小説置き場2

山岳に寺社仏閣に両生類に爬虫類に妖怪に三国志にetcetc

あやかし姫~主従(5)~

「他に、なにがいりますか?」
「そうね、寝床は、あそこを二人で使うし……化粧。化粧道具を、貸してほしいわ」
「け、化粧……」
「なに? ないの? あるでしょう、こんな田舎でも化粧道具ぐらい」
 言い方が引っかかる。わざわざ、田舎を、強調しなくてもいいのに。
「はあ……他には?」
「……えっと……」
 火羅が頬を染めた。恥ずかしげに、下を向く。
 まさか、太郎さんなんて言わないよね。姫様は、そう、思った。
 そう思って、恥ずかしくなった。何考えてるんだろう、もう。
「ねえ。貴方、私の背のこと」
 懇願するような、上向きの目線。
「誰にも言っていません」
 火羅の背中。爛れた、火傷。
 ――秘密であった。
「そう……じゃあ、衣」
「衣? 衣……」
 この人は……
 化粧といい衣といい、どうも……
「あのね、これは秘密にしておいてほしいの」
「うん?」
「貴方は、私の背のことを、秘密にしてくれている。だから、口が固い人だと思う。実は、私ね、」
 一息、おいた。
「待って」
 姫様が、自分の唇に人差し指をのせた。
「……どうしたの?」
「内密の話なら、ちょっと……そこの部屋に入りましょう」
 部屋に入る。先客がいた。
 小妖達。
 お願い、ここを使わせてと、ぺこりと頭を下げた。
 火羅は、そんな姫様を、心底不思議そうに見ていた。
 小妖など、とるに足らぬ存在ではないのかと。
「大丈夫?」
「大丈夫?」
「姫様、大丈夫?」
 妖達が暗に自分のことを危ないと言っていることに気づき、火羅は、こめかみに筋を立てた。
「うわぁあ……」
「大丈夫よ。さあ、お願い」
「……はーい」
「あーい」
「わかたー」
 ぴょんぴょんと跳ね、ぴょんぴょんと出ていく。
 皆が出ていくと、姫様はさらさらと、指で壁や戸に字を描いた。
 見えぬ字に息を吹きかけ短い呪を唱えると、紫色の線が方々に浮かび上がった。
「これで外には聞こえません」
 上手くいった。ちょっぴり、嬉しい。
「……貴方、医者じゃなくて、陰陽師になるの?」
 少し、考えた。
 陰陽師……うーん。
「えっと……これも教養というかなんというか……」
「教養? 教養なの?」
「そう、教養です、教養。それで、内密の話って」
「ああ、そうね。私ね……ああ、恥ずかしい……」
「……」
 くねくねと身体を動かす火羅に、不審げな視線が刺さった。
 こほんと、咳をする。
「変化が、上手くないのよ」
「はあ」
「意味が、わかる?」
「……あまり」
 目の前の少女は、今は半人半妖の姿。
 ここに来たときは、きちんとした人の姿をしていた。
 一体、どこが下手だというのだろう。
 頭の皿が隠せない河童の子は、上手くなりたいとよく嘆いている。
 が、火羅は……
「気がついた? この衣が、本物だということに」
「ええ。前に来たときもそうでしたね」
 前も、今日も、特別な日だから。そう、思っていた。
「私ね……衣が、纏えないの」
「それは」
 絶句、した。
「変化してもね、衣が駄目なのよ。どう変化しても、何度変化しても、裸のまま。恥ずかしい話よね」
「へぇ……」
 火羅の裸。思い浮かべた。
 色々と負けていた。いいなあと思った。
 ふるふると、頭からその姿を消した。
「だから、衣がほしいの。赤麗は……赤麗の分も、ほしいな。綺麗な衣を着せて、思いっきり、おめかししてあげるの。美味しい物も、いっぱい食べさせてあげてね」
 駄目かな……。
 また、媚びるような、上目遣い。
「できるかぎりのことは」
「感謝するわ」
 少し、火羅のことが嫌いじゃなくなっていている自分に、姫様は気づいた。



 背中合わせの二つの影。
 縁側で言葉を交わしていた。
「忙しくなりそうです。村のお札も薬も、私がしないといけないでしょうし」
 頭領は、赤麗の薬を作るのにかかりっきりになるだろう。
 赤麗の薬は、残りが少なかった。
 材料集めから始めないといけない。しばらく、あちこちを奔走することになる。
 文のやり取りだけで、取引が終わるわけではないのだ。
 お札。
 今日のようには、失敗したくない……あ、クロさんに頼もうか。
「太郎さん」
「あぁ?」
「金銀妖瞳、隠すんだね」
「……まあな」
 赤麗には、まだ、本当の瞳を見せていなかった。
「火羅さんは……」
「火羅が、どうした?」
 牙を、見せた。
「太郎さんのこと、いい男だって」
「……」
 きょとんとする。
 眼を、ぱちくりとさせる。
 虫が、庭のあちこちで鳴いていた。
「太郎さんが褒められると、私も嬉しいけどね……ちょっと、素直には、喜べないな」
「ふーん」
 もう!
 お髭。ていと、引っ張った。
 妖狼が涙目に。
 もう、と、言い重ねると、妖狼の背中にもたれかかった。
「温かい」
「……暑くなんぞ」
「わかっています」
 とく、とく。
 心音が、聞こえた。耳を傾ける。ふさりと、頬を尾っぽがくすぐった。
 その光景を……火羅が、見ていた。
 くつ、
 くつ、
 くつ。
 くつ、
 くつ、
 くつ。
 屋根の上で、少女が一人、妖艶な笑みを浮かべながら、楽しそうに見下ろして。
 少女の手首には――赤い痕があった。
「面白い」
 そう呟き、
 くつ、くつ、くつと、声を、零した。