小説置き場2

山岳に寺社仏閣に両生類に爬虫類に妖怪に三国志にetcetc

長江、燃える(10)

孫策様! 甘寧黄忠が戦場に!」
黄祖副官蘇飛参戦! 文聘の姿も確認しました!」
 次々に注進が入る。部下の動きが慌ただしくなる。
 戦が、始まったのだ。
「ええい、文聘だと! どうしてここにいるのだ!」
 呉景が声を荒げる。楽観していたこの戦。
 思いもよらぬ方向に転がっていく。
「叔父上、落ち着け」
「若!」
 ようやく、呉景が落ち着いた。
 孫策の母である呉夫人の弟であるこの人物、姉に似て荒っぽい男であった。
「どうやら、劉表はここを固めるようだ。思い切ったことをする。南陽の守りが手薄になるだろうに」
 文聘は、張繍軍が去ってから国境を守っていた。
 清濁併せ持つ武将として、黄祖などより重宝されていた男だった。
董卓の残党が蜂起したという話もあるのに」
 周瑜が、言った。
「……本当に、劉表か?」
孫策、どういう……」
「殿ー! て、敵軍にあの劉備の姿! 関羽張飛も現れました! 張飛太史慈将軍と交戦!」
「あ……」
「は……な、なにを血迷ったことを! わけのわからぬことをぬかすな!」
劉備……」
「し、しかし間違いありません! 突出してきた黄祖の旗艦には劉備の姿が! 関羽も、あの青龍刀、美髭、間違えるわけもなく!」
劉備だと、誰が言ったのだ? 誰が、確認した?」
 孫策が言った。暗い、声であった。深く沈んでいる。
 伝令が、一時息を呑んだ。主の、暗い迫力に怯んだのだ。
 ありったけの勇気を振り絞り、声を出した。
太史慈将軍が確認を」
太史慈が……確か、劉備とは面識があったな……」
 ククク、アハハハハハ……
「そ、孫策?」
「わ、若?」
 二人が、心配そうにおろおろと。
 旗艦に乗り込んでいた兵達も、その手を止め、主を見る。
 狂ったように嗤っていた。底冷えのする笑い声であった。
「ハハハハハハハハ……周瑜
「う、うん……」
 目の色が変わったと、周瑜は思った。
 これは、凌統と同じ瞳だ。そう、思った。
「全軍、攻勢に出る。黄蓋達にも伝えろ。そして、この船も前線に出すぞ」
「若! なりません! この戦、危うい。もし若の身になにかあれば」
「黙れ。後方で引っ込んでなどいられるか。この血のたぎり、黄祖の首を獲らねば収まらぬ。邪魔をするのが張飛だろうが関羽だろうが劉備だろうが関係ない。我が前を阻む物、全て潰す!」
 旗艦が動き始めた。
 押さえられぬ。そう判断して、呉景は止めるのをやめた。
 


「ああ! うざってぇえんだよ、てめえはよ!」
「ならば、とっとと死んでくれ!」
 何度も何度も、ぶつかりあう。
 金属音。筋肉の軋み。
 豪腕と、神速。
 劉備が義弟、張飛
 孫策軍第二武将太史慈
 二人は、面識がある。
 曹操に攻められた陶謙。その陶謙劉備軍に救援を要請したときの使者が太史慈であった。
「これじゃあ、小兄貴や爺さんに負けっちまうだろうが!」
「知るか! この筋肉ダルマ!」
「なにを! この山賊崩れ!」
 蛇矛と餓龍が、触れ合い、離れた。
 両者、息を整える。
 三艘目。
 二人が争った船は、その都度壊されていた。
「おい」
「なんだ、虎髭ダルマ」
「なんでてめえは孫策に仕えてんだ?」
「……」
 答えなかった。水が入り込む音がする。船に人の姿は二つだけ。あとは、皆逃げた。
「てめえ、天下を狙うって吹いてたじゃねえかよ……」
「……俺じゃあ、役不足だ」
「あん?」
「この俺様が天下を託せる人間が、見つかったということだ!!!」
「そいつは、良かったじゃねえかよ!!!
 全身全霊を込めた一撃。
 船が、耐えきれなくなった。二人がぶつかった場所に、亀裂が入る。
 真っ二つに割れる。
 船が、沈む。
 張飛と、太史慈
 大きく跳ぶと、新たな船で、新たな戦を始めていた。
 


黄忠殿、本気を出されよ」
「よいのかな、本気を出して」
 黄忠が、考える仕草をした。
 今のところ、関羽の方が大きくリードしていた。
「はい。是非に」
「そう言われると、出したくなるの~」
 関羽黄忠が、笑った。
 黄忠が、弓を構えた。
 連射を始める。
 船の横っ腹に、穴が開いた。
 船が、沈み始めた。
 あっという間であった。
「これでは、勝負にならんじゃろう?」
「いやいや、わかりませぬぞ」
「……」
「……」
 はははと、笑い合った。
 関羽は、この勝負、不利だなと思った。



「おお、押してるね!」
「今のところは、です。すぐに膠着状態に入るかと」
 劉備の嬉しげな声に、黄祖が答える。
 陳到は、顔色悪い趙雲の横。
 龐統は地図を見ながらぶつぶつと呟いていた。
「へえ……」
「兵の質では、あちらの方が上ですから。長時間は、我々の方がやはり不利かと」
「ふん、その前に戦終わらせるさ。龐統、どう?」
孫策の気質を考えるに、もう時間の問題かと」
「……劉備様、あの船……」
 陳到が、目を細めながら言った。
黄祖さん」
「恐らく」
 孫策の、旗艦であった。やはり、出てきた。それは、劉備の待っていた刻であった。
「……この船を、少し出して下さい」
 軍師の声は落ち着いているように聞こえる。
 だが、その語尾に震えがあるのを劉備は聞き逃さなかった。
「龐統、きっとうまくいくさ」
「は!」