小説置き場2

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あやかし姫番外編~鬼之姫と(16)~

「お待たせなのです!」
 とんとんと、走る。
 息、切らせながら、走る。
 風のように、走る。
 彼女は気付いていないが、それは、人の疾さを越えていた。
 西の鬼の姫が、茜色の袋を二つ持って、かみなりさまと雪妖の巫女の前に立った。
「遅いのじゃ、朱桜ちゃん」
 白月が、言う。
 涙目で、言う。
「ごめんですよ。ちょっと、時間がかかったのですよ」
 はいです――
 朱桜は、二人に小さな布袋を差し出した。
 夕焼け色の、袋を、二人に。
「これは?」
 光が、尋ねた。
「おみやげなのです」
「おみやげ……おみやげなのか!」
 んぱー。
 にこにこ。
 顔が明るくなる。それでも、目は、少し潤んだまま。
 布の小袋を受け取ると、早速白月は中身を見ようと。
 慌てて朱桜がそれを遮った。
 ぶんぶんと手を振り回す。
「駄目、駄目です! 中身は、帰る途中で見てほしいのですよ」
「ん――」
 すごく残念そうに、白月は朱桜を見つめた。
 潤んだ、大きな目。
 負けそうに、なる。
 折れそうに、なる。
 それでも、朱桜は首を横に振った。
「おあずけじゃあ……」
「まあまあ」
 光が、白月を慰めて。
 それから、ありがとうと朱桜に言った。
 はにかむように微笑んで。
 白月も、
「ありがとうなのじゃ」
 そう、口にした。
「いいねえ……あたしの分は?」
 小鈴が、言った。
「にゃん?」
 鈴が、鳴いた。
 はいと笑うと、朱桜は、さらに二つ、袖口から小袋を出した。
「さすがだねぇ。いや、朱桜ちゃんは本当にいい子だ」
 楽しみだよ。
 ねえ、鈴?
 にゃん!
「……帰るよ」
 くるりと背を向けると、ばいばい――そう言って、小鈴と鈴は、牛車に消えた。
「帰るかぁ……帰るなぁ……」
 牛車を見る。
 鬼ヶ城と見比べる。
 お別れの時間。
 今日は、おしまい。もう、おしまい。
「またですよ、白月ちゃん、光君」
「すぐに、また、遊べるな? またこうやって、遊べるな?」
 今日は……楽しかった。
「きっと、すぐに遊べますよ」
「うむ……またなのじゃ」
 耐えきれなくなった。
 ぽろぽろと。
 雪妖の巫女は、氷の涙を、地に、零した。
「白月ちゃん」
 右手を、出す。
 小指だけが伸ばされていた。
 光にも、同じ形の左手を。
 二人が手を伸ばした。
 影が、重なる。
 ゆびきりげんまん――
 うそついたらはりせんぼんのーます――
 ゆびきった――
「約束ですよ。また、遊ぶですよ」
 そう、朱桜は言った。