長江、燃える(8)
「あの二人、そんなに優秀なのか?」
夜、蝋燭の明かりが赤々と。
張飛、陳到、趙雲、徐庶。
四人が同じ部屋で酒盛りをしている。といっても、さっきから酒を飲んでいるのは張飛と徐庶だけ。
趙雲はお子様、陳到は……人前で食事を取らないのだ。
それでも、進んでそこにいた。
劉備は別室である。水鏡、臥龍、鳳雛の三人と話し込んでいた。
関羽も、別室で一人である。
張飛が酒盛りに誘ったが、ぎこちなくそれを断った。理由は薄々感づいているので、しつこく勧めることはなかった。
「そうだな、優秀だと思うぞ」
徐庶が張飛の問いに答える。
二人とも顔が赤い。でも、酔ってはいない。
趙雲は牛乳ばかり飲んでいた。早く大きくなりたいのだという。
「水鏡先生の弟子の中では飛び抜けている、そう聞き及んでおりますが……」
陳到が、遠慮がちにいう。どこか徐庶に憚るような言い方だった。
「ふーん。あんたは、どうなんだ?」
「俺か?」
「ああ。剣の腕が相当ってのはわかるが」
「ほお、わかるか」
二人の目が鋭くなる。
武人の目になる。
すぐに、和らいだ。互いに杯に酒を注ぎあった。
「そうだな、間者としての腕なら、水鏡一門で俺が随一だろう。これは、客観的に見て、だ」
「そんなもんか」
張飛はその言葉を素直に受け入れた。
趙雲は、へーっと驚いていた。
「さてさて、軍学ならあの二人に負けないものを身につけているという自信はあるが、それ以外はさっぱりだな。政治の話など、糞食らえだ」
「そうか、軍学を……なあ、それって役に立つのか?」
「うむ?」
「いや、そんな小難しいもんを頭にたたき込んでも、戦場じゃあ役に立つ気がしなくてよ」
だから、そんなもの学んだ事ねえ。
いや、俺が物覚えが悪いってのもあるけどよ。
「そうだな……軍学を身につけなくても、戦で勝てる人間はいる。だが、学んだ人間のほうが強いと俺は思う。例外もいるがな」
「例外って誰ですか?」
趙雲が、口の周りに牛乳の髭を作りながら言った。
陳到に睨まれて、慌ててそれを落とした。
「呂布だ。あれは例外だな。軍学もなにもない。狂気に巻き込まれて、殲滅されるだけだ」
「へえ……」
「これから将として生きるなら、学んで損はないぞ、趙雲」
「じゃあ、僕教えてもらおうかな」
「やだ」
真面目な顔で即答されて、趙雲は泣きそうになった。
徐庶はいきなり笑い出すと、趙雲の柔らかそうな頬をぎゅーっとつねった。
「冗談だ、冗談」
「いたいいたい!」
「おお、悪い。暇があれば教えてやるよ。陳到もだ」
「わ、私も、ですか……?」
陳到が、目に見えてうろたえた。
「そうだ。お前、間者の業だけ覚えて、俺の許を離れたからな。この際だ、きちんと教えてやる」
「そうだな、じゃあ、俺も混ぜてもらおうか」
張飛が、そう言った。
陳到と趙雲がぎょっとなる。思いもかけない言葉であったのだ。
徐庶は予想していたのだろう、平然とその言葉に頷いた。
「わかった。三人まとめて面倒をみよう」
「おお、よろしく頼む……」
張飛が言葉を止めた。
「どうした?」
「小兄貴、どこへ行くんだろうと思ってよ」
「関羽殿? 今、廊下を通ったのか?」
「ああ……なんだ、気がつかなかったのか。大したことないな、お前も」
「いや、これは修行が足りぬな」
それっきり関羽のことには触れなかった。張飛が触れるなという仕草をしたから。
「ねえ、孔明はなんでそんなに眠そうなの?」
「策士、ですから」
「……はぁ?」
話の間ずっと眠そうであった。今も、片目しか開けていない。
劉備の問いは、至極真っ当なものであろう。
司馬徽が、
「孔明、そろそろ休め」
そう言った。
あれ、おいらの質問。劉備がそう言ったが、孔明は無視した。
「そうさせて……フアア」
盛大に欠伸をつくと、策士孔明が部屋を出る。
劉備は、苦笑を浮かべるだけだった。
「変わった人だね」
「劉備殿。あれにも理由があるのです」
「理由? あれかい? 夜を徹して計画立ててたのかい?」
「孔明は眠れぬ」
龐統が言った。劉備がぽかんとした表情を浮かべた。
「どういうこと?」
