愉快な呂布一家~錦馬超の選択(2)~
「俺が死ぬってか?」
腕を、後ろ手に縛られた。特に、抵抗はしなかった。
馬岱は、自由に城を歩けるようだった。
戦の後、どうなったか、うっすらと予想がついた。
「そう思ってんのか、馬岱?」
涙の痕を宿したまま、馬岱は顎を引いた。不意に、懐かしさが込み上げてきた。
この従妹は、小さいときから自分の後をずっと追いかけ続けてきた。
よく無茶をした。怪我は、日常茶飯事だった。
「魏延、魏延か。魏延は、馬岱の?」
魏延は、ずっと、馬岱を心配そうに見ていた。ふと、興味が湧いた。
「友達です」
そう顔を赤くしながら言うと、ここですと、足を止めた。
別に、俺がいなくなっても大丈夫そうだなと、馬超は思った。
大きな扉。
古い扉。
「馬超さんです」
魏延が、言った。扉が、ゆっくりと開かれていく。
馬超は、何度も目を瞬せた。懐かしい顔ぶれが、まず、目に飛び込んだのだ。
自分の、家族。
十部軍の、面々。
右に、ずらりと並んでいた。
そして……
「馬玩、龐徳」
自分と同じように、後ろでに固く結ばれていた。
「……呂布」
いた。椅子に、座っていた。
やっほーと、無邪気に手を振っている。振り返そうにも、手は、縛られていた。
どうやら、二人と並べばいいらしい。
左側は、一度だけ見たことのある顔がちらほらとあった。
自分と、互角……いや、自分を上回った娘も。
赤子を抱いている女もいた。
「陳宮、全員揃ったよ!」
「はい」
若い男が、呂布の傍らに立った。
……止まった。
えっとと、言うと、
「順に、順に。昨日、決めたでしょう」
そう、小声で陳宮が。
ふえ?
「どうしたらいいの?」
「……呂布様」
うーんと目を細め、少女が悩み始める。ど忘れしたらしい。馬超は、苦笑するしかなかった。
成公英の姿を探す。
いた。韓遂の隣にいた。どこか、目が、虚ろであった。
「私はねー」
「……」
「そうだ、まずは、あの戦の後、どうなったか知らないとね!」
陳宮!
「あー、はいはい。ま、まあ、見ての通りです。十部軍は、全て、呂布様に従いました。あなた達を除いて、ですが」
馬玩が、息を呑んだ。龐徳が、溜息を吐いた。
「今日は、あなた方の処遇をどうするか話し合う。そのために、お呼びしたのです」
「よいしょと」
呂布が、椅子から降りた。軽く鼻歌交じりに、馬超に近づいた。
本当に愛らしい顔立ちをしていると、馬超は思った。
これが、呂布か。
「二つに、一つ」
にこにこと、言う。
「死ぬか、私に従うか」
「ち、ちがーう!」
陳宮が頭を抱えながら叫んだ。
「違わないの!」
馬超は、少し首を傾げた。
ここで、従わぬと言えば――躊躇無く、呂布は武を振るう。そう、思った。
無邪気さは、残酷さと紙一重、か。
馬玩と龐徳が、こちらを見ていた。自分に従うというように。
そうだな……
もう少し、生きたいんだよな。
「俺は……」
「なになに?」
「涼州の武の華と、呼ばれ、それを誇りにしていた」
「鼻?」
呂布が、左を見やった。白い紙に、さらさらと字が書かれていく。あの、赤子を抱いた女の字だ。
わかんあいよーと呂布さんは口を尖らせ、女はがっくしと肩を落とした。
「……涼州で、一番強いってことだ」
「あ、じゃあ、わかる!」
うんうん!
「それを、誇りにしてたんだ」
「私も、誇りにしてることあるよ!」
「なんだ?」
「最強であること!」
ブイ!
にー!
「は……はは……最強か、最強であることか!」
「えー、笑わないでよ!」
ドン。
床に、ひびが入った。馬玩が、目を見開いた。
「笑わねえよ……そうだよな。武の華を散らすことができるのは、最強の戦姫だけだよな」
「……」
全然、言ってることがわかりません。そんな顔を、呂布さんはした。
もう、姉はなにもしてくれない。ぷいっと横を向いていた。
へそを曲げられたとかたかた震え、そんな呂布さんを見て、貂蝉はあの子ったらと苦笑いした。
「従う」
「そう、従ってくれるのかぁ」
呂布さんは、嬉しそうに頷いた。
「あれ?」
広間の空気が、塗り固められた。
「……本当にですか?」
陳宮が、恐る恐る言った。こんなにあっさりと従うと言うとは、思っていなかったのだ。
馬騰からも、他の十部軍の諸将からも、助命の嘆願は受けていた。
馬騰が従ったのもそのためだ。馬岱は、馬超が死ぬなら自分も死ぬと叫び、魏延の手をわずらわせていた。
馬超は気位が高いと聞いていた。交渉は難航するだろうと貂蝉と話し合っていた。
とにかく粘り強く……と思っていたら、これだ。
呂布さんはいきなりうっちゃって二者択一を迫るし、馬一族は固まっちゃうし、十部軍の面々は殺気立っちゃうし。
……成公英だけが、眉一つ動かしていなかった。
「……従うよ。錦馬超は、呂布の下で、働く」
前までの俺なら、絶対に言わなかったろうな。
そう、馬超は思った。
今は……こいつとなら、上手くいく。そんな気がした。
ねーっと呂布が笑った。
