愉快な呂布一家~錦(4)~
二人が、また、同時に動いた。
三合、打ち合う。
どちらの得物も、相手の肩を掠めた。
少し、息を荒げた。片方だけ。
張遼だった。
あえぐ。
構えが、崩れ始めている。
拮抗が、崩れ始めている。
それを見逃す、馬超ではなかった。
無音の気合いをこめると、目を細め、打ちかかった。
「あう……」
防戦一方になった。
はっきりと、確信した。
高順より、強い。
攻めに、転じないと。そう、しないと……
二人の姉に、よく言われていた。
「攻勢に出ているときはいいけど、防戦に廻ると、ちょっとね」
そう、言われていた。
「駄目!」
そう、叫んだときだった。
腕が、痺れた。
からんと、武器が音を立てた。
右手を、打たれた。
うずくまる。
見上げた。
見下ろされていた。
はっきりと、お互いの視線が交わった。
鷹のようだと、張遼は思った。
獰猛で、誇り高く……爪は鋭く、獲物を抉る。
「やっぱり、子供か」
忙しなく、呼気が漏れる。本気になっていた。
強かった。
だが、何かを押さえているような……
とにかく、勝負はついた。
「いい、勝負であった」
「いや……」
「勝負は、ついた。ついてこい、お前ならすぐに隊長に、いや、一軍を率いる将に」
「いや!」
裂帛の咆吼。
観客が、凍てついた。
黒いものが、自分の身を包む。はっきりと、自覚した。
負けたく、ない。
そう、思った。
傷の痛み、身体の疲れ……消えていく。
ゆっくりと、立ち上がった。
だっと、駈けた。
馬超が、首を傾げる。
「逃げる? はて?」
一瞬、恐怖を覚えた。はっきりと。
後方に飛んだのだ。武芸者としての勘が、そう教えた。
戻ってきた。黒い筒を、掴んでいた。その布を、外す。中身が現れる。
馬超は、息を呑んだ。
青龍偃月刀。光を、にぶく反射させている。
どれだけの血を、吸った?
最初に思った事は、それだった。
「馬超!」
「親父!」
馬騰が、自分の剣を長子に投げる。
それを、受け取る。よい、業物だった。
刃が、反っている。刀、である。
馬超の得物は、刀であった。
龐徳は、異変に気づいてから兵を集めるためにこの場を離れている。
周りの人間。皆、恐れている。
恐れながら、目が、釘付けになっている。
「こんな……」
もし、「知っている」人間がここにいれば、こう呟いただろう。
「呂布?」
と。
「……これは……あの、馬鹿!」
臧覇が、走り出した。
高順、張繍、賈詡が顔を合わせると、それに続く。
陳宮だけがかやの外だった。
「ったく、武人というのは……」
とにかく、置いて行かれないように走るしかなかった。
幸い、足腰は丈夫で、人並み以上に走れるのだ。
「あう……ごめん! 雛さん!」
「?」
「かわって下さい! すぐに! 本当にごめんなさい!」
「は、はい!」
主君なのに……なんだか、不思議。雛は、そう思った。
呂布様は、私に優しくしてくれるけど……甘え過ぎては、いけない。
なんといっても、張繍の主。不興を買えば……
やっぱり、甘え過ぎては、いけない。
雛が、赤兎から降りる。呂布が、赤兎の背に跨った。
貂蝉が、むずかしい顔をしていた。
「呂布さま!」
声を、かける。
「先に行くね!」
赤ちゃん、いるから。ゆっくりね!
「え、ええ……」
赤兎が、走り出す。人が、多い。
「邪魔!」
飛んだ。屋根づたいに、走り始めた。
貂蝉が、首を振った。
まさか、と。
でも、ありえない話じゃない。
あの子は……漆黒の戦姫と、もっとも長く一緒にいるのだ。
そして、自分とも。
魏延が、雛を当然のことのように黒捷に乗せようとした。
それを、雛が固辞した。
「もう、歩きます。勝手に乗ったら張遼さんに悪いですし……」
「え、遠慮しないで下さい! それに、僕、呂布様に怒られちゃいます!」
顔を赤らめ否定する。
私にはそんなことないのにと貂蝉は思った。
「雛さま、乗ればいい」
「でも……」
貂蝉の顔をおずおずとみた。
怖い。
そう、思った。
赤子達が、ぐずりだす。
それは、一瞬のことで、貂蝉の表情はすぐに和らいだ。
「ああ、よしよし。ごめんね、怖かったでしょう」
母の、顔だ。もう、私には縁のない。
辛い……そう、思った。
「雛さん、乗ってもいいですよ。張遼、きっと気にしないです。いえ、『どうして雛さんを乗せなかったの!』 って怒り出すでしょう。それに、私達も少し急ぎたいので……」
私は、足手まとい。
それも、辛かった。
皆が優しいから、逆に辛い。
渋々、子馬に跨った。
「魏延、お願い」
「はい」
雛の後ろに、顔を真っ赤にしながら魏延が乗った。
よろしくお願いしますと、雛が言った。
あ、こちらこそ。
互いに、会釈していた。
なにやってるんだろう。そう、胡車児は思った。
出番、少ないなぁとも。
貂蝉達も、足を速めた。
