愉快な呂布一家~錦(3)~
「大丈夫? 雛さん、疲れてない?」
「いえ……大丈夫です」
大きな「汚い黒」の馬。上に一人。雛である。
その馬の手綱を握るが一人、呂布さん。
赤子が、三人。
雛と、もう一人――その母親たる貂蝉が、赤子を抱いている。
小さな黒い馬。
魏延が、その手綱を引いている。
もう一人。こちらは、あくびをついていた。胡車児、である。
計、八人と二頭。
呂布さんの班である。
「あ、あの、ちょ、貂蝉さん?」
「はい?」
雛が、元気よく手綱を引く呂布を見ながらひそひそと声をかけた。
「どうしました? 一休み、しますか?」
「こ……こんなことして、よろしいのでしょうか」
せ、赤兎に……乗ってますけど……
「ああ。呂布さまがいいと言ってるんですから」
「でも……こんなの、呂布様は私達の主……」
呂布が振り向き、しーっと、自分の口の前に人差し指を立てた。
「雛さん、そんな細かい事いいっこなし! 赤兎も、雛さんに乗ってもらえて嬉しいよね!」
赤兎は、なにも返事しなかった。
どうして、こんなか弱い乙女を、馬中の赤兎と詠われる己が。そう、不満だったのだ。
「あー。赤兎、そんなことしたら」
「そうだねー、黒捷」
魏延が、答える。
胡車児が、驚く。
どうしてこう、皆馬と話せるのかと。なんだか、心細くなった。
「……」
ガスっと音がした。赤兎が、すんませんすんませんと謝っている。
呂布さんが、殴ったのだ。
「……りょ、呂布さま、殴らなくても」
雛が、慌てる。
「いやそうな顔した!」
呂布さん、憤慨。
まあまあと、貂蝉がいった。こうして、ちゃんと雛さんを乗せているんだしと。
呂布さん、溜息を一つついた。
「張遼、どこいったのかな~」
そう、言った。
「あの子、なにかやっかい事に巻き込まれてなければいいけど」
「そうですね……早く、見つけてあげないと」
「うん……」
呂布さん、しょんぼり。
みんな、しょんぼり。
また、口を開いた。呂布さん、だった。
「張遼、最近おかしいんだよね」
「え?」
「へ?」
「それは……」
貂蝉が、言い淀む。心当たりが、あるのだ。
「張遼の鍛錬、凄いんだよね。最近、高順も打ち負かせるようになってきたけど……なんていうか、無理しすぎなんだよ。自分を追い込みすぎるような」
「それは、うなずけますわ。前から、負けん気の強い子だったけど……それに」
呂布さまに、似てきている。
それも、もう一人の……
「それに?」
「いいえ、なんでもないですわ」
「きーにーなーるー!」
「あらあら」
貂蝉は、笑ってごまかした。
「ちっ……」
見つからない。嫌な予感が、臧覇にはあった。
下邳での戦で、曹操軍きっての猛将、夏侯淵を退けた張遼。
そのとき、はっきりと、部下は張遼に義姉・呂布の影を見たという。
そのときの張遼は、いつもの張遼ではなかった。
破滅の狂気に、身を任せていた。
その兆しは、あった。
遊軍として動いているとき、張遼は時折、臧覇の言う事すら耳に入らないようだった。
我に戻ると、張遼はいつも臧覇に謝った。
それを、怖がっていた。
それに、怯えていた。
二人に、相談するべきだ。
そう言った臧覇に、張遼は首を振ると、絶対に言わないようにと念を押した。
知られたくないと。
こんなの、知られたくないと。
頷くしか、なかった。
「にしても、広すぎる!」
臧覇が、舌打ちした。
「こないの?」
「……」
誘っている。そう、馬超は思った。
どのぐらい、強い?
汗が、手の平に溜まりだしている。
久し振りだと、思った。
ふっと、笑う。
相手も、笑った。
同時に、両者が飛び込んだ。
武器が、交錯する。鍔競り合い。
相手の蹴りを、馬超は後方に飛んでかわした。
そのまま、相手は突進してくる。
馬超の誘い、だった。
ぐっと、踏みとどまると、木刀を横に払った。
風を、斬る。
なにも、触れない。
相手は、その一撃の間合いのぎりぎり、そこで立ち止まっていた。
戦慣れしている。そう、馬超は思った。
中身は、どんな人間だ?
