小説置き場2

山岳に寺社仏閣に両生類に爬虫類に妖怪に三国志にetcetc

愉快な呂布一家~錦(1)~

「最悪」
「うん」
 ゆっくり、頷きあう。
 薄茶の布を、身に纏っていた。それは、すっぽりと頭まで覆って。
 旅人で、あろうか。
 総勢、赤子を含めて十三人。馬が、二頭。
 皆、同じ格好をしていた。
「どうしよう、貂蝉姉様。張遼と、完全にはぐれちゃったよ! ヒック、ヒック(´;ω;`)」
 ぴーぴーと、泣きながら少女が言った。
「あの子、一体どこへ……心配です」
 赤子を揺らしながら、女が少女に言った。
 例のいわゆる呂布さんご一行。
 もう、涼州に入っていた。
 面倒なので(呂布さんと張遼が毎度毎度不自然に間違えるので)偽名もやめにしてしまった。
 さて、今回、三姉妹の末っ子張遼が、一行からはぐれてしまったのだ。
 さっきから探しているのに、全くさっぱり見つからない。
「これは、二手に分かれた方がよさそうですね」
 陳宮呂布を慰めながらそう口にした。
「そうだな。それで、よろしいか」
 高順が、続ける。
 はーい、異議なしと、皆が応える。
「じゃあ、組み分けは……」
 皆で道の端の方により、あみだくじ書いて、決めようと。
「……呂布様、引く順番、どうするんですか?」
 男の子が、顔を赤らめながら呂布に進言する。魏延である。
 魏延は、呂布の従者になっていた。
 弟が、出来たみたい。
 そう言って、呂布魏延を可愛がっていた。
「……じゃんけん?」
 呂布が、言った。皆が、頷く。
 真剣勝負、である。
 最初はグーの段階で、いきなりパーを出した臧覇胡車児にどつかれた。
 この人達、まだまだ、決まりそうにない。
 


「わーん、呂布姉さま、貂蝉姉さま、どこですかー!」
 泣きながら、少女が道の真ん中をとことこ歩く。
 呂布、の名に皆がビクッ! っと反応し、まさかな~と日常に戻る。
 少女は、黒い布で覆われた長いものを肩に担いでいた。
臧覇~! 魏延~! 雛さ~ん! 高順さーん! 陳宮さーん!」
 誰も、返事をしない。たった一人。
 心細い。
 張遼は、甘い匂いに釣られて、みんなから離れた事を心底後悔していた。
 ぎゅっと、肩に担ぐ荷物を握り締め、立ち止まる。
「……もう、やだ……お腹、空いた。寂しいよ。早く、みんなに会いたいよ(´;ω;`)」
 そう言って、また歩を進める。
 泣きながら、歩を進める。
 そのころ、呂布さん一行。
 高順が、これは全てに勝てるというマル秘奥義を出して、貂蝉にどつかれていた。



「……あ、ご飯タダ!Σ(゜□゜ノ)ノ」
 良い匂いが、した。
 肉の焼ける匂い。
 それが、張遼の鼻をくすぐった。
 テント。無料という、旗が見えた。
 旗には小さい字が色々と連なっており、大きな看板には注意書きがあったりしたが、張遼は全然気がつかない。
 ぐ~っと、またお腹がなった。
 さっきから、鳴り続けている。
 何か買おうにもお金はない。財布は、貂蝉陳宮が管理していた。
「……大丈夫、だよね。呂布姉さま、貂蝉姉さま、私を置いていかないよね。もしかしたら、ここにいるかもしれないし。う、でも、タダより高いものはないって言うし」
 唾を、飲み込む。
 入り口で行ったり来たりする。
「どう……しよう……」
 美味しい匂いは、ずっと張遼の鼻をくすぐっていた。



