小説置き場2

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あやかし姫~主従(4)~

「今日は疲れたでしょう。ゆっくりと休んで」
 赤麗の顔色が少し、よくなっていた。
「火羅様は?」
「私は明日の準備をするわ。色々と貸してもらえるそうだし。いい、何かあったらすぐに呼ぶのよ」
「赤麗さん」
 姫様が、部屋に入ってきた。盆に、器。
 薄青色の液体。
 薬の、匂い。
「これを。疲れがとれます」
「毒じゃないでしょうね」
「違います」
 少し、むっとした。
「ありがとうございます、彩花さん」
 赤麗は、苦笑いしながら受け取ると、一息に飲み干した。
 横になる。すぐに、寝息を立て始める。
 赤麗の穏やかな寝顔を確認してから、姫様を見やり、
「ありがとう」
 火羅は、そう、言った。
「……本当に、ありがとう」
 俯き、肩を震わせた。
 嗚咽。
 人に、見せたくはない。けれど、どうしても、我慢出来なくて。
 赤麗の穏やかな寝顔。
 ただ、嬉しかった。
 そして、辛かった。
 赤焼けが、霞んだ。
 姫様も俯き、拳を、強く握った。



 火羅が戻ってきた。
 疲れを見せる赤麗を、葉子と一緒に、二人で部屋に運んだ。
 居間。
 小妖以外が集っていた。
 太郎と黒之助、先に帰っていた葉子が、姫様の傍らにいた。
「どうなの?」
 空気が重かった。
 頭領は腕を組み、目を瞑り、押し黙ったまま、であった。
「……どうなの?」
 もう一度、尋ねた。
「……助けられぬ」
 一声、漏らした。
 銀狐が、姫様の背中を優しくさすった。
「そう……」
 一度庭に目をやった。夏の匂いが立ちこめていた。
 頭領に視線を戻した。
 手が、震えていた。
「それで?」
「……あの病は、儂には治せぬ」
「できることは?」
 火羅が、言った。
「痛みをなくすことは、できる」
「できるの!?」
「申し訳ないが、それだけじゃ」
「……十分よ。それで、十分よ。本当に痛みをなくせるのね」
「うぬ」
「……しばらく、ここにいてもいい?」
 二人で――
「よかろう」
 頭領が、答えた。



「本当によかったの?」
「なにがですか?」
「私が、ここにいて」
 姫様は、足を止め、微かに頷き、肯定の意を示した。
「太郎さま、いい男ね」
 火羅が、口ずさむように言った。
「不思議……前に会ったときよりも、そう思える」
「そうですか」
 嬉しいけど、嬉しく、ない。
「どうしてかしら?」
「さあ」
「手首」
「?」
「手首、大丈夫? さっき、強く握り締めてしまったけれど」
「ああ、それなら」
 腕を見せる。
 白い肌には、なにも残っていなかった。
「よかった。少し、心配だったの」
「……赤麗さんのこと」
「言わないで……誰にもできることとできないことがある。そんなことぐらい、わかってる。でもね……痛みを、なくしてくれた。あの、穏やかな寝顔……それで十分なの。ここまで足を運んだ甲斐が、あったわ」
 二人の顔に、陰りが、宿った。
「しばらく、よろしくね」
「ええ」



「あの二人……上手く、いくのか?」
 廊下を渡る、二人の姫。その様子を見ながら、鴉が、言った。
「さあな」
 太郎の返事は、そっけなかった。
「また、姫様を悲しませることになる」
「姫様だけじゃあ、ねえだろうが」
「そうか……そうだな」
 赤麗は、嫌いな妖ではなかった。
「……それでも、姫様が……姫様は、強いよ。けど、弱いんだ」
「どっちだ?」
「……ん」
 どっちだろうな。
「夏の、終わりか」
「もつ、かな」
 黒之助と太郎は、二人に、目を、やった。