であった。
韓遂が、どうしたと言った。
成公英は夫の変異に気が付いた。
言葉には、言い表せないもの。
成公英だから、わかるもの。
閻行が、その刃を振り上げた。
相変わらず、無表情であった。
刃は、断ち切った。
韓遂の左腕を。成公英には、何が起こっているのか、理解出来なかった。
「え、閻行様……」
そう言うのが、精一杯であった。
閻行は、無表情。
血溜まりが、少しづつ広がっていった。