一体、どれだけ、殺した?
お前は、どれだけ強い?
その小さな身体で……
疑問が、沸々と湧いてくる。
羽根飾りが、しゃらりと、踊った。
馬超の着物の四神が、鮮やかに光を反射した。
歓声が、起こりだした。人が、集まりだしたのだ。
馬騰と龐徳は、
「なんて嬉しそうに笑う」
そう、口にだした。
「龐徳、あれは誰だ?」
「い、いえ、拙者は存じませぬが」
「うちの錦と、互角とは……信じられぬ。涼州に、あれだけ強い人間が、まだ、いたのか?」
「無名、でしょうか。しかし、あの動き、相当に戦慣れしていると言わざるおえませぬ」
「うむ……まだ、様子を見るか」
「はい」
強い。
そう、張遼は思った。
もしかしたら、高順さんよりも?
そう、思った。
嬉しい。最近、相手がいなかったから。
貂蝉姉さま、赤ちゃんいるからわたしの相手できないし。
呂布姉さまは、強すぎるし。
高順さん、しかいなかったから。
張繍さん達は、なんていうか、ほら……確か、遠慮ってやつだ! 前に、臧覇に教えてもらったぞ!
もっと、強くなりたい。
強くなって、もう、二度と、あんなことのないように、したい……
「名は?」
馬超が言った。
「秘密」
張遼が答えた。
まだ、動ける。息は上がっていない。
それでも……向かい合っているだけで、体力が削られていく。
「……なんだお前」
馬超の剣先が、少し動いた。
ぐっと、我慢する。
「こんなところで……俺は、負けられないんだよ」
あの男に、勝つ。
そう、誓った。
あの人に、そう、誓った。
負けるわけには、いかない。
こんな、ところで。
「わたしも」
「奇遇だな」
「うん!」
「いえ……大丈夫です」
大きな「汚い黒」の馬。上に一人。雛である。
その馬の手綱を握るが一人、呂布さん。
赤子が、三人。
雛と、もう一人――その母親たる貂蝉が、赤子を抱いている。
小さな黒い馬。
魏延が、その手綱を引いている。
もう一人。こちらは、あくびをついていた。胡車児、である。
計、八人と二頭。
呂布さんの班である。
「あ、あの、ちょ、貂蝉さん?」
「はい?」
雛が、元気よく手綱を引く呂布を見ながらひそひそと声をかけた。
「どうしました? 一休み、しますか?」
「こ……こんなことして、よろしいのでしょうか」
せ、赤兎に……乗ってますけど……
「ああ。呂布さまがいいと言ってるんですから」
「でも……こんなの、呂布様は私達の主……」
呂布が振り向き、しーっと、自分の口の前に人差し指を立てた。
「雛さん、そんな細かい事いいっこなし! 赤兎も、雛さんに乗ってもらえて嬉しいよね!」
赤兎は、なにも返事しなかった。
どうして、こんなか弱い乙女を、馬中の赤兎と詠われる己が。そう、不満だったのだ。
「あー。赤兎、そんなことしたら」
「そうだねー、黒捷」
魏延が、答える。
胡車児が、驚く。
どうしてこう、皆馬と話せるのかと。なんだか、心細くなった。
「……」
ガスっと音がした。赤兎が、すんませんすんませんと謝っている。
呂布さんが、殴ったのだ。
「……りょ、呂布さま、殴らなくても」
雛が、慌てる。
「いやそうな顔した!」
呂布さん、憤慨。
まあまあと、貂蝉がいった。こうして、ちゃんと雛さんを乗せているんだしと。
呂布さん、溜息を一つついた。
「張遼、どこいったのかな~」
そう、言った。
「あの子、なにかやっかい事に巻き込まれてなければいいけど」
「そうですね……早く、見つけてあげないと」
「うん……」
呂布さん、しょんぼり。
みんな、しょんぼり。
また、口を開いた。呂布さん、だった。
「張遼、最近おかしいんだよね」
「え?」
