あやかし姫~百華燎乱(8)~
宴会。
酒盛り。
森の中での、妖達の宴。
大小数多の妖達が、謡い、踊っている。
楽しげに、嬉しげに。
朧気に、朧気に。
そこに、若い女が近づいていく。
手に持つ刃物が、鈍い光を放った。
宴が止まる。
妖達の、訝しげな視線。
女に集まる。
そしてまた、宴が始まる。
まるで、そこに女の姿などないように。
一瞬躰を震えさせると、女は自分の足の長さほどある巨大な包丁を地に突き立てた。
宴が、また止まる。
ひそひそと妖達が話し合い、その宴の主人格と見える、巨大な老入道が口を開いた。
「独枯山の山姥か。なんの用じゃ」
酒が不味くなる。用件をいって、早く去れ。
そう、いった。
妖達が囃し立てる。
女は、ぐっと唇を噛み締めると、巨大な包丁を突きつけ、
「うちの客人が、雪妖に攫われた。知っている者はいないか」
そう、いった。
「客だってよ」
「こいつがいる、あの山にかよ。物好きなこった」
「わざわざいかねえよ、なぁ」
「うるさい!」
一喝する。妖達が首をすくめた。
「やまめよぉ……」
こぉこぉこぉと、老入道が気味の悪い笑い声をだした。
「ちっぽけな山姥が、大きな口を叩くでない」
ふぅっと、手の平で扇ぐ。
突風。
やまめは、地面に包丁を突き立てると、吹き飛ばされそうになる身体をなんとか支えた。
「頼む!」
必死だなぁと、老入道が周りの妖達と笑い合った。
憤りと惨めさで、身体が引き裂かれそうになる。
それでも、頼むしかなかった。
「頼む……」
「それは、鬼か?」
老入道がいった。風は、やまない。
そうだと、やまめは大きな声を出した。
「なら、心当たりはあるなぁ。雪妖と鬼が、なにやら揉めておる」
「っつ!」
小石が額に当たった。血が流れていく。
風が、止む。
膝を、つく。
乱れた白髪が、あやめの顔を覆った。
「どうして揉めているのですか?」
「さあて。雪妖どもの大事な大事な巫女を、鬼が攫ったという噂じゃ」
「鬼が……」
「両者は、陣を敷いて対峙しておる。おそらく、そなたの客人という奇特な鬼は、人質にでもされたのじゃろう」
こぉこぉこぉ……
そこまで聞けば十分だった。
やまめが走り出す。
妖達の、
「忌み子が」
という、吐き捨てるような声が、その背に刺さった。
金と銀の瞳がうっすらと光った。
また、宴が始まった。
幽に、幽に。
「俺に、見合いね……」
「はい! 父上が!」
ころころと、尻尾を振った。
居間。
綺麗になっていた。
埃一つない。木の机も、姫様の顔が映るぐらいに磨き込まれていた。
妖達は、へとへとで。
ぼとん、ぼとんと古寺のあちこちに落ちていた。
十分に迎え入れる準備はした。
「相手は誰なのです?」
黒之助がいった。
「西の妖狼族の長の娘さんです。えっと、名は……」
「火羅」
葉子が、いった。
そうそうと咲夜が頷く。
葉子は苦い顔をしていた。
「葉子殿、知っているのか」
いててと、肩を回しながら黒之助が。
「一応ね。うちと、つき合いあるし」
「へ?」
うち?
古寺の、妖。
それが、西の妖狼族と?