「あれは、深い眠りにつけないのです。絶えず浅い眠りなのです。頭が動きすぎるのですよ。休むことなく、動き続ける。眠る事すら拒んで。それでも、身体は睡眠を欲します。頭と身体の異なる動きのせいで、いつもあのような」
「……大変だね」
わかったような、わからないような。そんな説明だった。
「ええ」
がらがらっと、扉が開いた。
長く美しい髭を持つ大男が、神妙な顔つきで部屋に入ってきた。
龐統が、
「きゃっ」
と小さく可愛らしい声を出し、俯いた。
「どしたい、関さん?」
「長兄、実は……あれ、孔明殿は?」
「少し休むって。それで、用事は?」
決意を秘めた目。一度、その長い髭をしごくと、関羽は口を開いた。
「それならば、龐統殿に頼むとしよう。私に学問をご教授願いたいのです。軍学、政、その他様々なことを」
「おお?」
「武一辺倒では、これから先、長兄にお仕えする資格などない。義兄弟というのもおこがましい。そう、思うのです。どうかこの願い、お聞き届けくれますまいか」
関羽がいつも思っていた事で。武力以外では、劉備の力になれない。そのことを気に病んでいたのだ。
丁度良い。この際、自分が生まれ変わるチャンス、そう思ったのだ。
「……」
「おいやですか?」
「……私が、教える?」
心なしか、龐統の声が熱を帯びてるような。
「は、はあ」
「はい! はいはい! この龐統、命に代えても関羽様のお力になりて!」
関羽の髭が逆立った。続いて全身の毛という毛が逆立ち、表情を強張らせた。
「むぐ……こ、こう」
劉備が、にやーっとする。
「関さん、龐統さんに教えて貰うんだよ、自分で言ったんだから」
「ぬぬぬ……」
「お、おいやですか?」
覆面から見えるその瞳はお星様でいっぱいだった。
「ぬぬぬ……」
「いやあ、良かったね。お願いしますって」
「げぇっっっ(そんなことは言っていない!)」
「はい!」
関羽は知らない。
FAN倶楽部というのは色々あるということを。
己にもあるということを。
鳳雛がそれに入っているということを。
そういえば、最近例のあの人のFAN倶楽部が同時に三つ生まれたそうだ。
乱世だというのに実にのんびりしたものである。
夜、蝋燭の明かりが赤々と。
張飛、陳到、趙雲、徐庶。
四人が同じ部屋で酒盛りをしている。といっても、さっきから酒を飲んでいるのは張飛と徐庶だけ。
趙雲はお子様、陳到は……人前で食事を取らないのだ。
それでも、進んでそこにいた。
劉備は別室である。水鏡、臥龍、鳳雛の三人と話し込んでいた。
関羽も、別室で一人である。
張飛が酒盛りに誘ったが、ぎこちなくそれを断った。理由は薄々感づいているので、しつこく勧めることはなかった。
「そうだな、優秀だと思うぞ」
徐庶が張飛の問いに答える。
二人とも顔が赤い。でも、酔ってはいない。
趙雲は牛乳ばかり飲んでいた。早く大きくなりたいのだという。
「水鏡先生の弟子の中では飛び抜けている、そう聞き及んでおりますが……」
陳到が、遠慮がちにいう。どこか徐庶に憚るような言い方だった。
「ふーん。あんたは、どうなんだ?」
「俺か?」
「ああ。剣の腕が相当ってのはわかるが」
「ほお、わかるか」
二人の目が鋭くなる。
武人の目になる。
すぐに、和らいだ。互いに杯に酒を注ぎあった。
「そうだな、間者としての腕なら、水鏡一門で俺が随一だろう。これは、客観的に見て、だ」
「そんなもんか」
張飛はその言葉を素直に受け入れた。
趙雲は、へーっと驚いていた。
「さてさて、軍学ならあの二人に負けないものを身につけているという自信はあるが、それ以外はさっぱりだな。政治の話など、糞食らえだ」
「そうか、軍学を……なあ、それって役に立つのか?」
「うむ?」
「いや、そんな小難しいもんを頭にたたき込んでも、戦場じゃあ役に立つ気がしなくてよ」
だから、そんなもの学んだ事ねえ。
いや、俺が物覚えが悪いってのもあるけどよ。
「そうだな……軍学を身につけなくても、戦で勝てる人間はいる。だが、学んだ人間のほうが強いと俺は思う。例外もいるがな」
「例外って誰ですか?」
趙雲が、口の周りに牛乳の髭を作りながら言った。
陳到に睨まれて、慌ててそれを落とした。
「呂布だ。あれは例外だな。軍学もなにもない。狂気に巻き込まれて、殲滅されるだけだ」
