あやかし姫番外編~やつあしとびわ(7)~
どすっと鈍い音がした。
一拍おいて、また、鈍い音がする。
男が馬乗りになって、拳を打ち付けていた。
頬に、男のものでない血が飛んだ。
にっと、嗤う。
長い舌で、血を、舐め捕った。
掴みかかった男の鼻に、拳を叩き込む。
男が、膝をついた。鮮血をたらす。
なにが起こったのか、わかっていないようであった。
黒之丞にも、あまりわかっていない。
ただ、やってしまったと思った。
ああ、争いになるなと思った。
こうやって始めるのは、自分ではなく、相棒の役なのにと。
ついでだと、胸板に蹴りを打ち込んでおく。
男の身体が、跳ねた。
刀を抜く音。
そちらのほうに目をやった。
声をあげ、斬りかかってくる。
跳んで、白刃をかわした。
膝。
顔に叩き込んだ。
刀が、ころんと転がる。はふっと息を吐いた。
少し跳びすぎたかと思う。まあ、いい。
あと、一人。
弱いなと思った。
所詮、人と、妖だ。
兄貴分と思しき男。刀をきちっと構えていた。喧嘩慣れしているらしい。
黒之丞は、弱いなと、思った。
「やめて」
女が、言った。
黒之丞が、びくんと動きを止めた。家を見る。女の顔があった。
もう一度言われると、立ち上がり、男から離れた。
若い男が、刀を拾うと、兄貴分の男を抱えて逃げていく。
それを、じっと大きな目で、見つめる。
汚れていた。
「ちょっと洗ってくる」
そう言うと、裏手に回る。
井戸の水で、争いの痕を洗い流す。ふるると、身体を震わせる。
「朝めし」を腰につけた袋から取り出すと、丁寧に洗った。
家に行く。声をかけてから、中に入る。
膝を抱え、女は隙間だらけの壁にもたれていた。
「琵琶は?」
立ったまま、訊く。女は答えなかった。
黒之丞は女に近づくと床に手をつけた。女が、黒之丞に顔を向ける。
床板を外した。簡単に外れた。
穴がある。
覗き込み、そっと板を戻した。
「隠しているのか」
女は、答えなかった。
「ふぅん……魚、食べられるか?」
「魚?」
「そうだ」
「好き……です」
囲炉裏に火をつける。さっき捕ってきた川魚を枝で突き刺し、火にかざした。
三匹。それを終えると、その場に座った。
じっと、灼く。時折、裏返す。
匂いが、した。女が、囲炉裏に身を寄せる。男と、反対側。
もういいだろうと、魚を、取る。
女に近づき手を掴むと、少し力が返ってきた。
「魚を焼いた。多分、いわなだろう」
枝を持たせると、すぐに離れ、元の位置に戻った。
熱いぞ。そう言う前に、女は口をつけていた。
「あつっ!」
「……熱いと言おうと思ったのに……」
ふーふーと息を吹きかけている。
微笑ましかった。それが、顔に出た。
はてと、眉をしかめた。こんな風に笑うのは、久し振りだった。
一拍おいて、また、鈍い音がする。
男が馬乗りになって、拳を打ち付けていた。
頬に、男のものでない血が飛んだ。
にっと、嗤う。
長い舌で、血を、舐め捕った。
掴みかかった男の鼻に、拳を叩き込む。
男が、膝をついた。鮮血をたらす。
なにが起こったのか、わかっていないようであった。
黒之丞にも、あまりわかっていない。
ただ、やってしまったと思った。
ああ、争いになるなと思った。
こうやって始めるのは、自分ではなく、相棒の役なのにと。
ついでだと、胸板に蹴りを打ち込んでおく。
男の身体が、跳ねた。
刀を抜く音。
そちらのほうに目をやった。
声をあげ、斬りかかってくる。
跳んで、白刃をかわした。
膝。
顔に叩き込んだ。
刀が、ころんと転がる。はふっと息を吐いた。
少し跳びすぎたかと思う。まあ、いい。
あと、一人。
弱いなと思った。
所詮、人と、妖だ。
兄貴分と思しき男。刀をきちっと構えていた。喧嘩慣れしているらしい。
黒之丞は、弱いなと、思った。
「やめて」
女が、言った。
黒之丞が、びくんと動きを止めた。家を見る。女の顔があった。
もう一度言われると、立ち上がり、男から離れた。
若い男が、刀を拾うと、兄貴分の男を抱えて逃げていく。
それを、じっと大きな目で、見つめる。
汚れていた。
「ちょっと洗ってくる」
そう言うと、裏手に回る。
井戸の水で、争いの痕を洗い流す。ふるると、身体を震わせる。
「朝めし」を腰につけた袋から取り出すと、丁寧に洗った。
家に行く。声をかけてから、中に入る。
膝を抱え、女は隙間だらけの壁にもたれていた。
「琵琶は?」
立ったまま、訊く。女は答えなかった。
黒之丞は女に近づくと床に手をつけた。女が、黒之丞に顔を向ける。
床板を外した。簡単に外れた。
穴がある。
覗き込み、そっと板を戻した。
「隠しているのか」
女は、答えなかった。
「ふぅん……魚、食べられるか?」
「魚?」
「そうだ」
「好き……です」
囲炉裏に火をつける。さっき捕ってきた川魚を枝で突き刺し、火にかざした。
三匹。それを終えると、その場に座った。
じっと、灼く。時折、裏返す。
匂いが、した。女が、囲炉裏に身を寄せる。男と、反対側。
もういいだろうと、魚を、取る。
女に近づき手を掴むと、少し力が返ってきた。
「魚を焼いた。多分、いわなだろう」
枝を持たせると、すぐに離れ、元の位置に戻った。
熱いぞ。そう言う前に、女は口をつけていた。
「あつっ!」
「……熱いと言おうと思ったのに……」
ふーふーと息を吹きかけている。
微笑ましかった。それが、顔に出た。
はてと、眉をしかめた。こんな風に笑うのは、久し振りだった。