小説置き場2

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あやかし姫番外編~やつあしとびわ(7)~

 どすっと鈍い音がした。
 一拍おいて、また、鈍い音がする。
 男が馬乗りになって、拳を打ち付けていた。
 頬に、男のものでない血が飛んだ。
 にっと、嗤う。
 長い舌で、血を、舐め捕った。
 


 掴みかかった男の鼻に、拳を叩き込む。
 男が、膝をついた。鮮血をたらす。
 なにが起こったのか、わかっていないようであった。
 黒之丞にも、あまりわかっていない。
 ただ、やってしまったと思った。
 ああ、争いになるなと思った。
 こうやって始めるのは、自分ではなく、相棒の役なのにと。
 ついでだと、胸板に蹴りを打ち込んでおく。
 男の身体が、跳ねた。
 刀を抜く音。
 そちらのほうに目をやった。
 声をあげ、斬りかかってくる。
 跳んで、白刃をかわした。
 膝。
 顔に叩き込んだ。
 刀が、ころんと転がる。はふっと息を吐いた。
 少し跳びすぎたかと思う。まあ、いい。
 あと、一人。
 弱いなと思った。
 所詮、人と、妖だ。
 兄貴分と思しき男。刀をきちっと構えていた。喧嘩慣れしているらしい。
 黒之丞は、弱いなと、思った。



「やめて」
 女が、言った。
 黒之丞が、びくんと動きを止めた。家を見る。女の顔があった。
 もう一度言われると、立ち上がり、男から離れた。
 若い男が、刀を拾うと、兄貴分の男を抱えて逃げていく。
 それを、じっと大きな目で、見つめる。
 汚れていた。
「ちょっと洗ってくる」
 そう言うと、裏手に回る。
 井戸の水で、争いの痕を洗い流す。ふるると、身体を震わせる。
 「朝めし」を腰につけた袋から取り出すと、丁寧に洗った。
 家に行く。声をかけてから、中に入る。
 膝を抱え、女は隙間だらけの壁にもたれていた。
「琵琶は?」
 立ったまま、訊く。女は答えなかった。
 黒之丞は女に近づくと床に手をつけた。女が、黒之丞に顔を向ける。
 床板を外した。簡単に外れた。
 穴がある。
 覗き込み、そっと板を戻した。
「隠しているのか」
 女は、答えなかった。
「ふぅん……魚、食べられるか?」
「魚?」
「そうだ」
「好き……です」
 囲炉裏に火をつける。さっき捕ってきた川魚を枝で突き刺し、火にかざした。
 三匹。それを終えると、その場に座った。
 じっと、灼く。時折、裏返す。
 匂いが、した。女が、囲炉裏に身を寄せる。男と、反対側。
 もういいだろうと、魚を、取る。
 女に近づき手を掴むと、少し力が返ってきた。
「魚を焼いた。多分、いわなだろう」
 枝を持たせると、すぐに離れ、元の位置に戻った。
 熱いぞ。そう言う前に、女は口をつけていた。
「あつっ!」
「……熱いと言おうと思ったのに……」
 ふーふーと息を吹きかけている。
 微笑ましかった。それが、顔に出た。
 はてと、眉をしかめた。こんな風に笑うのは、久し振りだった。