小説置き場2

山岳に寺社仏閣に両生類に爬虫類に妖怪に三国志にetcetc

あやかし姫~百華燎乱(13)~

 怪鳥の声。
 ばらばらっと、団子状の妖達がほぐれていく。
 朱桜、ぐるんぐるん回っている頭をとんとん叩くと、悲鳴の元にとことこ近づいた。
 黒之助だった。
 歯を、食いしばっている。
「痛いの?」
 そう、尋ねた。
「いえ……これしきの傷……」
「痛そうなのです……」
「少し、ほんの少しですよ。押さえたりすると、少し、痛みます。直ぐに引きますから」
 今日、この羽を握った。
 あのときも、痛そうだった。
 悪い事……本当に悪い事をしてしまった。
 どうしよう……そうだ。
 朱桜が、黒之助の背中に回った。
 黙って、身じろぎ一つせず、妖達は朱桜が黒之助にすることを見ていた。
 小さな手を羽に乗せる。
 右手、右羽。左手、左羽。
「痛い……」
 朱桜がいった。
 羽に違和感を感じた。
 温もり。
 徐々に、広がっていく。
 痛みが、少し和らいだ気がした。
「これは……引いていく?」
「どうですか?」
 とこととこと、また黒之助の前に座ると、朱桜がいった。
「痛みが、和らいだ気がします」
「よかったのです!」
 妖達、目をぱちくり。
 壁にぎりぎり触れないように、今度は小声で話し始めた。
 賞賛、感嘆。
 思わず声が大きくなると、隣の誰かがお静かにーっと。
「すごいですね」
 黒之助が、正直に。
「えっへん! 叔父上の傷も、こうやって触るです。そうしたら、叔父上、喜んでくれます。それが、とってもとっても嬉しいのです」
 はにかむように、笑った。
「黒之助さんも、嬉しいですか?」
「ええ、嬉しいです」
 黒之助も、笑った。
「これ、秘密なのですよ。人前で使っちゃ駄目なのです」
 胸を張って言う。
 妖達、首を、首と思しき思い思いの場所を、捻ってみる。
 どうして? っと。
「それは、どうして?」
 我慢できなかったのだろう。
 するすると化け傘――古い古い、絹傘で――が降りてきて、そう、いった。
「よくわからないですけど……鬼は使っちゃ駄目だそうです。父様が言ってました」
 鬼は、壊す。
 古い書物の、言葉。
 癒しは、しない。
 心の奥底から、蘇った。
 鬼は、この手の術を、使えない筈だと。
 でも、目の前の鬼の娘は、使った。
「黒之助さん……怖いです」
「あ、いや……失礼をば」
「父様も、そんな顔してたです。叔父上の傷に触れて、今みたいな事をしたとき」
「なにか、やり方があるのですか?」
「えっとですねー。触って、祈るです。そうしたら、ちょっぴり傷が癒えます」
 こうこうと、両手を伸ばして、治れー治れー。
「このことを、知っている方は?」
「発見したのは最近なのです。角が生えてからです、確か。まだ、父様と叔父上しか知らないですよ」
「ふーむ……」
 これは、いけない事を知ってしまったんではないだろうか。
「姫様も、知らないですよ」
「おお、早速知らせねば!」
「おお、そういえばそうなのです!」
「駄目だ」
「はう?」
「姫様にも、言わないほうがよろしいかと。酒呑童子様に、秘密にせよと言われたのでしょう?」
「……そうだったです……」
「「「えー」」」
「はいはい、静かに」
「じゃあ、父様にお願いするです。許可、もらうです」
「それが、よろしいかと」
 恐らく、願いは叶わないだろうが。
 例え、あの溺愛っぷりでも。
「お前達、他言無用だ。いいな」
「……」
 妖、無言。
 皆、自信がない。
「朱桜ちゃん、耳を塞いで下され」
 大人しく、黒之助の言うとおりにした。
「こうですかー」
「はい……我が言葉をもって、戒めとなす」
「あ」
「げ」
「嘘!?」
「禁ぜよ」
 そう、いった。
「もう、いいですよ」
「なんですか、今の?」
「おまじないです、なあ? 阿呆共」
 ひーっと、妖達が震え上がった。



「餓鬼のとき?」
「ええ。覚えておられませんか? 南の長が亡くなったときのことを」
「南……ああ……」
 子供のとき、里を出た。
 叔父とお袋と……親父に連れられて。
 確か、南だ。
 よく覚えていない。
 多分、いつもと変わらなかったのだろう。
 好奇と、嫌悪と、恐れ。
 この、三つ。
「私も、その場にいたのです。太郎様と、そのとき一緒にいたんです」
「……」
 覚えが、なかった。
 湯飲みに、目を落とした。
 茶。
 水。
 水面。
「二人は、一緒に池を覗いていました。飽きもせず、ずっとずっと、池に映る二人の姿を。子供の頃の、私の大事な思い出です。太郎様にとっては、些細なことかもしれません。でも、私にとっては大きなことでした。族長の娘として育てられてきた私に、太郎様は、なんの遠慮もしませんでした。ただの一人の妖狼として……扱ってくれたのです。あの光景を、忘れられなかったのです。あのときから、」
 キキタクナイ。
「ずっと太郎様のことを」
 キキタクナイ。
「想い続けてきたのです」
 ききたく……ない……
「二百年、ずっと想い続けてきました」
 聞きたく、ないよ。
「あつっ!」
「姫様!」
 茶が、零れた。
 畳に、染み込んでいく。
 火羅は、冷ややかに、手の甲を押さえる姫様を見やった。
 葉子が、慌てふためき姫様に。
 太郎も、すぐに姫様のもとへ。
 表情が、見えなかった。
 長い髪が、邪魔をした。
「姫様、火傷火傷!!!」
「大丈夫か!」
「……大丈夫です……」
「本当に!? 太郎ちゃん、薬、薬!」
「お、おう!」
「大丈夫です!」
 姫様が、大きな声をだした。
「……ごめんなさい、つい大きな声を出してしまって……少し、冷やしてきます」
「じゃあ、あたいが一緒に」
「いいです」
 拒否、した。
「でも……」
 葉子が、尚も食い下がった。
「畳、拭いておいて下さい。私は、一人でいいです」
 そう言うと、姫様が部屋を、出ていく。
 姫様の表情。
 最後まで、伺えなかった。
 葉子と太郎は、姫様の後を追えなかった。
 五人になった。
 部屋は、寒々としていた。
 火桶の炭の火が、消えていた。
 珍しいと、小さな狐火を火桶の中へ。
「……面白くない」
 鬼の王が、そう、呟いた。