「へ?」
「それは……」
貂蝉が、言い淀む。心当たりが、あるのだ。
「張遼の鍛錬、凄いんだよね。最近、高順も打ち負かせるようになってきたけど……なんていうか、無理しすぎなんだよ。自分を追い込みすぎるような」
「それは、うなずけますわ。前から、負けん気の強い子だったけど……それに」
呂布さまに、似てきている。
それも、もう一人の……
「それに?」
「いいえ、なんでもないですわ」
「きーにーなーるー!」
「あらあら」
貂蝉は、笑ってごまかした。
「ちっ……」
見つからない。嫌な予感が、臧覇にはあった。
下邳での戦で、曹操軍きっての猛将、夏侯淵を退けた張遼。
そのとき、はっきりと、部下は張遼に義姉・呂布の影を見たという。
そのときの張遼は、いつもの張遼ではなかった。
破滅の狂気に、身を任せていた。
その兆しは、あった。
遊軍として動いているとき、張遼は時折、臧覇の言う事すら耳に入らないようだった。
我に戻ると、張遼はいつも臧覇に謝った。
それを、怖がっていた。
それに、怯えていた。
二人に、相談するべきだ。
そう言った臧覇に、張遼は首を振ると、絶対に言わないようにと念を押した。
知られたくないと。
こんなの、知られたくないと。
頷くしか、なかった。
「にしても、広すぎる!」
臧覇が、舌打ちした。
「こないの?」
「……」
誘っている。そう、馬超は思った。
どのぐらい、強い?
汗が、手の平に溜まりだしている。
久し振りだと、思った。
ふっと、笑う。
相手も、笑った。
同時に、両者が飛び込んだ。
武器が、交錯する。鍔競り合い。
相手の蹴りを、馬超は後方に飛んでかわした。
そのまま、相手は突進してくる。
馬超の誘い、だった。
ぐっと、踏みとどまると、木刀を横に払った。
風を、斬る。
なにも、触れない。
相手は、その一撃の間合いのぎりぎり、そこで立ち止まっていた。
戦慣れしている。そう、馬超は思った。
中身は、どんな人間だ?
一体、どれだけ、殺した?
お前は、どれだけ強い?
その小さな身体で……
疑問が、沸々と湧いてくる。
羽根飾りが、しゃらりと、踊った。
馬超の着物の四神が、鮮やかに光を反射した。
歓声が、起こりだした。人が、集まりだしたのだ。
馬騰と龐徳は、
「なんて嬉しそうに笑う」
そう、口にだした。
「龐徳、あれは誰だ?」
「い、いえ、拙者は存じませぬが」
「うちの錦と、互角とは……信じられぬ。涼州に、あれだけ強い人間が、まだ、いたのか?」
「無名、でしょうか。しかし、あの動き、相当に戦慣れしていると言わざるおえませぬ」
「うむ……まだ、様子を見るか」
「はい」
強い。
そう、張遼は思った。
もしかしたら、高順さんよりも?
そう、思った。
嬉しい。最近、相手がいなかったから。
貂蝉姉さま、赤ちゃんいるからわたしの相手できないし。
呂布姉さまは、強すぎるし。
高順さん、しかいなかったから。
張繍さん達は、なんていうか、ほら……確か、遠慮ってやつだ! 前に、臧覇に教えてもらったぞ!
もっと、強くなりたい。
強くなって、もう、二度と、あんなことのないように、したい……
「名は?」
馬超が言った。
「秘密」
張遼が答えた。
まだ、動ける。息は上がっていない。
それでも……向かい合っているだけで、体力が削られていく。
「……なんだお前」
馬超の剣先が、少し動いた。
ぐっと、我慢する。
「こんなところで……俺は、負けられないんだよ」
あの男に、勝つ。
そう、誓った。
あの人に、そう、誓った。
負けるわけには、いかない。
こんな、ところで。
「わたしも」
「奇遇だな」
「うん!」