小説置き場2

山岳に寺社仏閣に両生類に爬虫類に妖怪に三国志にetcetc

あやかし姫~姫と狼(3)~

「あの丸薬」
「丸薬がどしたの?」
「なんの薬だろう」
 姫様が、首を傾げた。
「決まってんだろ。風邪の薬だろうが」
 ぽかんとしている沙羅と葉子を尻目に、太郎が答えた。
 太郎は、人の姿であった。
 柱に、持たれている。白い大きな尾が、くるくると動いていた。
「風邪……そうだよね」
「そうに決まってるさね。他になにがあるっての」
「見たことない薬だから、ちょっとね」
「姫様が、見たことない?」
「うん。あんな色、見たことない」
 新しい薬かなぁっと、のんびりと、言った。
 葉子がそうそうと相槌を打った。銀の尾を、小刻みに震わせながら。
 自分の尾も震えているかもしれないと、太郎は思った。
 姫様は薬のことに詳しい。
 頭領と、同じぐらいに。
 幼いときから書物と親しみ、頭領に教わってきた。
 その姫様が、知らない薬。
 新しい薬、もしくは……違う、病。
 そこで、太郎は、思考を止めた。
 己が、気付いたのだ。
 沙羅も、葉子も、気が付いたはずだ。
 ――姫様も。
「もしかして私」
 やめろ。
「別の重い」
 姫様、やめろ。
「病なのかな」
 そう、姫様が言った。
 妖達は、なにも言えなかった。
 頭領からは、風邪だとしか聞かされていない。自分達も、風邪だとばかり思っていた。
 雨に、うたれて。風邪を引いたと。
 雨に?
 ドウシテ、姫様ハ雨ニウタレテイタ?
「頭領……」
 葉子が、顔を歪ませた。
「重い病!?」
 大きな声が、女の子の大きな声が、居間に響いた。
 涙声。
 それは、響き、庭にざっと抜けていった。
「朱桜ちゃん!?」
「彩花さま!」
 居間の入り口からわんという泣き声とともに駆け寄ると、鬼の娘が泣きながら姫様にしがみついた。
「嘘です! 彩花さまが重い病なんて、嘘です!」
 困り顔になると、助けを求めるように姫様は葉子を見やった。小さな身体が、小さな力でしがみついている。
 姫様は朱桜を抱き締めると、
「えっと……朱桜ちゃん、どうして?」
 そう、言った。
 朱桜は泣き止まなかった。わんわんと、大きな声で泣き続けた。
「手紙にはなにも」
 朱桜には、寝込んでいるとは教えなかった。
 心配するからと。
 小さな鬼に、心配かけたくないからと。
「葉子さんが、お手紙くれたです。彩花さまが風邪引いたって。だから、急いで来たですよ。風邪って聞いたのに、風邪って書いてたのに。嫌ですよ。母さまと同じですか!? 母さまと、母さまと……そんなの、いやですよ……」
 朱桜は、母を、病で亡くしていた。
「そんなことないから。ただの風邪だから、うん。そんなに、泣かなくていいよ。心配、しなくてもいいよ」
 姫様は、じとっと葉子を見やった。だってと銀狐が狼狽えて。
「でも……」
「朱桜、もう、泣くな」
 葉子が、太郎が、沙羅が、居住まいを正した。妖達が、折り重なるように部屋の隅っこの方へ。
 かって、大妖と呼ばれた鬼――茨木童子が、姿を現したのだ。
「茨木さん、貴方が?」
 姫様が、茨木童子を見やった。
 茨木童子も、姫様を見やった。
「うん……北に行くと言うと、連れて行ってほしいとせがまれてな」
 それから、茨木童子は朱桜の頭に綺麗な手を、置いた。
「泣くな。そんなに大きな声で泣くと、彩花ちゃんの身に響くかもしれんぞ。俺も、悲しい」
 すごく、悲しい。
「……」
 姫様の身に響くと言うと、朱桜はすぐに泣き止んだ。
「よし、良い子だ。今日一日、朱桜がここにいてもいいか?」
「はい」
「邪魔じゃ、ないですか?」
 おずおずと、尋ねた。
 そんなことない。きっぱりと、姫様が言った。
「約束は、守れよ。守れなければ」
「大丈夫です、叔父上」
 ふむ、と、黒之助が顎に触れた。
「茨木、来ていたのか」
 頭領が、後ろから声をかけた。顔色が悪いと思った。
 血の気が、薄い。無理もないと思った。
 自分も、兄も、朱桜が風邪を引いたとき、似たような顔をしていた。
 それから――少し、茨木童子は不思議そうな顔をした。そういえばと、姫様を見やる。
 風邪のせいか。
 こういうこともあるのだなと思った。
 我ら二人が、ここに近づいている事に、気が付かないなんて。
「朱桜のこと、頼むぞ」
「やまめ殿によろしくな」
 山姥の名を出すと、茨木童子は、うんと顔を恥ずかしげに傾けた。