呂布の姿は、もう遠くであった。
三合、打ち合う。
どちらの得物も、相手の肩を掠めた。
少し、息を荒げた。片方だけ。
張遼だった。
あえぐ。
構えが、崩れ始めている。
拮抗が、崩れ始めている。
それを見逃す、馬超ではなかった。
無音の気合いをこめると、目を細め、打ちかかった。
「あう……」
防戦一方になった。
はっきりと、確信した。
高順より、強い。
攻めに、転じないと。そう、しないと……
二人の姉に、よく言われていた。
「攻勢に出ているときはいいけど、防戦に廻ると、ちょっとね」
そう、言われていた。
「駄目!」
そう、叫んだときだった。
腕が、痺れた。
からんと、武器が音を立てた。
右手を、打たれた。
うずくまる。
見上げた。
見下ろされていた。
はっきりと、お互いの視線が交わった。
鷹のようだと、張遼は思った。
獰猛で、誇り高く……爪は鋭く、獲物を抉る。
「やっぱり、子供か」
忙しなく、呼気が漏れる。本気になっていた。
強かった。
だが、何かを押さえているような……
とにかく、勝負はついた。
「いい、勝負であった」
「いや……」
「勝負は、ついた。ついてこい、お前ならすぐに隊長に、いや、一軍を率いる将に」
「いや!」
裂帛の咆吼。
観客が、凍てついた。
黒いものが、自分の身を包む。はっきりと、自覚した。
負けたく、ない。
そう、思った。
傷の痛み、身体の疲れ……消えていく。
ゆっくりと、立ち上がった。
だっと、駈けた。
馬超が、首を傾げる。
「逃げる? はて?」
一瞬、恐怖を覚えた。はっきりと。
後方に飛んだのだ。武芸者としての勘が、そう教えた。
戻ってきた。黒い筒を、掴んでいた。その布を、外す。中身が現れる。
馬超は、息を呑んだ。
青龍偃月刀。光を、にぶく反射させている。
どれだけの血を、吸った?
最初に思った事は、それだった。
「馬超!」
「親父!」
馬騰が、自分の剣を長子に投げる。
それを、受け取る。よい、業物だった。
刃が、反っている。刀、である。
馬超の得物は、刀であった。
龐徳は、異変に気づいてから兵を集めるためにこの場を離れている。
周りの人間。皆、恐れている。
恐れながら、目が、釘付けになっている。
「こんな……」
もし、「知っている」人間がここにいれば、こう呟いただろう。
「呂布?」
と。
「……これは……あの、馬鹿!」
臧覇が、走り出した。
高順、張繍、賈詡が顔を合わせると、それに続く。
陳宮だけがかやの外だった。
「ったく、武人というのは……」
とにかく、置いて行かれないように走るしかなかった。
幸い、足腰は丈夫で、人並み以上に走れるのだ。
「あう……ごめん! 雛さん!」
「?」
「かわって下さい! すぐに! 本当にごめんなさい!」
「は、はい!」
主君なのに……なんだか、不思議。雛は、そう思った。
呂布様は、私に優しくしてくれるけど……甘え過ぎては、いけない。
なんといっても、張繍の主。不興を買えば……
やっぱり、甘え過ぎては、いけない。
雛が、赤兎から降りる。呂布が、赤兎の背に跨った。
貂蝉が、むずかしい顔をしていた。
「呂布さま!」
声を、かける。
「先に行くね!」
赤ちゃん、いるから。ゆっくりね!
「え、ええ……」
赤兎が、走り出す。人が、多い。
「邪魔!」
飛んだ。屋根づたいに、走り始めた。
貂蝉が、首を振った。
まさか、と。
でも、ありえない話じゃない。
あの子は……漆黒の戦姫と、もっとも長く一緒にいるのだ。
そして、自分とも。
魏延が、雛を当然のことのように黒捷に乗せようとした。
それを、雛が固辞した。
「もう、歩きます。勝手に乗ったら張遼さんに悪いですし……」
「え、遠慮しないで下さい! それに、僕、呂布様に怒られちゃいます!」
顔を赤らめ否定する。
私にはそんなことないのにと貂蝉は思った。
「雛さま、乗ればいい」
「でも……」
貂蝉の顔をおずおずとみた。
怖い。
そう、思った。
赤子達が、ぐずりだす。
それは、一瞬のことで、貂蝉の表情はすぐに和らいだ。
「ああ、よしよし。ごめんね、怖かったでしょう」
母の、顔だ。もう、私には縁のない。
辛い……そう、思った。
「雛さん、乗ってもいいですよ。張遼、きっと気にしないです。いえ、『どうして雛さんを乗せなかったの!』 って怒り出すでしょう。それに、私達も少し急ぎたいので……」
私は、足手まとい。
それも、辛かった。
皆が優しいから、逆に辛い。
渋々、子馬に跨った。
「魏延、お願い」
「はい」
雛の後ろに、顔を真っ赤にしながら魏延が乗った。
よろしくお願いしますと、雛が言った。
あ、こちらこそ。
互いに、会釈していた。
なにやってるんだろう。そう、胡車児は思った。
出番、少ないなぁとも。
貂蝉達も、足を速めた。
呂布の姿は、もう遠くであった。