随分、離れているのに。
「あ、いやね、気にしないで」
「はぁ、それで、あに様」
「……」
太郎は、押し黙っていた。
また、重苦しい空気が漂う。
「うちも、色々と苦しいみたいで……」
「へえ」
姫様が、いった。にこにこと能面のような笑みを浮かべて。
「勝手なものですね」
彩花様、怖いと咲夜は思った。
重苦しいのは、あに様のせいだけじゃない。
彩花様も……
「まあ、太郎、ちょっと名前知れすぎちゃったしね」
肩をすくめながら銀狐が。
「そんなに、ですか」
「姫様……うん。こいつ、一人で妖猿の群れを潰しちゃったでしょ。それがね」
一人じゃねぇと、太郎は口の中で。
それは、誰にも聞こえずに。
「あに様、これは父としてではなく、族長としてのお言葉なのです。どうかどうか!」
孤高を、誇りにしていた北の妖狼族がね。
そう、葉子は思った。
苦しいだろうとは考えていたが、そこまで、と。
妖猿の群れになにも出来なかった。
それは、やはり大きかったんだろうね。
西の妖狼族は、あまりいい噂を聞かない。
他の妖狼族と違い、その勢力を大きくしようとしていた。
九尾の一族――特に銀の一族と、勢力圏が重なっているのだ。
葉美と木助が、苦労しているという。
銀の一族を押さえるのに。
北の妖狼族を取り込む、足掛かりを作ろうというんだろね。
太郎は、格好の標的、か。
忌み子だということを除けば。
それも、群れを救った英雄として見ればお釣りが来るかも、ってか。
西の妖狼の考えそうなこった。
東と南は、結構いいやつらなのに。
「族長として、ってどういうことだ」
太郎が、静かにいった。
「あ、いえ、父上がそこを強調しろって」
父ではなく、族長として。
仲直りしていないということ?
あのとき、小さく謝っていたのに。
自分のことのように、姫様は哀しくなった。
痛い……
多分、太郎さんは、もっと痛い。
族長……そう呟くと、葉子と黒之助は、はっと目を合わせた。
同じ考えに辿り着いたのだ。
太郎はどうかと、その表情を伺う。
「糞野郎……」
駄目かなと、二人は思った。
「なにが、族長として、だ」
「あの、あに様?」
がちがちと、牙を鳴らす。
かちかちと、爪を鳴らす。
姫様は、黙って妖狼の顔を見ていた。
咲夜は、怯えていた。
「でも、でも、父上は」
必死に、声を絞り出す。
「俺は、あの群れに属してねぇんだぞ! 追放されたんだぞ! ふざけやがって!」
大きな声を出すと、手を振り上げる。
姫様に首を振られ、渋々そっと降ろす。
やれやれと、葉子と黒之助が溜息をついた。
咲夜が、その声に小さな身体を小さくさせた。
自分に、怒りを向けている。そう、思ったのだ。
「あに様……」
予想はついていた。当たり前すぎる。
何度も、父に聞き返したのだ。
それでいいのかと。
「そんなことするか! するわけないだろ……そう、族長にいっとけ!」
居間を飛び出すと、煙を立てて狼の姿に変化し、太郎は庭にうずくまった。
姫様達からは、その後ろ姿が見えるだけで。
がっくしと咲夜は肩を落とした。
「……残念、ですね」
姫様が咲夜にいう。
その言葉は、どこか作り物じみていた。
うん、と、咲夜が頷く。
あくびを一つつき烏の姿になると、黒之助がてけてけと自室に向かっていく。
結局、黒之助は黒野丞の話をしなかった。
する気も、なかった。
黒之助が立ち去るのを見て、姫様が微笑んだ。
それは、今まで浮かべていた能面のような笑みとは別物であった。
生きていた。