あははと陳宮が力無く笑った。
腕を、後ろ手に縛られた。特に、抵抗はしなかった。
馬岱は、自由に城を歩けるようだった。
戦の後、どうなったか、うっすらと予想がついた。
「そう思ってんのか、馬岱?」
涙の痕を宿したまま、馬岱は顎を引いた。不意に、懐かしさが込み上げてきた。
この従妹は、小さいときから自分の後をずっと追いかけ続けてきた。
よく無茶をした。怪我は、日常茶飯事だった。
「魏延、魏延か。魏延は、馬岱の?」
魏延は、ずっと、馬岱を心配そうに見ていた。ふと、興味が湧いた。
「友達です」
そう顔を赤くしながら言うと、ここですと、足を止めた。
別に、俺がいなくなっても大丈夫そうだなと、馬超は思った。
大きな扉。
古い扉。
「馬超さんです」
魏延が、言った。扉が、ゆっくりと開かれていく。
馬超は、何度も目を瞬せた。懐かしい顔ぶれが、まず、目に飛び込んだのだ。
自分の、家族。
十部軍の、面々。
右に、ずらりと並んでいた。
そして……
「馬玩、龐徳」
自分と同じように、後ろでに固く結ばれていた。
「……呂布」
いた。椅子に、座っていた。
やっほーと、無邪気に手を振っている。振り返そうにも、手は、縛られていた。
どうやら、二人と並べばいいらしい。
左側は、一度だけ見たことのある顔がちらほらとあった。
自分と、互角……いや、自分を上回った娘も。
赤子を抱いている女もいた。
「陳宮、全員揃ったよ!」
「はい」
若い男が、呂布の傍らに立った。
……止まった。
えっとと、言うと、
「順に、順に。昨日、決めたでしょう」
そう、小声で陳宮が。
ふえ?
「どうしたらいいの?」
「……呂布様」
うーんと目を細め、少女が悩み始める。ど忘れしたらしい。馬超は、苦笑するしかなかった。
成公英の姿を探す。
いた。韓遂の隣にいた。どこか、目が、虚ろであった。
「私はねー」
「……」
「そうだ、まずは、あの戦の後、どうなったか知らないとね!」
陳宮!
「あー、はいはい。ま、まあ、見ての通りです。十部軍は、全て、呂布様に従いました。あなた達を除いて、ですが」
馬玩が、息を呑んだ。龐徳が、溜息を吐いた。
「今日は、あなた方の処遇をどうするか話し合う。そのために、お呼びしたのです」
「よいしょと」
呂布が、椅子から降りた。軽く鼻歌交じりに、馬超に近づいた。
本当に愛らしい顔立ちをしていると、馬超は思った。
これが、呂布か。
「二つに、一つ」
にこにこと、言う。
「死ぬか、私に従うか」
「ち、ちがーう!」
陳宮が頭を抱えながら叫んだ。
「違わないの!」
馬超は、少し首を傾げた。
ここで、従わぬと言えば――躊躇無く、呂布は武を振るう。そう、思った。
無邪気さは、残酷さと紙一重、か。
馬玩と龐徳が、こちらを見ていた。自分に従うというように。
そうだな……
もう少し、生きたいんだよな。
「俺は……」
「なになに?」
「涼州の武の華と、呼ばれ、それを誇りにしていた」
「鼻?」
呂布が、左を見やった。白い紙に、さらさらと字が書かれていく。あの、赤子を抱いた女の字だ。
わかんあいよーと呂布さんは口を尖らせ、女はがっくしと肩を落とした。
「……涼州で、一番強いってことだ」
「あ、じゃあ、わかる!」
うんうん!
「それを、誇りにしてたんだ」
「私も、誇りにしてることあるよ!」
「なんだ?」
「最強であること!」
ブイ!
にー!
「は……はは……最強か、最強であることか!」
「えー、笑わないでよ!」
ドン。
床に、ひびが入った。馬玩が、目を見開いた。
「笑わねえよ……そうだよな。武の華を散らすことができるのは、最強の戦姫だけだよな」
「……」
全然、言ってることがわかりません。そんな顔を、呂布さんはした。
もう、姉はなにもしてくれない。ぷいっと横を向いていた。
へそを曲げられたとかたかた震え、そんな呂布さんを見て、貂蝉はあの子ったらと苦笑いした。
「従う」
「そう、従ってくれるのかぁ」
呂布さんは、嬉しそうに頷いた。
「あれ?」
広間の空気が、塗り固められた。
「……本当にですか?」
陳宮が、恐る恐る言った。こんなにあっさりと従うと言うとは、思っていなかったのだ。
馬騰からも、他の十部軍の諸将からも、助命の嘆願は受けていた。
馬騰が従ったのもそのためだ。馬岱は、馬超が死ぬなら自分も死ぬと叫び、魏延の手をわずらわせていた。
馬超は気位が高いと聞いていた。交渉は難航するだろうと貂蝉と話し合っていた。
とにかく粘り強く……と思っていたら、これだ。
呂布さんはいきなりうっちゃって二者択一を迫るし、馬一族は固まっちゃうし、十部軍の面々は殺気立っちゃうし。
……成公英だけが、眉一つ動かしていなかった。
「……従うよ。錦馬超は、呂布の下で、働く」
前までの俺なら、絶対に言わなかったろうな。
そう、馬超は思った。
今は……こいつとなら、上手くいく。そんな気がした。
ねーっと呂布が笑った。
あははと陳宮が力無く笑った。