小説置き場2

山岳に寺社仏閣に両生類に爬虫類に妖怪に三国志にetcetc

あやかし姫~転幻(前)~

「ん……」
 二人の、部屋。
 銀狐が、目を、開けた。
 少し探ってみる。自分しか、いない。
「また……」
 くらくらがんがんする頭を押さえる。
 飲み過ぎ。
 はめ、外しちゃった。
「姫様……」
 一応確認、呼んでみる。
 返事はなくて。
 上体を起こす。どうして目の前に壁があるんだろうと思った。
 布団後ろにあるし。
 ここ、畳の上だし。
 葉子は、自分の寝相の悪さに少々呆れた。
「姫様?」
 もう一度呼んでみる。
 やっぱり、返事はなくて。
 厠か、太郎かクロちゃんのところに行っているか。
 姫様は、気配を消せる。
 妖に気取らせずに、部屋を出て行ける。
 それは、心配の種、でもあった。
「どこ……」
 部屋だけじゃなく、古寺全体に知覚を広げる。
 雑多な妖の存在が感じられて。
 大きな存在が感じられて。
 今、探している、存在が感じられて。
「いた」
 目指す者は、居間にいて。
 とん、っと立ち上がると、銀狐はそこに向かおうと。
「後片づけ?」
 宴の、後。
 そのままにしていた。
 鈴鹿御前が、場所を貸してくれた礼だと、色々と豪勢に送ってきたのだ。
 食べて、飲んで。
 そして、そのまま。
 明日――もう、今日か――にお片づけは回そうと言って、お開きに。
「まぁ、いっか」 
 行けば、わかる。
 そろぉっと、銀狐が部屋を出た。



 太郎もクロも、外にいる。小妖達も、誰も、居間には、いない。
 姫様は、一人だった。
「変だね」
 小首を、傾げる。
 歩を早める。
 泣いているのかもしれないと、ふと葉子は思った。
 一人で、泣いている。
 その姿が思い浮かんで。
 小妖達が、とん、とんと、落ちている。
 きちんと、布団を身につけて。
 姫様が、直したのだろう。
「姫様」
 居間から、灯りが漏れている。
 そういえば、今日は月が出ていないと思った。
 廊下は、真っ暗。
 葉子の獣の目には、関係ないのだけれど。
「いたいた……あれ……」
 お口を、あんぐりとする。
 首を、傾げる。
「あたい、まだ酔っぱらってるのかしら?」
 それとも、まだ夢の中にいるのだろうか?
 にしては、いやに現実味のある。
 だって、尾をつねると確かに痛いもの。
 自分の尾っぽをはたはたと振ってみる。
 それから、葉子は、
「ミギャー!!!」
 っと、大声で叫んだ。



