小説置き場2

山岳に寺社仏閣に両生類に爬虫類に妖怪に三国志にetcetc

あやかし姫番外編~やつあしとびわ(19)~

「これが、最後です」
 白蝉が、言った。
「喜んでもらえたようで……よかった」
 そう、言った。
 琵琶を抱き締めると、もう一度、よかったと言った。
「食べない」
 黒之丞が、言う。
 白蝉は、自分の耳を疑った。
「食べない、今、そう言いましたか?」
「言った」
 白蝉に、隻腕の男が近づいていく。
 岩を覆う蜘蛛の糸が、月の光を反射していた。
「食べないことにした」
「……私は、食べてとお願いしているんです」
「嫌だ」
 首を振る。辛そうに、蜘蛛が首を振る。
 じっと、白蝉は顔を黒之丞に向けていた。
「なあ、もう少し、生きてみろ」
「……なんだっていうの……」
「生きて、みろ」
「うるさい! もう、もう、生きていてもどうしようもないじゃない! なんの為に、生きるっていうの!? 私は、ここでお仕舞いにしたいの!」
 全てを、亡くしたのだ。
 全てを。
 もう、疲れたのだ。
「……俺の為に、生きろ」
 黒之丞が、言った。
 淡々と、言った。
 その言葉は――白蝉の耳に、真っ直ぐに届いた。
「……意味が、わかりません」
「……俺も、わからん」
 黒之丞が、顔を横に向けた。
 木々が、目に映る。
 獣の、鳥の、声は響くが、蟲の声は聞こえなかった。
「なんですか、それ」
「なんなのだろう」
 そう言ってから、白蝉に顔を戻した。
「何を言っているんだ、俺は」
「……可笑しな、人ですね」
 白蝉の顔は、悲しそうで、あった。
「本当に、可笑しな人」
 そう、押し殺した声を、出した。
「本当に可笑しな、妖さま」
「どうするのだ?」
「……どう、しましょうか」
 白蝉が、笑った。
 黒之丞は、白蝉を抱き締めた。
 人、なのによ……
 妖、なのによ……
 糸に絡まったのは、俺の方かと、歳経て転じた化け蜘蛛は思った――



「あ……」
「姫様?」
 いつものいつもの古寺の廊下。
 とことこ歩いていた姫様が、洗濯物を落とした。
 和気藹々と後に付いていた妖達がどうしたのーっと騒ぎながらそれを拾う。
 葉子が、もう、っと言いながら、固まっている姫様を見た。
 はて、と首を傾げ、姫様の手を見て、大いに大いに慌てた。
 姫様の手――びっしりと鳥肌が立っていたのだ。
「姫様! え、えぇ!? ど、どしたの!」
「静かに、葉子さん」
 姫様は、落ち着いていた。
 廻りの方が、ずっと慌てている。
「だ、だって、だってねえぇ!??」
「いいからいいから」
 妖狼がすっ飛んでくる。
 妖達が、集まってくる。
 頭領と黒之助が、顔を出した。
「……誰か、お客様みたいです」
 そう、言った。鳥肌が引いていく。
 ありがとうと、「心配、心配」と騒ぐ妖達から洗濯物を受け取った。
「客?」
 葉子があたふたしながら尋ねた。
 変わりないよなと、太郎が呟く。
「ええ、お客様」
 妖狼の額に手を置いた。
 ぶるっと震えると、自分の部屋に向かっていった。