小説置き場2

山岳に寺社仏閣に両生類に爬虫類に妖怪に三国志にetcetc

愉快な呂布一家~錦(4)~

 二人が、また、同時に動いた。
 三合、打ち合う。
 どちらの得物も、相手の肩を掠めた。
 少し、息を荒げた。片方だけ。
 張遼だった。
 あえぐ。
 構えが、崩れ始めている。
 拮抗が、崩れ始めている。
 それを見逃す、馬超ではなかった。
 無音の気合いをこめると、目を細め、打ちかかった。
「あう……」
 防戦一方になった。
 はっきりと、確信した。
 高順より、強い。
 攻めに、転じないと。そう、しないと……
 二人の姉に、よく言われていた。
「攻勢に出ているときはいいけど、防戦に廻ると、ちょっとね」
 そう、言われていた。
「駄目!」
 そう、叫んだときだった。
 腕が、痺れた。
 からんと、武器が音を立てた。
 右手を、打たれた。
 うずくまる。
 見上げた。
 見下ろされていた。
 はっきりと、お互いの視線が交わった。
 鷹のようだと、張遼は思った。
 獰猛で、誇り高く……爪は鋭く、獲物を抉る。
「やっぱり、子供か」
 忙しなく、呼気が漏れる。本気になっていた。
 強かった。
 だが、何かを押さえているような……
 とにかく、勝負はついた。
「いい、勝負であった」
「いや……」
「勝負は、ついた。ついてこい、お前ならすぐに隊長に、いや、一軍を率いる将に」
「いや!」
 裂帛の咆吼。
 観客が、凍てついた。
 黒いものが、自分の身を包む。はっきりと、自覚した。
 負けたく、ない。
 そう、思った。
 傷の痛み、身体の疲れ……消えていく。
 ゆっくりと、立ち上がった。
 だっと、駈けた。
 馬超が、首を傾げる。
「逃げる? はて?」
 一瞬、恐怖を覚えた。はっきりと。
 後方に飛んだのだ。武芸者としての勘が、そう教えた。
 戻ってきた。黒い筒を、掴んでいた。その布を、外す。中身が現れる。
 馬超は、息を呑んだ。
 青龍偃月刀。光を、にぶく反射させている。
 どれだけの血を、吸った?
 最初に思った事は、それだった。
馬超!」
「親父!」
 馬騰が、自分の剣を長子に投げる。
 それを、受け取る。よい、業物だった。
 刃が、反っている。刀、である。
 馬超の得物は、刀であった。
 龐徳は、異変に気づいてから兵を集めるためにこの場を離れている。
 周りの人間。皆、恐れている。
 恐れながら、目が、釘付けになっている。
「こんな……」
 もし、「知っている」人間がここにいれば、こう呟いただろう。
呂布?」
 と。



「……これは……あの、馬鹿!」
 臧覇が、走り出した。
 高順、張繍、賈詡が顔を合わせると、それに続く。
 陳宮だけがかやの外だった。
「ったく、武人というのは……」
 とにかく、置いて行かれないように走るしかなかった。
 幸い、足腰は丈夫で、人並み以上に走れるのだ。



「あう……ごめん! 雛さん!」
「?」
「かわって下さい! すぐに! 本当にごめんなさい!」
「は、はい!」
 主君なのに……なんだか、不思議。雛は、そう思った。
 呂布様は、私に優しくしてくれるけど……甘え過ぎては、いけない。
 なんといっても、張繍の主。不興を買えば……
 やっぱり、甘え過ぎては、いけない。
 雛が、赤兎から降りる。呂布が、赤兎の背に跨った。
 貂蝉が、むずかしい顔をしていた。
呂布さま!」
 声を、かける。
「先に行くね!」
 赤ちゃん、いるから。ゆっくりね!
「え、ええ……」
 赤兎が、走り出す。人が、多い。
「邪魔!」
 飛んだ。屋根づたいに、走り始めた。
 貂蝉が、首を振った。
 まさか、と。
 でも、ありえない話じゃない。
 あの子は……漆黒の戦姫と、もっとも長く一緒にいるのだ。
 そして、自分とも。
 魏延が、雛を当然のことのように黒捷に乗せようとした。
 それを、雛が固辞した。
「もう、歩きます。勝手に乗ったら張遼さんに悪いですし……」
「え、遠慮しないで下さい! それに、僕、呂布様に怒られちゃいます!」
 顔を赤らめ否定する。
 私にはそんなことないのにと貂蝉は思った。
「雛さま、乗ればいい」
「でも……」
 貂蝉の顔をおずおずとみた。
 怖い。
 そう、思った。
 赤子達が、ぐずりだす。
 それは、一瞬のことで、貂蝉の表情はすぐに和らいだ。
「ああ、よしよし。ごめんね、怖かったでしょう」
 母の、顔だ。もう、私には縁のない。
 辛い……そう、思った。
「雛さん、乗ってもいいですよ。張遼、きっと気にしないです。いえ、『どうして雛さんを乗せなかったの!』 って怒り出すでしょう。それに、私達も少し急ぎたいので……」
 私は、足手まとい。
 それも、辛かった。
 皆が優しいから、逆に辛い。
 渋々、子馬に跨った。
魏延、お願い」
「はい」
 雛の後ろに、顔を真っ赤にしながら魏延が乗った。
 よろしくお願いしますと、雛が言った。
 あ、こちらこそ。
 互いに、会釈していた。
 なにやってるんだろう。そう、胡車児は思った。
 出番、少ないなぁとも。
 貂蝉達も、足を速めた。
 呂布の姿は、もう遠くであった。