小説置き場2

山岳に寺社仏閣に両生類に爬虫類に妖怪に三国志にetcetc

愉快な呂布一家~錦(3)~

「大丈夫? 雛さん、疲れてない?」
「いえ……大丈夫です」
 大きな「汚い黒」の馬。上に一人。雛である。
 その馬の手綱を握るが一人、呂布さん。
 赤子が、三人。
 雛と、もう一人――その母親たる貂蝉が、赤子を抱いている。
 小さな黒い馬。
 魏延が、その手綱を引いている。
 もう一人。こちらは、あくびをついていた。胡車児、である。
 計、八人と二頭。
 呂布さんの班である。
「あ、あの、ちょ、貂蝉さん?」
「はい?」
 雛が、元気よく手綱を引く呂布を見ながらひそひそと声をかけた。
「どうしました? 一休み、しますか?」
「こ……こんなことして、よろしいのでしょうか」
 せ、赤兎に……乗ってますけど……
「ああ。呂布さまがいいと言ってるんですから」
「でも……こんなの、呂布様は私達の主……」
 呂布が振り向き、しーっと、自分の口の前に人差し指を立てた。
「雛さん、そんな細かい事いいっこなし! 赤兎も、雛さんに乗ってもらえて嬉しいよね!」
 赤兎は、なにも返事しなかった。
 どうして、こんなか弱い乙女を、馬中の赤兎と詠われる己が。そう、不満だったのだ。
「あー。赤兎、そんなことしたら」
「そうだねー、黒捷」
 魏延が、答える。
 胡車児が、驚く。
 どうしてこう、皆馬と話せるのかと。なんだか、心細くなった。
「……」
 ガスっと音がした。赤兎が、すんませんすんませんと謝っている。
 呂布さんが、殴ったのだ。
「……りょ、呂布さま、殴らなくても」
 雛が、慌てる。
「いやそうな顔した!」
 呂布さん、憤慨。
 まあまあと、貂蝉がいった。こうして、ちゃんと雛さんを乗せているんだしと。
 呂布さん、溜息を一つついた。
張遼、どこいったのかな~」
 そう、言った。
「あの子、なにかやっかい事に巻き込まれてなければいいけど」
「そうですね……早く、見つけてあげないと」
「うん……」
 呂布さん、しょんぼり。
 みんな、しょんぼり。
 また、口を開いた。呂布さん、だった。
張遼、最近おかしいんだよね」
「え?」
「へ?」
「それは……」
 貂蝉が、言い淀む。心当たりが、あるのだ。
張遼の鍛錬、凄いんだよね。最近、高順も打ち負かせるようになってきたけど……なんていうか、無理しすぎなんだよ。自分を追い込みすぎるような」
「それは、うなずけますわ。前から、負けん気の強い子だったけど……それに」
 呂布さまに、似てきている。
 それも、もう一人の……
「それに?」
「いいえ、なんでもないですわ」
「きーにーなーるー!」
「あらあら」
 貂蝉は、笑ってごまかした。



「ちっ……」
 見つからない。嫌な予感が、臧覇にはあった。
 下邳での戦で、曹操軍きっての猛将、夏侯淵を退けた張遼
 そのとき、はっきりと、部下は張遼に義姉・呂布の影を見たという。
 そのときの張遼は、いつもの張遼ではなかった。
 破滅の狂気に、身を任せていた。
 その兆しは、あった。
 遊軍として動いているとき、張遼は時折、臧覇の言う事すら耳に入らないようだった。
 我に戻ると、張遼はいつも臧覇に謝った。
 それを、怖がっていた。
 それに、怯えていた。
 二人に、相談するべきだ。
 そう言った臧覇に、張遼は首を振ると、絶対に言わないようにと念を押した。
 知られたくないと。
 こんなの、知られたくないと。
 頷くしか、なかった。
「にしても、広すぎる!」
 臧覇が、舌打ちした。



「こないの?」
「……」
 誘っている。そう、馬超は思った。
 どのぐらい、強い?
 汗が、手の平に溜まりだしている。
 久し振りだと、思った。
 ふっと、笑う。
 相手も、笑った。
 同時に、両者が飛び込んだ。
 武器が、交錯する。鍔競り合い。
 相手の蹴りを、馬超は後方に飛んでかわした。
 そのまま、相手は突進してくる。
 馬超の誘い、だった。
 ぐっと、踏みとどまると、木刀を横に払った。
 風を、斬る。
 なにも、触れない。
 相手は、その一撃の間合いのぎりぎり、そこで立ち止まっていた。
 戦慣れしている。そう、馬超は思った。
 中身は、どんな人間だ?
 一体、どれだけ、殺した?
 お前は、どれだけ強い?
 その小さな身体で……
 疑問が、沸々と湧いてくる。
 羽根飾りが、しゃらりと、踊った。
 馬超の着物の四神が、鮮やかに光を反射した。
 歓声が、起こりだした。人が、集まりだしたのだ。
 馬騰と龐徳は、
「なんて嬉しそうに笑う」
 そう、口にだした。
「龐徳、あれは誰だ?」
「い、いえ、拙者は存じませぬが」
「うちの錦と、互角とは……信じられぬ。涼州に、あれだけ強い人間が、まだ、いたのか?」
「無名、でしょうか。しかし、あの動き、相当に戦慣れしていると言わざるおえませぬ」
「うむ……まだ、様子を見るか」
「はい」
 強い。
 そう、張遼は思った。
 もしかしたら、高順さんよりも?
 そう、思った。
 嬉しい。最近、相手がいなかったから。
 貂蝉姉さま、赤ちゃんいるからわたしの相手できないし。
 呂布姉さまは、強すぎるし。
 高順さん、しかいなかったから。
 張繍さん達は、なんていうか、ほら……確か、遠慮ってやつだ! 前に、臧覇に教えてもらったぞ!
 もっと、強くなりたい。 
 強くなって、もう、二度と、あんなことのないように、したい……
「名は?」
 馬超が言った。
「秘密」
 張遼が答えた。
 まだ、動ける。息は上がっていない。
 それでも……向かい合っているだけで、体力が削られていく。
「……なんだお前」
 馬超の剣先が、少し動いた。
 ぐっと、我慢する。
「こんなところで……俺は、負けられないんだよ」
 あの男に、勝つ。
 そう、誓った。 
 あの人に、そう、誓った。
 負けるわけには、いかない。
 こんな、ところで。
「わたしも」
「奇遇だな」
「うん!」