「へえ……」
「これから将として生きるなら、学んで損はないぞ、趙雲」
「じゃあ、僕教えてもらおうかな」
「やだ」
真面目な顔で即答されて、趙雲は泣きそうになった。
徐庶はいきなり笑い出すと、趙雲の柔らかそうな頬をぎゅーっとつねった。
「冗談だ、冗談」
「いたいいたい!」
「おお、悪い。暇があれば教えてやるよ。陳到もだ」
「わ、私も、ですか……?」
陳到が、目に見えてうろたえた。
「そうだ。お前、間者の業だけ覚えて、俺の許を離れたからな。この際だ、きちんと教えてやる」
「そうだな、じゃあ、俺も混ぜてもらおうか」
張飛が、そう言った。
陳到と趙雲がぎょっとなる。思いもかけない言葉であったのだ。
徐庶は予想していたのだろう、平然とその言葉に頷いた。
「わかった。三人まとめて面倒をみよう」
「おお、よろしく頼む……」
張飛が言葉を止めた。
「どうした?」
「小兄貴、どこへ行くんだろうと思ってよ」
「関羽殿? 今、廊下を通ったのか?」
「ああ……なんだ、気がつかなかったのか。大したことないな、お前も」
「いや、これは修行が足りぬな」
それっきり関羽のことには触れなかった。張飛が触れるなという仕草をしたから。
「ねえ、孔明はなんでそんなに眠そうなの?」
「策士、ですから」
「……はぁ?」
話の間ずっと眠そうであった。今も、片目しか開けていない。
劉備の問いは、至極真っ当なものであろう。
司馬徽が、
「孔明、そろそろ休め」
そう言った。
あれ、おいらの質問。劉備がそう言ったが、孔明は無視した。
「そうさせて……フアア」
盛大に欠伸をつくと、策士孔明が部屋を出る。
劉備は、苦笑を浮かべるだけだった。
「変わった人だね」
「劉備殿。あれにも理由があるのです」
「理由? あれかい? 夜を徹して計画立ててたのかい?」
「孔明は眠れぬ」
龐統が言った。劉備がぽかんとした表情を浮かべた。
「どういうこと?」
「あれは、深い眠りにつけないのです。絶えず浅い眠りなのです。頭が動きすぎるのですよ。休むことなく、動き続ける。眠る事すら拒んで。それでも、身体は睡眠を欲します。頭と身体の異なる動きのせいで、いつもあのような」
「……大変だね」
わかったような、わからないような。そんな説明だった。
「ええ」
がらがらっと、扉が開いた。
長く美しい髭を持つ大男が、神妙な顔つきで部屋に入ってきた。
龐統が、
「きゃっ」
と小さく可愛らしい声を出し、俯いた。
「どしたい、関さん?」
「長兄、実は……あれ、孔明殿は?」
「少し休むって。それで、用事は?」
決意を秘めた目。一度、その長い髭をしごくと、関羽は口を開いた。
「それならば、龐統殿に頼むとしよう。私に学問をご教授願いたいのです。軍学、政、その他様々なことを」
「おお?」
「武一辺倒では、これから先、長兄にお仕えする資格などない。義兄弟というのもおこがましい。そう、思うのです。どうかこの願い、お聞き届けくれますまいか」
関羽がいつも思っていた事で。武力以外では、劉備の力になれない。そのことを気に病んでいたのだ。
丁度良い。この際、自分が生まれ変わるチャンス、そう思ったのだ。
「……」
「おいやですか?」
「……私が、教える?」
心なしか、龐統の声が熱を帯びてるような。
「は、はあ」
「はい! はいはい! この龐統、命に代えても関羽様のお力になりて!」
関羽の髭が逆立った。続いて全身の毛という毛が逆立ち、表情を強張らせた。
「むぐ……こ、こう」
劉備が、にやーっとする。
「関さん、龐統さんに教えて貰うんだよ、自分で言ったんだから」
「ぬぬぬ……」
「お、おいやですか?」
覆面から見えるその瞳はお星様でいっぱいだった。
「ぬぬぬ……」
「いやあ、良かったね。お願いしますって」
「げぇっっっ(そんなことは言っていない!)」
「はい!」
関羽は知らない。
FAN倶楽部というのは色々あるということを。
己にもあるということを。
鳳雛がそれに入っているということを。
そういえば、最近例のあの人のFAN倶楽部が同時に三つ生まれたそうだ。
乱世だというのに実にのんびりしたものである。