姫様も、どうして黒之助が傷を負ったのか、一体何があったのか、聞こうとはしなかった。
黒之助が少し、姫様から見て少し変わった。
なにか、良い事があったのだろうと思った。
それで、十分だった。
「姫様、もう、寝ようか」
「はい。咲夜ちゃん」
これでしまいという風に。
葉子が、姫様と咲夜が居間を出るのを見計らって、太郎に近づいた。
「怒ってるの?」
「……」
「正解」
にししと、笑った。
「なにが、だ?」
太郎が、葉子を見上げた。
「あんたは、『今のところ』追放されてるからね。族長の命令は、聞く必要がないよね」
「……」
「あんたの親父さんの頼み事なら、あたいは知らないよ。それは、あんたの気持ち次第さ。でも、族長の命令ならね」
「……なるほど」
「やっぱり、分かんなかったか」
「親父は、断って欲しかったのか?」
「うん。だから、咲夜ちゃんにあんな言い方したんだろうね。ま、気が付かなかったとはいえ断ったんだから、太郎ちゃんえらいえらい」
葉子が、妖狼の頭をくしゃっと撫でた。
その手を、煩わしそうに太郎は撥ね除けた。
「ふん……『今のところ』って、どういうことだ」
「あんた、もう、帰れるんでしょう?」
笑みが消え、銀狐は、真面目な顔になる。
すっと、目を弧状にした。
「……知らねえよ」
「あんたでもいなくなると寂しくなるから、居てくれた方がいいけどね」
でも、それも、あんたの気持ち次第。
「……」
誰が寂しい、とは、聞かなかった。
「じゃあね。明日は早いから、ちゃんと起こしてね」
「わかった」
葉子が、鼻歌を謡いながら、桶に突っ込んであった雑巾で足の裏を丁寧に拭いて姫様の部屋に。
それを、見送る。
妖狼の尾っぽが、揺れた。
月が隠れていた。
明日は、酒呑童子様と朱桜ちゃんが来るのか。
今日も、忙しかったのに……ったく、面倒な、とは言えなかった。
姫様の大事な大事なお客様、なのだ。
にしても、咲夜、酒呑童子様を見たら、腰抜かすんじゃないだろうか。
あの妹、まだまだ幼いからな。
今日も、怖がらせちまった。
あとで、謝ろう……いや、今からだな。
太郎はそう考えると、桶に足を突っ込んで洗ってから古寺に上がった。
点々と、黒い足跡が。
桶の水は汚れていて。
洗ったのではなく、汚してで。
姫様の怒鳴り声が、静かな古寺に木霊した。
酒盛り。
森の中での、妖達の宴。
大小数多の妖達が、謡い、踊っている。
楽しげに、嬉しげに。
朧気に、朧気に。
そこに、若い女が近づいていく。
手に持つ刃物が、鈍い光を放った。
宴が止まる。
妖達の、訝しげな視線。
女に集まる。
そしてまた、宴が始まる。
まるで、そこに女の姿などないように。
一瞬躰を震えさせると、女は自分の足の長さほどある巨大な包丁を地に突き立てた。
宴が、また止まる。
ひそひそと妖達が話し合い、その宴の主人格と見える、巨大な老入道が口を開いた。
「独枯山の山姥か。なんの用じゃ」
酒が不味くなる。用件をいって、早く去れ。
そう、いった。
妖達が囃し立てる。
女は、ぐっと唇を噛み締めると、巨大な包丁を突きつけ、
「うちの客人が、雪妖に攫われた。知っている者はいないか」
そう、いった。
「客だってよ」
「こいつがいる、あの山にかよ。物好きなこった」
「わざわざいかねえよ、なぁ」
「うるさい!」
一喝する。妖達が首をすくめた。
「やまめよぉ……」
こぉこぉこぉと、老入道が気味の悪い笑い声をだした。
「ちっぽけな山姥が、大きな口を叩くでない」
ふぅっと、手の平で扇ぐ。
突風。