 妖達が集まってくる。
 太郎も、黒之助も、頭領も。
 みんな、銀狐の後ろに集まって。
 青ざめた顔で、あれ、あれ、と口をぱくぱくする銀狐。
 居間を見、皆の顔色が、さーっと変わった。
 幼い女の子が、そこにいた。
 身体に合わぬ、ぶかぶかの着物を身につけている。
 女の子は、目をぱちくりとさせた。
 皆に近づこうとして、着物に引っかかって。
 ぷくーっと頬を膨らませると、それを脱ぎ捨てようとした。
 するりと、身体に合わないそれは幼子の足下に落ちた。
「目、目をツブレー!!!」
 銀狐が叫んだ。
 皆がひっしと目を瞑る。
「葉子さん」
 と言うと、その幼子は葉子にしがみついた。
 慌てて、その子を抱きしめその身を隠す。
 顔だけが、ちょこんと見えた。
 さらに、九尾をくねらせ、その子の前に、盾になるように。
 その子がいた場所には、その子が『羽織っていた』着物が脱ぎ捨てられていて。
「もう、よいか?」
 頭領が、目を瞑ったまま言った。
 しっかりと、その子が隠れてから、
「い、いいです」
 うわずった声を、銀狐は、出した。
 ゆっくりと、皆が葉子の前に回る。
 両腕で抱きしめられ、幼い顔を葉子の顔の横におく。
 それは、よく、知っている顔だった。
「姫様……」
 太郎が、言った。
 そこにいるのは、かっての姫様。
 幼い頃の、姫様で。
 皆の真剣な眼差しに、「幼い」姫様は、怯えていた。
「なにが……どうして……」
「姫様、だよな……俺が、わかるか?」
「太郎さん」
「拙者は?」
「クロさん」
「おいらは?」
「あちきは?」
 すらすらと、妖達の名を答えていく。怯えが、消えて。
 やっぱり、姫様だ。
 そう、妖達は頷き合った。
 にしても……
 どうして?
「あっ」
 頭領が、散乱した宴痕に近づくと、姫様が脱ぎ捨てた着物の近くに落ちていた徳利と杯を持った。
 蛇の舌を、杯にちろりと伸ばす。
 眉をしかめると、
「これか……」
 そう、苦々しげに、言った。
 徳利の中の匂いを嗅ぎ、「やっぱり、これか」と。
「頭領、それが?」
「若返りの、御神酒」
「はい?」
鈴鹿御前が送りつけてきた酒の中にあった……これだけは別にしてあったのじゃが、誰か、これを出したのか?」
 さあっと。
 酔って、覚えている者はなくて。
「それって……」
「飲めば、若返る。いや、子供になる、じゃな。あまり、旨い物ではないし」
「な、酒の味なんてどうでもいい! 姫様、どうなるんだ!」
 太郎が、吼えた。
「そうだよ! 頭領!」
 葉子も、吼える。
 黒之助は、二人の剣幕にまた怯える姫様をあやす。
「いや……一日で、元に戻るから」
 落ち着いた声を、頭領は出した。
「本当に?」
「うぬ。そう、心配しなくていい」
 とにかく、服を着せねばならんな。
 そう言うと、頭領は溜息を一つついた。



「ああ、もう! ほとんどあげちゃったんだっけ!」
 葉子が、たんすをがさごそ。
 姫様の、子供の頃の服。
 使わなくなったそれは、朱桜と白月にあげてしまって。
 出てくるのは、大きくなった姫様のものばかり。
「……あったあった」
 とりあえず、これでいいかと。
 金魚に風鈴。
 夏用。
 今は……春。
「……いいよね」
 風邪を引く前に、っと。
「くー、可愛い!」
 服を着せると、幼子に頬擦り頬摺り。
 姫様は、ふにゅ? っと声を出した。
「そうか、前は、こんなに小さかったんだ」
 今は、大きくなって、綺麗になって。
 自慢の、姫様。
「うんうん、懐かしいよ。これを着て、夏祭りに行ったんだよね」
 うっとりとした。
 遠き日のことを、思い出しながら。
「……葉子さん」
「なに、姫様?」
「部屋、変わった?」
「あ、え?」
「違う気がする」
「そりゃ、まあね……」
 記憶が、混じっている。
 そう、頭領には言われていた。
 このころは……物、少なかったかな?
 随分と、姫様の宝物増えたもんね。
「ああ、ちょっと」
 姫様は、とことこ部屋を出ようとして。
 尾を伸ばして絡ませ幼子を引き留める。
「変だから、確かめる!」
 んにゅーっと前に進もうと。
 でも、なかなか進めない。
「んー、もう遅いし、朝にしたら?」
「や!」
「でもねえ」
「葉子さんのけち! けちけち!」
「けち……」
「けちだよ! えい!」
「ミギャ!」
 尾っぽ。
 噛みつかれた。
 葉子、涙目で姫様を追いかける。
 しょうがないねと、くすんと自分の尾を撫でた。
 狐火を、飛ばす。転ばないように。
 部屋を出て、真っ暗闇で、足を止めた姫様のために。