あやかし姫~主従(4)~
「今日は疲れたでしょう。ゆっくりと休んで」
赤麗の顔色が少し、よくなっていた。
「火羅様は?」
「私は明日の準備をするわ。色々と貸してもらえるそうだし。いい、何かあったらすぐに呼ぶのよ」
「赤麗さん」
姫様が、部屋に入ってきた。盆に、器。
薄青色の液体。
薬の、匂い。
「これを。疲れがとれます」
「毒じゃないでしょうね」
「違います」
少し、むっとした。
「ありがとうございます、彩花さん」
赤麗は、苦笑いしながら受け取ると、一息に飲み干した。
横になる。すぐに、寝息を立て始める。
赤麗の穏やかな寝顔を確認してから、姫様を見やり、
「ありがとう」
火羅は、そう、言った。
「……本当に、ありがとう」
俯き、肩を震わせた。
嗚咽。
人に、見せたくはない。けれど、どうしても、我慢出来なくて。
赤麗の穏やかな寝顔。
ただ、嬉しかった。
そして、辛かった。
赤焼けが、霞んだ。
姫様も俯き、拳を、強く握った。
火羅が戻ってきた。
疲れを見せる赤麗を、葉子と一緒に、二人で部屋に運んだ。
居間。
小妖以外が集っていた。
太郎と黒之助、先に帰っていた葉子が、姫様の傍らにいた。
「どうなの?」
空気が重かった。
頭領は腕を組み、目を瞑り、押し黙ったまま、であった。
「……どうなの?」
もう一度、尋ねた。
「……助けられぬ」
一声、漏らした。
銀狐が、姫様の背中を優しくさすった。
「そう……」
一度庭に目をやった。夏の匂いが立ちこめていた。
頭領に視線を戻した。
手が、震えていた。
「それで?」
「……あの病は、儂には治せぬ」
「できることは?」
火羅が、言った。
「痛みをなくすことは、できる」
「できるの!?」
「申し訳ないが、それだけじゃ」
「……十分よ。それで、十分よ。本当に痛みをなくせるのね」
「うぬ」
「……しばらく、ここにいてもいい?」
二人で――
「よかろう」
頭領が、答えた。
「本当によかったの?」
「なにがですか?」
「私が、ここにいて」
姫様は、足を止め、微かに頷き、肯定の意を示した。
「太郎さま、いい男ね」
火羅が、口ずさむように言った。
「不思議……前に会ったときよりも、そう思える」
「そうですか」
嬉しいけど、嬉しく、ない。
「どうしてかしら?」
「さあ」
「手首」
「?」
「手首、大丈夫? さっき、強く握り締めてしまったけれど」
「ああ、それなら」
腕を見せる。
白い肌には、なにも残っていなかった。
「よかった。少し、心配だったの」
「……赤麗さんのこと」
「言わないで……誰にもできることとできないことがある。そんなことぐらい、わかってる。でもね……痛みを、なくしてくれた。あの、穏やかな寝顔……それで十分なの。ここまで足を運んだ甲斐が、あったわ」
二人の顔に、陰りが、宿った。
「しばらく、よろしくね」
「ええ」
「あの二人……上手く、いくのか?」
廊下を渡る、二人の姫。その様子を見ながら、鴉が、言った。
「さあな」
太郎の返事は、そっけなかった。
「また、姫様を悲しませることになる」
「姫様だけじゃあ、ねえだろうが」
「そうか……そうだな」
赤麗は、嫌いな妖ではなかった。
「……それでも、姫様が……姫様は、強いよ。けど、弱いんだ」
「どっちだ?」
「……ん」
どっちだろうな。
「夏の、終わりか」
「もつ、かな」
黒之助と太郎は、二人に、目を、やった。
赤麗の顔色が少し、よくなっていた。
「火羅様は?」
「私は明日の準備をするわ。色々と貸してもらえるそうだし。いい、何かあったらすぐに呼ぶのよ」
「赤麗さん」
姫様が、部屋に入ってきた。盆に、器。
薄青色の液体。
薬の、匂い。
「これを。疲れがとれます」
「毒じゃないでしょうね」
「違います」
少し、むっとした。
「ありがとうございます、彩花さん」
赤麗は、苦笑いしながら受け取ると、一息に飲み干した。
横になる。すぐに、寝息を立て始める。
赤麗の穏やかな寝顔を確認してから、姫様を見やり、
「ありがとう」
火羅は、そう、言った。
「……本当に、ありがとう」
俯き、肩を震わせた。
嗚咽。
人に、見せたくはない。けれど、どうしても、我慢出来なくて。
赤麗の穏やかな寝顔。
ただ、嬉しかった。
そして、辛かった。
赤焼けが、霞んだ。
姫様も俯き、拳を、強く握った。
火羅が戻ってきた。
疲れを見せる赤麗を、葉子と一緒に、二人で部屋に運んだ。
居間。
小妖以外が集っていた。
太郎と黒之助、先に帰っていた葉子が、姫様の傍らにいた。
「どうなの?」
空気が重かった。
頭領は腕を組み、目を瞑り、押し黙ったまま、であった。
「……どうなの?」
もう一度、尋ねた。
「……助けられぬ」
一声、漏らした。
銀狐が、姫様の背中を優しくさすった。
「そう……」
一度庭に目をやった。夏の匂いが立ちこめていた。
頭領に視線を戻した。
手が、震えていた。
「それで?」
「……あの病は、儂には治せぬ」
「できることは?」
火羅が、言った。
「痛みをなくすことは、できる」
「できるの!?」
「申し訳ないが、それだけじゃ」
「……十分よ。それで、十分よ。本当に痛みをなくせるのね」
「うぬ」
「……しばらく、ここにいてもいい?」
二人で――
「よかろう」
頭領が、答えた。
「本当によかったの?」
「なにがですか?」
「私が、ここにいて」
姫様は、足を止め、微かに頷き、肯定の意を示した。
「太郎さま、いい男ね」
火羅が、口ずさむように言った。
「不思議……前に会ったときよりも、そう思える」
「そうですか」
嬉しいけど、嬉しく、ない。
「どうしてかしら?」
「さあ」
「手首」
「?」
「手首、大丈夫? さっき、強く握り締めてしまったけれど」
「ああ、それなら」
腕を見せる。
白い肌には、なにも残っていなかった。
「よかった。少し、心配だったの」
「……赤麗さんのこと」
「言わないで……誰にもできることとできないことがある。そんなことぐらい、わかってる。でもね……痛みを、なくしてくれた。あの、穏やかな寝顔……それで十分なの。ここまで足を運んだ甲斐が、あったわ」
二人の顔に、陰りが、宿った。
「しばらく、よろしくね」
「ええ」
「あの二人……上手く、いくのか?」
廊下を渡る、二人の姫。その様子を見ながら、鴉が、言った。
「さあな」
太郎の返事は、そっけなかった。
「また、姫様を悲しませることになる」
「姫様だけじゃあ、ねえだろうが」
「そうか……そうだな」
赤麗は、嫌いな妖ではなかった。
「……それでも、姫様が……姫様は、強いよ。けど、弱いんだ」
「どっちだ?」
「……ん」
どっちだろうな。
「夏の、終わりか」
「もつ、かな」
黒之助と太郎は、二人に、目を、やった。