あやかし姫番外編~鬼之姫と(7)~
三つの、宝剣。
大通連、
小通連、
釼明。
それを、そっと鬼姫は撫でていく。
小太刀――小通連が、嬉しげに宙を踊る。
大太刀――釼明が、早く鞘から抜けと訴えるかのように、鬼姫の前をふらふらと。
巨大な巨大な刀――大通連は、小刻みに小刻みに身を、震わせていた。
「三本……三本とも、ここにあるのかよ。あんた一人が、持ってんのかよ」
「そうだよ。兄上も俊宗も、ここにはいないけど、刀は、ここにあるよ」
虎熊が、忌々しげに刀を眺める。
その瞳には、憎悪が塗り込められていた。
「そう、嫌わないでよ。私の大事な躯なんだから」
ねえ?
そう、刀に訴えかけると、鬼姫が四匹の鬼に近づいた。
「……格好、戻したら? そっちの方が、私は好きだよ。あ、もちろん、俊宗には負けるぞ。当たり前だよね、ふふん……。私はね、そうやって敵意ばっかり向けられても、困るわけよ」
「あんたは、いつもそうだ」
石熊が、言った。
「いつも?」
「そうやって、気にくわないものを、力でねじ伏せる」
ああ、そうだね……
「だって、あるんだもの。使わないと、損でしょ。それに、さあ……」
「それに、何ですか?」
朱桜が、言った。もう、泣いていなかった。
ついっと前に出ると、鈴を胸に抱いたまま、小鈴と向き合った。
「それ、何だか怖いです……鈴ちゃんも、怖がってるですよ。
鈴鹿……小鈴さん、何をしに来たですか?
私、嬉しかったのに。
白月ちゃんと光君と会えるって、遊べるって思って、嬉しかったのに。
これじゃあ……遊べないですよ。
困るですよ、こんなの」
「朱桜ちゃん……うーんとね」
小鈴が、くすぐったそうに、自分の手をもじもじとさせた。
「ああ、忘れてた。私の悪い癖だ。すぐ、かっとなっちゃう」
そうだったそうだった。
何をしに来たのか、忘れてた。
「全く、私ときたら困ったもんだぞ」
てへっと小さく舌を出す。
両の人差し指を少し動かす。
三本の刀は、瞬く間に姿を消した。
「これで、いいかな?」
「はい。虎熊さん、石熊さん、星熊さん、金熊さん」
「お、おう」
「喧嘩は、よくないです」
諭すように、言った。
年月重ねた鬼達が、小さな小さな鬼の娘に諭される。
小鈴は、少し、朱桜を見直した。
古寺の姫君の後をとことこと着いていくだけだと思っていたのに。
なかなか、立派な姫っぷりじゃないか。
鈴を持つ手が、震えてるけどね。
でも、これならさ……
にしても、うちの脳天気な幼児二人にも、見習って欲しいもんだ。
「ちっ」
舌打ちをすると、それぞれがそれぞれ、人の姿に戻る。
四つの同じ顔が揃う。
表情は違った。
怒り、
驚き、
喜び、
困惑。
四つの表情が、浮かび上がっていた。
「やっぱり同じじゃあ」
そう、白月が言った。
光と白月。
話に、全く付いていけていなかった。
暇だったので、二人で何をして遊ぼうかと話しをして。
その間、光は、白月の輝く力に守られていた。
光も、白月自身も、気が付いていなかったが。
「……ど、どうしよう……」
「うん?」
「それで……ど、どうすればいいですか?」
「私に、聞くの?」
「だって……父さまも、叔父上も、いないです……えっと、」
「そうだねぇ……」
「は、早く教えてほしいのです!」
鈴がぶんぶん上下に振られている。
まだ、子供なんだよね。
そう、まだ、子供。
良くできた娘だよ。本当に。
「何だろう……やっぱり、私は朱桜ちゃんのこと、気に入ってるよ」
「は? え、えええ? そ、それよりも、さ、彩花様なら、えっとえっと、うえぇ?」