やまめは、地面に包丁を突き立てると、吹き飛ばされそうになる身体をなんとか支えた。
「頼む!」
必死だなぁと、老入道が周りの妖達と笑い合った。
憤りと惨めさで、身体が引き裂かれそうになる。
それでも、頼むしかなかった。
「頼む……」
「それは、鬼か?」
老入道がいった。風は、やまない。
そうだと、やまめは大きな声を出した。
「なら、心当たりはあるなぁ。雪妖と鬼が、なにやら揉めておる」
「っつ!」
小石が額に当たった。血が流れていく。
風が、止む。
膝を、つく。
乱れた白髪が、あやめの顔を覆った。
「どうして揉めているのですか?」
「さあて。雪妖どもの大事な大事な巫女を、鬼が攫ったという噂じゃ」
「鬼が……」
「両者は、陣を敷いて対峙しておる。おそらく、そなたの客人という奇特な鬼は、人質にでもされたのじゃろう」
こぉこぉこぉ……
そこまで聞けば十分だった。
やまめが走り出す。
妖達の、
「忌み子が」
という、吐き捨てるような声が、その背に刺さった。
金と銀の瞳がうっすらと光った。
また、宴が始まった。
幽に、幽に。
「俺に、見合いね……」
「はい! 父上が!」
ころころと、尻尾を振った。
居間。
綺麗になっていた。
埃一つない。木の机も、姫様の顔が映るぐらいに磨き込まれていた。
妖達は、へとへとで。
ぼとん、ぼとんと古寺のあちこちに落ちていた。
十分に迎え入れる準備はした。
「相手は誰なのです?」
黒之助がいった。
「西の妖狼族の長の娘さんです。えっと、名は……」
「火羅」
葉子が、いった。
そうそうと咲夜が頷く。
葉子は苦い顔をしていた。
「葉子殿、知っているのか」
いててと、肩を回しながら黒之助が。
「一応ね。うちと、つき合いあるし」
「へ?」
うち?
古寺の、妖。
それが、西の妖狼族と?
随分、離れているのに。
「あ、いやね、気にしないで」
「はぁ、それで、あに様」
「……」
太郎は、押し黙っていた。
また、重苦しい空気が漂う。
「うちも、色々と苦しいみたいで……」
「へえ」
姫様が、いった。にこにこと能面のような笑みを浮かべて。
「勝手なものですね」
彩花様、怖いと咲夜は思った。
重苦しいのは、あに様のせいだけじゃない。
彩花様も……
「まあ、太郎、ちょっと名前知れすぎちゃったしね」
肩をすくめながら銀狐が。
「そんなに、ですか」
「姫様……うん。こいつ、一人で妖猿の群れを潰しちゃったでしょ。それがね」
一人じゃねぇと、太郎は口の中で。
それは、誰にも聞こえずに。
「あに様、これは父としてではなく、族長としてのお言葉なのです。どうかどうか!」
孤高を、誇りにしていた北の妖狼族がね。
そう、葉子は思った。
苦しいだろうとは考えていたが、そこまで、と。
妖猿の群れになにも出来なかった。
それは、やはり大きかったんだろうね。
西の妖狼族は、あまりいい噂を聞かない。
他の妖狼族と違い、その勢力を大きくしようとしていた。
九尾の一族――特に銀の一族と、勢力圏が重なっているのだ。
葉美と木助が、苦労しているという。
銀の一族を押さえるのに。
北の妖狼族を取り込む、足掛かりを作ろうというんだろね。
太郎は、格好の標的、か。
忌み子だということを除けば。
それも、群れを救った英雄として見ればお釣りが来るかも、ってか。
西の妖狼の考えそうなこった。
東と南は、結構いいやつらなのに。
「族長として、ってどういうことだ」
太郎が、静かにいった。
「あ、いえ、父上がそこを強調しろって」
父ではなく、族長として。
仲直りしていないということ?
