あやかし姫~姫と狼(4)~
陽が、落ちようとしていた。
赤い赤い陽の光が、差し込んでくる。
朱桜は、心配そうに姫様を見つめていた。
沙羅は、うとうと眠りかけていた。
葉子も、うとうととし、いかんいかんと顔をはたいた。
まだ、たったの四日。四日寝てないだけじゃないかと。
太郎と黒之助は、夕日を浴びながら、人の姿で壁にもたれ掛かっていた。
姫様は、上体を起こし、庭を見ていた。
春の穏やかな風を、気持ちよさそうに姫様は浴びていた。
そろそろ、夕飯の時間。
葉子の番。
太郎と黒之助に、きちんと見ててと声をかけると、立ち上がった。
さて、廊下に出ようかというとき――姫様が、けほっと咳をした。
葉子の眉間に、皺が寄った。
もう一度咳が聞こえて、葉子は姫様を振り返った。
「姫様」
「ん……大丈夫……」
そう言って、また、咳をした。
頬を紅潮させながら、咳きこみ始めた。
口を、右手で押さえる。
左手で、胸を、押さえる。
姫様の背に回ると、葉子が背中をさすり始めた。
黒之助が頭領を呼びにいく。
沙羅と朱桜はおろおろとするばかりで何も出来なかった。
「姫様?」
太郎が、言った。答えは、帰ってこなかった。
「姫様!」
声のかわりに、何かが、飛び散った。
太郎は、顔に降りかかった「それ」に、そっと触れた。
それから、おそるおそる姫様の顔を見やった。
もう、紅潮していなかった。
白く、澄んでいた。
白く澄んで、赤いものに汚されていた。
沙羅が、震え、朱桜が、涙を貯めた。
葉子の、背中をさすっていた手が、止まった。
恐ろしいほどに、静かだった。
皆が、凍てついていた。苦しそうな、姫様の息をする音だけが聞こえた。
「……」
手を、伸ばした。
姫様が、太郎に、手を伸ばした。
赤い妖狼が、姫様に顔を近づけた。
「汚れちゃった……」
太郎の顔についた己の血を、指で拭うと、そう、言った。
「おかしいなぁ……風邪の、筈なのに……」
葉子の手に、重みが宿る。
姫様は、目を、瞑っていた。
頭領の、気配。
太郎は、廊下を見やった。
目を見張る黒之助と、頭領が、そこにいた。
頭領は、すっと姫様の隣に姿を移すと、じっと姫様の顔を覗き込んだ。
大きな声を、太郎は出そうとした。
でも出せなかった。
誰も、出せなかった。
睨まれていた。
沙羅も、朱桜も、息を呑んだ。
葉子も、黒之助も、小妖達も。
頭領が、これでいいと言うと、小さく微笑んだ。
布団が、新しい物に替えられていた。
そこで、古寺のあやかし姫は、くぅくぅと寝息を立てている。
古寺の妖達も、姫様の周りでくぅくぅ寝息を立てている。
銀狐と朱桜は、姫様の手を握っていた。
ただ、一人。
太郎だけが、起きていた。
半人、半妖。
人の身に、金銀妖瞳を光らせながら。
頭領は、言った。
病で、あったと。
風邪では、なかったと。
胸の病。古い血が身体の外に出る事で、病は終わると。
どうして言ってくれなかったのかと葉子と黒之助が詰め寄ると、
「彩花に心労をかけさせたくなかった」
そう、答えた。
お前達が気を揉めば、この子が、自分のせいだと思い悩む。
それは、病を重くする。それは、避けたかったと。
一応、筋は通っている。
だが……
「……どうして、姫様は雨にうたれていた?」
誰も、その事に触れない。
多分、頭領が、触れないよう呪いを施した。
「わかんねぇよ……全然、わかんねぇ」
姫様が無事なら、それで満足すべきなのだろう。
こうやって、今、姫様は穏やかな顔になっている。
ここに、ちゃんと、いる。
「……だよな。姫様は、治ったんだ。病だかなんだか知らないけれど。頭領が、俺達の知らない間に手を打って」
部屋に籠もっていたのは、そのためか。籠もっているように見せかけて、色々と飛びまわっていたのかもしれない。
とにかく……明日から、いつもの姫様だ。
また、姫様と、いつもの騒がしい穏やかな暮らしが戻ってくる。
太郎が、くっと笑った。
嬉しくて、笑った。