ぐーるぐるぐーるぐる。
鈴が、朱桜の手の輪っかから抜け落ちた。
一声、かける。
「私達がここに来たのはさ、朱桜ちゃんと、そこのお子様二人が遊ぶためでしょ?」
「そ、そうでした、はい」
「じゃあ、そういう事で」
「は? はぇ?」
虎熊が、そっぽを向いた。
「遊びたい子は、この指とまれー」
ついっと、小鈴が人差し指を朱桜に向けた。
凝視する。
小首を傾げた。
「白月、光」
「ほいきた!」
「とまればよいのか!?」
二人が、ぽよんと小鈴の両脇に立つと、小鈴の指に同じ指をつけた。
「……むにゅ?」
考える。
小鈴の指に、そっと自分の指を重ねた。
「じゃあ、決まり。三人、」
鈴が、小鈴の脚に擦り寄り、ぴんと背筋を伸ばした。
「四人で、遊ぶ! 仲良く、遊ぶんだぞ!」
所在なさげな戦支度の鬼達。
星熊童子が首を振ると、ぞろぞろぞろぞろと消えていく。
虎熊は、それを引き留めようとした。
金熊も石熊も、星熊に同意する、そう、目で訴えて。
自分を、押さえるしか、なかった。
「一体、なんなんだ……」
それでも……胸の内より言葉は生まれ、声となって虎熊の身から抜け出していった。
「はい?」
「あんたは……一体何考えてんだよ。わかってんのか、自分がしていることが。これが、どういうことが?」
「えっと……誰だっけ?」
「虎熊さんです」
「ああ、虎熊童子か。そっくりすぎなんだっつうの。私がしたこと? 別に、大したことじゃないぞ」
「大ありだ。わかってんのか、石熊! 星熊! 金熊! これで、いいのか! こいつは、東なんだぞ! あの、悪路王の……」
沸々と、燃えていた。
そして……急に、冷めた。
小鈴の、眼。顔を背けるのが、精一杯であった。
朱桜の不思議そうな顔を見て、小鈴は、ふっと笑った。
「そうなんだけどさあ……そうなんだけどね……」
小鈴が、言う。困ったように、言う。
「言うんだもの」
虎熊が、息を吐いた。
「こいつらが、遊びたいって」
二人の頭を撫でる。
くしゃくしゃと撫で、鈴鹿御前は、溜息を吐いた。
「……遊ばせて、やりたいじゃない」
また、鈴鹿御前は、溜息を吐いた。
大通連、
小通連、
釼明。
それを、そっと鬼姫は撫でていく。
小太刀――小通連が、嬉しげに宙を踊る。
大太刀――釼明が、早く鞘から抜けと訴えるかのように、鬼姫の前をふらふらと。
巨大な巨大な刀――大通連は、小刻みに小刻みに身を、震わせていた。
「三本……三本とも、ここにあるのかよ。あんた一人が、持ってんのかよ」
「そうだよ。兄上も俊宗も、ここにはいないけど、刀は、ここにあるよ」
虎熊が、忌々しげに刀を眺める。
その瞳には、憎悪が塗り込められていた。
「そう、嫌わないでよ。私の大事な躯なんだから」
ねえ?
そう、刀に訴えかけると、鬼姫が四匹の鬼に近づいた。
「……格好、戻したら? そっちの方が、私は好きだよ。あ、もちろん、俊宗には負けるぞ。当たり前だよね、ふふん……。私はね、そうやって敵意ばっかり向けられても、困るわけよ」
「あんたは、いつもそうだ」
石熊が、言った。
「いつも?」
「そうやって、気にくわないものを、力でねじ伏せる」
ああ、そうだね……
「だって、あるんだもの。使わないと、損でしょ。それに、さあ……」
「それに、何ですか?」
朱桜が、言った。もう、泣いていなかった。
ついっと前に出ると、鈴を胸に抱いたまま、小鈴と向き合った。
「それ、何だか怖いです……鈴ちゃんも、怖がってるですよ。
鈴鹿……小鈴さん、何をしに来たですか?
