小説置き場2

山岳に寺社仏閣に両生類に爬虫類に妖怪に三国志にetcetc

あやかし姫番外編~やつあしとびわ(9)~

「えっと……なにを、しているのですか?」
「杖作り」
 しゃっ、
 しゃっ、
 しゃっ、
 と、木を、研いでいく。器用に、器用に、蟲の、脚で。
 息を吹きかけると、木屑がさあっと、消えていった。
「あの……どうして?」
「お前のため」
 黒之丞が、言った。
 女は、どうして――
 と囁き、確かめるようにゆっくりとした足取りで、黒之丞に近づいていった。
「あぅ」
「……」
 そして、こつんとぶつかった。女の膝が、黒之丞の背中に当たった。
 腕の動きが、止まった。
「……すみません。外、慣れてなくて」
「うん」
 女が、黒之丞の隣に腰を下ろした。
 家の外。
 土筆、蒲公英、春の、緑。
 ひらひらと、遠くに、白蝶が飛んでいた。
 決して、近寄ってはこない。
「杖、ないんだろう?」
「……持っていかれました……」
 ぎゅっと、唇を噛む。悔しそうに、辛そうに。
「作った、使え」
 女の手に、杖を、握らせた。
 満足げに頷くと、
「良さそうだな。行くぞ」
 そう、言った。
「……行くって、どこへですか?」 
「ここにいても、しょうがない。頼りになりそうなところはないのか?」
「……ないですよ」
「……大きな街で琵琶を弾いていると言っていたな」
「興行主さんと、喧嘩別れしてしまいましたから……」
「なにか、ないのか?」
「……ないですよ……琵琶と、暮らしてきたんです。人様に迷惑をかけないように」
「……そうか……」
 深くは、尋ねなかった。
 言いたくなれば、自分から言うだろう。
「俺の知り合いに、お前のことを、頼もうと思う」
「はい? その人は、妖……」
「妖だ。人と、関わっているな」
 女は、少し考えるように、首を傾げた。
 表情が、ぱぁっと明るくなる。
 それから、
「……駄目ですよ」
 そう、言った。
「駄目ですよ、そんなの。迷惑を、かけてしまう。それに、それに、それに……」
 女の表情が、変わった。
 かたかたと震え出すと、急に立ち上がった。蒼白に、なっている。
 怯えの、匂い。すんと、強く、感じられた。
 何だと、思った。
 何に、怯えていると。
 自分達以外の気配は、何もないのに。