小説置き場2

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長江、燃える(11)

 黄祖の船。
 待ち焦がれた。
 今こそ、父の仇を討つ。
 思わぬ邪魔が入ったが、関係ない。
 黄祖の旗艦の周りには、あまり船の姿はない。
 それどころか、単騎になるように動き始めている。
 好機だと思った。
 孫策の船は、軍で一番速い船であった。
 今ならば一気に近づき、旗艦に乗り込む事も可能。
 周瑜、呉景も、同じ考えのようであった。
 まだ、全速は出させない。
 距離があれば逃げられる。
 もう少し、もう少し。
 飢えた獣が、少しずつ獲物に近づいていく。
 周瑜が気づいたときには、遅すぎた。
 空白、であった。
 奇妙な空白であった。
 その場所にだけ、敵船の姿はなかったのだ。
 孫策が、手を挙げ、全速を出させる合図を送ろうとした。
 劉備が、手を叩いて、
「かかった!」
 そう、言った。



 影が、飛び込んできた。
 十ばかし。
 孫策に殺到する。
 剣を抜いた。
 孫策が、吠えた。
「舐めるな! この俺を殺したくばこの程度の刺客では足りぬ!!!」
 周瑜、呉景が剣を抜く間もなく、孫策はその影を切り倒していく。
 圧倒的であった。
 当たり前だ。呂布に及ばぬとしても、その武は、間違いなく大陸屈指なのだ。
 残ったのは、一。
 その影に剣を突きつける。
 刺客は、全身を黒い布で覆っていた。
「いや、お見事」
「ふん」
「さすがは、孫家最強。見事だ」
「良く、訓練されているな。斬られても、声も出さぬとは」
 お前が、頭か。
 孫策はそう言った。
 そうだと、影は答えた。
「今は、大事な大事な時、なのだ。邪魔をするな」
 剣を、振り下ろした。
 影が、動いた。
 小さく、舌打ちした。
 男の袖口より、小刀が飛んだのだ。孫策の額を、掠めた。
 影の覆面を、孫策の剣は切り裂いていた。
 小刀を避けるために、斬撃は浅かった。
 影は、不思議な顔つきの男であった。
 若く、そして老いて見えた。
 徐庶、であった。
「やはり、強いな。何者だ」
「さて、答えはいるまい」
「……?」
 身体が、揺れた。息が、苦しくなる。
 額が、灼けるような痛みを持ち始めた。
「神医、華佗の龍殺薬。やはり、よく効くようだな」
「なに……」
 孫策の額から、血が噴き出した。
 周瑜がその身を崩す主を支える。
 呉景が斬りかかるより早く、徐庶は船から身を投げた。
 鎖。船に引っかけられていた。乗り込むときも、それを使ったのだ。
 それで、勢いを殺す。
 そして、切り離す。
 水面にぽしゃりと波をたてると、その姿は水に消えた。
 周瑜が、孫策に声をかける。息はあった。
 呉景に首を振ると、周瑜は全軍撤退。
 そう、静かに告げた。
 憤怒を、押し殺したまま。



「上手く、いったね」
「なにがですか?」
 黄祖が言った。陳到も、龐統と劉備が嬉しそうに頷きあう意味が分からなかったのだ。
「ここで、孫策どんとまともにぶつかりあって兵を損耗させたくはなかったからね。刺客を送ったのさ」
「では、あの一帯に?」
 最初から、軍を展開させない場所が一カ所だけあった。
 黄祖が、不思議に思っていた事だった。
「ああ。あそこに潜ませてた」
「まさか……お師さん!」
 陳到が、言った。
「ご名答~」
「しかし、孫策の武は、既に狂気を」
「ふん、呂布さん程じゃないじゃないか」
 黄祖が、押し黙った。
 劉備の言い方は、どこか棘があった。
「退いてくね」
「こちらも、退かせましょう。恐らく、伏兵を敷いているはずです」
「あいよ、軍師さん」
「お師さん、無事でしょうか……」
 関羽さま……龐統も、心配げな声を出した。
「うん、無事だ」
「お師さん……!」
 徐庶が姿を見せた。濡れ鼠。顔色の悪い趙雲の頭を、ぽんぽんと叩いた。
「いや、強いな。選りすぐり、だったのだがな。全員斬られた」
「でも、任務は果たしたんでしょ?」
「ああ。緊張したぞ。水鏡一門の頭になって、初めての」
「頭……? 司馬徽様は……?」
「引退、だそうだ」
「そんな……」
 どうして……そう、呟いた。
 


 戦は、短いものであった。
 関羽張飛は、黄忠に甘い物を大量に奢った。
 劉備は、すぐに次の戦の準備に入った。
 狙うは、益州
 孫策は、床についた。
 毒は、小覇王の身体を蝕んだ。