私、嬉しかったのに。
白月ちゃんと光君と会えるって、遊べるって思って、嬉しかったのに。
これじゃあ……遊べないですよ。
困るですよ、こんなの」
「朱桜ちゃん……うーんとね」
小鈴が、くすぐったそうに、自分の手をもじもじとさせた。
「ああ、忘れてた。私の悪い癖だ。すぐ、かっとなっちゃう」
そうだったそうだった。
何をしに来たのか、忘れてた。
「全く、私ときたら困ったもんだぞ」
てへっと小さく舌を出す。
両の人差し指を少し動かす。
三本の刀は、瞬く間に姿を消した。
「これで、いいかな?」
「はい。虎熊さん、石熊さん、星熊さん、金熊さん」
「お、おう」
「喧嘩は、よくないです」
諭すように、言った。
年月重ねた鬼達が、小さな小さな鬼の娘に諭される。
小鈴は、少し、朱桜を見直した。
古寺の姫君の後をとことこと着いていくだけだと思っていたのに。
なかなか、立派な姫っぷりじゃないか。
鈴を持つ手が、震えてるけどね。
でも、これならさ……
にしても、うちの脳天気な幼児二人にも、見習って欲しいもんだ。
「ちっ」
舌打ちをすると、それぞれがそれぞれ、人の姿に戻る。
四つの同じ顔が揃う。
表情は違った。
怒り、
驚き、
喜び、
困惑。
四つの表情が、浮かび上がっていた。
「やっぱり同じじゃあ」
そう、白月が言った。
光と白月。
話に、全く付いていけていなかった。
暇だったので、二人で何をして遊ぼうかと話しをして。
その間、光は、白月の輝く力に守られていた。
光も、白月自身も、気が付いていなかったが。
「……ど、どうしよう……」
「うん?」
「それで……ど、どうすればいいですか?」
「私に、聞くの?」
「だって……父さまも、叔父上も、いないです……えっと、」
「そうだねぇ……」
「は、早く教えてほしいのです!」
鈴がぶんぶん上下に振られている。
まだ、子供なんだよね。
そう、まだ、子供。
良くできた娘だよ。本当に。
「何だろう……やっぱり、私は朱桜ちゃんのこと、気に入ってるよ」
「は? え、えええ? そ、それよりも、さ、彩花様なら、えっとえっと、うえぇ?」
ぐーるぐるぐーるぐる。
鈴が、朱桜の手の輪っかから抜け落ちた。
一声、かける。
「私達がここに来たのはさ、朱桜ちゃんと、そこのお子様二人が遊ぶためでしょ?」
「そ、そうでした、はい」
「じゃあ、そういう事で」
「は? はぇ?」
虎熊が、そっぽを向いた。
「遊びたい子は、この指とまれー」
ついっと、小鈴が人差し指を朱桜に向けた。
凝視する。
小首を傾げた。
「白月、光」
「ほいきた!」
「とまればよいのか!?」
二人が、ぽよんと小鈴の両脇に立つと、小鈴の指に同じ指をつけた。
「……むにゅ?」
考える。
小鈴の指に、そっと自分の指を重ねた。
「じゃあ、決まり。三人、」
鈴が、小鈴の脚に擦り寄り、ぴんと背筋を伸ばした。
「四人で、遊ぶ! 仲良く、遊ぶんだぞ!」
所在なさげな戦支度の鬼達。
星熊童子が首を振ると、ぞろぞろぞろぞろと消えていく。
虎熊は、それを引き留めようとした。
金熊も石熊も、星熊に同意する、そう、目で訴えて。
自分を、押さえるしか、なかった。
「一体、なんなんだ……」
それでも……胸の内より言葉は生まれ、声となって虎熊の身から抜け出していった。
「はい?」
「あんたは……一体何考えてんだよ。わかってんのか、自分がしていることが。これが、どういうことが?」
「えっと……誰だっけ?」
「虎熊さんです」
「ああ、虎熊童子か。そっくりすぎなんだっつうの。私がしたこと? 別に、大したことじゃないぞ」
「大ありだ。わかってんのか、石熊! 星熊! 金熊! これで、いいのか! こいつは、東なんだぞ! あの、悪路王の……」
沸々と、燃えていた。
そして……急に、冷めた。
小鈴の、眼。顔を背けるのが、精一杯であった。
朱桜の不思議そうな顔を見て、小鈴は、ふっと笑った。
「そうなんだけどさあ……そうなんだけどね……」
小鈴が、言う。困ったように、言う。
「言うんだもの」
虎熊が、息を吐いた。
「こいつらが、遊びたいって」
二人の頭を撫でる。
くしゃくしゃと撫で、鈴鹿御前は、溜息を吐いた。
「……遊ばせて、やりたいじゃない」
また、鈴鹿御前は、溜息を吐いた。