くつくつと、笑った。
誰かが、笑った。
赤い赤い陽の光が、差し込んでくる。
朱桜は、心配そうに姫様を見つめていた。
沙羅は、うとうと眠りかけていた。
葉子も、うとうととし、いかんいかんと顔をはたいた。
まだ、たったの四日。四日寝てないだけじゃないかと。
太郎と黒之助は、夕日を浴びながら、人の姿で壁にもたれ掛かっていた。
姫様は、上体を起こし、庭を見ていた。
春の穏やかな風を、気持ちよさそうに姫様は浴びていた。
そろそろ、夕飯の時間。
葉子の番。
太郎と黒之助に、きちんと見ててと声をかけると、立ち上がった。
さて、廊下に出ようかというとき――姫様が、けほっと咳をした。
葉子の眉間に、皺が寄った。
もう一度咳が聞こえて、葉子は姫様を振り返った。
「姫様」
「ん……大丈夫……」
そう言って、また、咳をした。
頬を紅潮させながら、咳きこみ始めた。
口を、右手で押さえる。
左手で、胸を、押さえる。
姫様の背に回ると、葉子が背中をさすり始めた。
黒之助が頭領を呼びにいく。
沙羅と朱桜はおろおろとするばかりで何も出来なかった。
「姫様?」
太郎が、言った。答えは、帰ってこなかった。
「姫様!」
声のかわりに、何かが、飛び散った。
太郎は、顔に降りかかった「それ」に、そっと触れた。
それから、おそるおそる姫様の顔を見やった。
もう、紅潮していなかった。
白く、澄んでいた。
白く澄んで、赤いものに汚されていた。
沙羅が、震え、朱桜が、涙を貯めた。
葉子の、背中をさすっていた手が、止まった。
恐ろしいほどに、静かだった。
皆が、凍てついていた。苦しそうな、姫様の息をする音だけが聞こえた。
「……」
手を、伸ばした。
姫様が、太郎に、手を伸ばした。
赤い妖狼が、姫様に顔を近づけた。
「汚れちゃった……」
太郎の顔についた己の血を、指で拭うと、そう、言った。
「おかしいなぁ……風邪の、筈なのに……」
葉子の手に、重みが宿る。
姫様は、目を、瞑っていた。
頭領の、気配。
太郎は、廊下を見やった。
目を見張る黒之助と、頭領が、そこにいた。
頭領は、すっと姫様の隣に姿を移すと、じっと姫様の顔を覗き込んだ。
大きな声を、太郎は出そうとした。
でも出せなかった。
誰も、出せなかった。
睨まれていた。
沙羅も、朱桜も、息を呑んだ。
葉子も、黒之助も、小妖達も。
頭領が、これでいいと言うと、小さく微笑んだ。
布団が、新しい物に替えられていた。
そこで、古寺のあやかし姫は、くぅくぅと寝息を立てている。
古寺の妖達も、姫様の周りでくぅくぅ寝息を立てている。
銀狐と朱桜は、姫様の手を握っていた。
ただ、一人。
太郎だけが、起きていた。
半人、半妖。
人の身に、金銀妖瞳を光らせながら。
頭領は、言った。
病で、あったと。
風邪では、なかったと。
胸の病。古い血が身体の外に出る事で、病は終わると。
どうして言ってくれなかったのかと葉子と黒之助が詰め寄ると、
「彩花に心労をかけさせたくなかった」
そう、答えた。
お前達が気を揉めば、この子が、自分のせいだと思い悩む。
それは、病を重くする。それは、避けたかったと。
一応、筋は通っている。
だが……
「……どうして、姫様は雨にうたれていた?」
誰も、その事に触れない。
多分、頭領が、触れないよう呪いを施した。
「わかんねぇよ……全然、わかんねぇ」
姫様が無事なら、それで満足すべきなのだろう。
こうやって、今、姫様は穏やかな顔になっている。
ここに、ちゃんと、いる。
「……だよな。姫様は、治ったんだ。病だかなんだか知らないけれど。頭領が、俺達の知らない間に手を打って」
部屋に籠もっていたのは、そのためか。籠もっているように見せかけて、色々と飛びまわっていたのかもしれない。
とにかく……明日から、いつもの姫様だ。
また、姫様と、いつもの騒がしい穏やかな暮らしが戻ってくる。
太郎が、くっと笑った。
嬉しくて、笑った。
くつくつと、笑った。
誰かが、笑った。