小説置き場2

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あやかし姫番外編~やつあしとびわ(8)~

「美味しいです」
 女が、ほんのりと微笑を浮かべながら言った。
 黙って、俯いて、その言葉を聞く。
 黒之丞が一本。
 女が二本。
 二人で、平らげた。
「本当に、美味しかったです……」
 黒之丞が、少し、顔をあげた。
 女は、何か言いたげな顔をしていた。
 迷っているようであった。
 そう、見えた。
「ねえ、妖さま」
「なんだ」
「やっぱり……私を、食べてもらえませんか? 琵琶ごと、琵琶と一緒に」
 そう、言った。
「俺は、人は喰わぬ」
「でも……やっぱり、その方が良いと思うんです」
 床板を外すと、女は琵琶を、取り出した。
 愛おしげに、悲しげに、ほろんと琵琶を撫でた。
「だって……もう」
 男が言ったことを反芻した。
 反芻して、口にした。
「あの男達は、今日までだと、言っていた」
「今日が、返す期日だって……知っていましたよ。でも、どうすればいいんですか? 見知らぬ土地で、三日で。そんなの、無理ですよ……。この琵琶は、取り上げられて、誰かの手に渡るでしょう。私は……私も、売られるのでしょうか。いえ、やっぱり飢え死にするのでしょうね。ゆっくりと……そんなの、嫌です。だから、お願いです。美味しくないと思いますけど、お口に合わないと思いますけど。もう、いいんです。私みたいな女、生きていてもしょうがないんです。だから、あの人、私から離れていったんです……お願いです」
「どうして、俺が」
「妖さま、優しい人みたいだから……お願いです」
 女は、泣きそうに、泣きそうに、そう、言った。
 優しい。
 俺が?
 くるくると、その言葉は輪になった。
 ――いや、俺は、優しくない。



「それで、逃げてきたってわけか。三人で一人に負けたってのか」
「親分! あいつ、馬鹿みたいに強いんだって!」
「は、情けないねぇ。吉蔵一家の名折れだ」
 ざっと、十人ばかしが、その部屋にたむろしていた。
 皆、目つきが鋭い。
 親分と呼ばれた中年の男が、傷だらけの若い男に近づいていく。
 吉蔵。このあたりを仕切る、金貸しであった。
「全く。金になるから琵琶と女を連れてこいと言ったのに。もう、売る手筈は整えているんだ。先方も待ちかねているんだ」
「でも」
「でもじゃないだろう、この、だぼがよぉ」
 刀を、抜いた。若い男の両肩を、他の男が押さえた。
 吉蔵は、首に刃を、当てた。
「待て」
「……蝮の旦那」
「そんなに、強かったのか」
 蝮――刀を、大事そうに抱えた男が、言った。
「あ、ああ! 強いってもんじゃねよ!」
「面白い……吉蔵さん。久し振りに、どうだ?」
 蝮と呼ばれた男は、くいっと首を掻ききる仕草をした。
 吉蔵が頷く。
 小を漏らした男の耳元で――次、へますんじゃねぞ。
 そう言うと、吉蔵は、
「支度しろぃ!」
 声を、張り上げた。
 応!
 蝮は、面白くなりそうだと、一家の人間を見ながら忍び笑いを浮かべた。