あのとき、小さく謝っていたのに。
自分のことのように、姫様は哀しくなった。
痛い……
多分、太郎さんは、もっと痛い。
族長……そう呟くと、葉子と黒之助は、はっと目を合わせた。
同じ考えに辿り着いたのだ。
太郎はどうかと、その表情を伺う。
「糞野郎……」
駄目かなと、二人は思った。
「なにが、族長として、だ」
「あの、あに様?」
がちがちと、牙を鳴らす。
かちかちと、爪を鳴らす。
姫様は、黙って妖狼の顔を見ていた。
咲夜は、怯えていた。
「でも、でも、父上は」
必死に、声を絞り出す。
「俺は、あの群れに属してねぇんだぞ! 追放されたんだぞ! ふざけやがって!」
大きな声を出すと、手を振り上げる。
姫様に首を振られ、渋々そっと降ろす。
やれやれと、葉子と黒之助が溜息をついた。
咲夜が、その声に小さな身体を小さくさせた。
自分に、怒りを向けている。そう、思ったのだ。
「あに様……」
予想はついていた。当たり前すぎる。
何度も、父に聞き返したのだ。
それでいいのかと。
「そんなことするか! するわけないだろ……そう、族長にいっとけ!」
居間を飛び出すと、煙を立てて狼の姿に変化し、太郎は庭にうずくまった。
姫様達からは、その後ろ姿が見えるだけで。
がっくしと咲夜は肩を落とした。
「……残念、ですね」
姫様が咲夜にいう。
その言葉は、どこか作り物じみていた。
うん、と、咲夜が頷く。
あくびを一つつき烏の姿になると、黒之助がてけてけと自室に向かっていく。
結局、黒之助は黒野丞の話をしなかった。
する気も、なかった。
黒之助が立ち去るのを見て、姫様が微笑んだ。
それは、今まで浮かべていた能面のような笑みとは別物であった。
生きていた。
姫様も、どうして黒之助が傷を負ったのか、一体何があったのか、聞こうとはしなかった。
黒之助が少し、姫様から見て少し変わった。
なにか、良い事があったのだろうと思った。
それで、十分だった。
「姫様、もう、寝ようか」
「はい。咲夜ちゃん」
これでしまいという風に。
葉子が、姫様と咲夜が居間を出るのを見計らって、太郎に近づいた。
「怒ってるの?」
「……」
「正解」
にししと、笑った。
「なにが、だ?」
太郎が、葉子を見上げた。
「あんたは、『今のところ』追放されてるからね。族長の命令は、聞く必要がないよね」
「……」
「あんたの親父さんの頼み事なら、あたいは知らないよ。それは、あんたの気持ち次第さ。でも、族長の命令ならね」
「……なるほど」
「やっぱり、分かんなかったか」
「親父は、断って欲しかったのか?」
「うん。だから、咲夜ちゃんにあんな言い方したんだろうね。ま、気が付かなかったとはいえ断ったんだから、太郎ちゃんえらいえらい」
葉子が、妖狼の頭をくしゃっと撫でた。
その手を、煩わしそうに太郎は撥ね除けた。
「ふん……『今のところ』って、どういうことだ」
「あんた、もう、帰れるんでしょう?」
笑みが消え、銀狐は、真面目な顔になる。
すっと、目を弧状にした。
「……知らねえよ」
「あんたでもいなくなると寂しくなるから、居てくれた方がいいけどね」
でも、それも、あんたの気持ち次第。
「……」
誰が寂しい、とは、聞かなかった。
「じゃあね。明日は早いから、ちゃんと起こしてね」
「わかった」
葉子が、鼻歌を謡いながら、桶に突っ込んであった雑巾で足の裏を丁寧に拭いて姫様の部屋に。
それを、見送る。
妖狼の尾っぽが、揺れた。
月が隠れていた。
明日は、酒呑童子様と朱桜ちゃんが来るのか。
今日も、忙しかったのに……ったく、面倒な、とは言えなかった。
姫様の大事な大事なお客様、なのだ。
にしても、咲夜、酒呑童子様を見たら、腰抜かすんじゃないだろうか。
あの妹、まだまだ幼いからな。
今日も、怖がらせちまった。
あとで、謝ろう……いや、今からだな。
太郎はそう考えると、桶に足を突っ込んで洗ってから古寺に上がった。
点々と、黒い足跡が。
桶の水は汚れていて。
洗ったのではなく、汚してで。
姫様の怒鳴り声が、静かな古寺に木霊した。