「イテェ、本気で殴られた」
「最初にパーを出すからだ」
「そういう高順のおっさんも変なの出してぶん殴られてたじゃねえか」
「……呂布様orz」
「……雛さまorz」
「……何でもいいですが、早く探しにいきましょう」
 組み分け、完了。
 大きなたんこぶを作っている高順、臧覇
 落ち込んでいる陳宮張繍
 努めて冷静を装っている賈詡。
 この五人が、一方の組。負け組。
 男ばかりである。
「むぅ、最初から仕組まれてたんじゃあ……」
 いや、それはないですと高順が陳宮に否定された。
 どうだかな。
 そう、張繍がどよーんとした雰囲気で、口にした。
「賈詡さんの言うとおりだ。とっとと探そうぜ。どっかできっと泣いてるぞ、張遼の奴」
 臧覇が、言った。
張遼殿、まだまだ幼いからな。迷子になって心細かろう」
 賈詡が、応えた。
「ああ。とにかく急がねぇと。やっかい事に巻き込まれないとも、限らないし」
「それが、心配だな……」
 高順が呟く。額を、さすりながら。
「ここの兵と揉めなければよいが」
呂布様も、大丈夫でしょうか。揉め事を惹きつける人のような気がしますので」
貂蝉さまがついていれば、大丈夫でしょう。雛さまもいることですし」
 陳宮が自信を持って応えた。
 雛は、三姉妹と仲が良かった。
 貂蝉とは歳が近く良き友人、呂布張遼は雛に良く甘えた。
 笑顔を見せる回数が、多くなった。
 張繍が、呂布に従って良かったと思える理由の一つだった。
「そうですね」
 


「お、美味しい(*´ワ`)ノ」
「嬢ちゃん、食べっぷりがいいねぇ。もっと食べな」
 黒々とした髭を蓄えた料理人が、もう、することはないと呟くと、張遼の前に座った。
 ここの主人らしい。
 給仕に、早くおかわり持ってこいと優しく言った。
「はい!」
 結局、テントの中に入ってしまった。
 空腹に抗し得なかったのだ。テントの中は人が少なかった。
 荒くれ者、風来坊――そんな風貌の男ばかりだった。
 男達は、ちらちらと、張遼に何度も視線を投げかけた。
 張遼は、その視線に全く気付かず、美味しい美味しいと豚の丸焼きにかぶりついていた。
「泣きながら……よっぽど、お腹空いてたんだな、嬢ちゃん」
「……それだけじゃ、ないけど」
 寂しい。早く、みんなと会いたい。
「しかし、嬢ちゃん、こんなところに来て大丈夫か? ここ、どんなところかわかってるのか?」
「へ、ご飯食べさせてくれるところでしょ?」
 張遼が、間の抜けた声を出した。
 それを聞いて男達が、顔を真っ赤にして笑い出した。
 ちょっとムカッときたが、貂蝉にくれぐれも揉め事を起こさないようにと厳命されているので、ぐっと我慢する。
 我慢して、主人に言った。
「違うの?」
「おいおい、ちゃんと看板見てなかったのか……ここは、腕に覚えのある人間の待合室だぞ」
「あ、そうなの? 大丈夫。私、腕には自信あるもの!」
 また、どっと男達が笑った。臨界点が、かなり近づいている。
 張遼は、自分の中の得体の知れない黒いものを、抑えるのに必死だった。
 哄笑の度に、黒いものは大きくなる。
 これを、こんなところで解き放ったら……そう考えると、ぞっとした。
 これを知っているのは、臧覇だけ、なのだ。
 二人の姉は、知らない。
 これを知られたら、二人を姉さまと、呼べなくなるかもしれない。
 義姉妹の縁を、切られるかもしれない。
 ぞっとした。
 主人は、それを別の意味に取ったようだった。
「ったく、大丈夫かねぇ……」
「その、ここは、なんなの? 待合室って、なにの? 兵士の選抜?」
「いやぁ……」
 主人が、首を横に振った。
 本当に、何も知らずに入ってきたんだなぁ。
 そういう顔をしていた。
馬超様と、腕比べをしたい奴の、待合室さ」
「へ~」
 馬超かぁ。
 聞いた事あるようなないような。
 どうでも、いいやと張遼は思った。
 そして、美味しい料理にガブリついた。黒いものが、小さくなっていく。
 コホっと、咳をした。
 喉に詰まらせて、急いで主人に水を貰った。