あやかし姫~琵琶泥棒(6)~
「管狐?」
ぎょっと身震いすると、十の狐が、住処に引っ込んだ。
「ん?」
白いものが、身体についていた。
その白い細いものは、どんどん量が増えていて。
「う、動け、」
足が、地面から離れた。
両手、両足が引っ張られる。
琵琶――手の平から、こぼれ落ちた。
そして、糸が、ぺたりと貼り付いた。
「返してもらうぞ」
琵琶が引っ張られ、男が受け取り。
片目がその長髪で隠れた男であった。肌が、つるんと玉のように光っていた。
男が、きちちと、離れたところで鳴いた。
「蜘蛛……あれ、何で」
「……蟲というものは……脱皮できるものだ」
美鏡は、少し顎を上にした。
空を遮る、大きな蜘蛛。
風に、揺らいでいた。白っぽくなっていた。
その眼には、命が宿っていなかった。
「用心に、越したことはない。それだけだ」
大人しすぎると、思った。
だから、皮を残して、自らは木の後ろに隠れていた。
脱皮したてなら――皮は、色を留めおく。
それに、白蝉がつるつるだと喜んでくれるし。
眩い、光。
はあと溜息を吐くと、黒之丞は糸を吐き始めたのだ――
「琵琶が戻れば、お前になど、用はない」
「じゃ、じゃあさ、ちょっとこの糸、緩めておくれよ」
「ん……。ここで死ぬなら、関係なかろう」
「え――?」
片手が、人の形を捨てる。
ぶんと、振るわれた。
真っ直ぐに、向かってくる。
蜘蛛の巣にかかった蝶ってのは、こんな感じなのかなと、美鏡は思った。
痛いだろうな――
嫌だな――
死にたくないな――
……死にたくないよ……
「琵琶がねぇ……」
それで、クロちゃんの帰りが遅いのかと、葉子は思った。
とりあえず、一息。
まさか、人の力で逝きそうになるとは思わなかった。
必死に謝る白蝉に、ちょこっと離れて、いいよと言って。
あんな細腕になぁ……見かけによらないもんだねぇ。
あたい、妖なのになぁ。
「でも、大丈夫でしょう。きっと今頃、取り返してるって」
とんとんと、肩を叩く。
白蝉は、じっと顔を下に向けた。
「それだけじゃ、ないんです……」
「それだけじゃない? まだ何か盗られたの?」
「私、黒之丞さんに怒られます、嫌われます……一体、どうしたら……」
土地神と狛犬達が、ふるふると首を横に振っていた。
「あの蜘蛛に? 白蝉さん、あいつと夫婦喧嘩したの?」
あれ、変なの。クロちゃんと琵琶取り戻しに行ったんでしょ。
どういうこっちゃ。
「夫婦?」
少し、白蝉の表情が和らいだ。自虐的な、和らぎ、微笑み。
「私は……」
背後に、気配。
人と、妖。
姫様と、妖狼であった。
「……あの二人も、仲、良いよね」
じと目。小さく、口にした。
まぁ、昔から一緒によくいたけどさ。
はぁ、にしても姫様心配だあね。
悩んでるせいか、力落ちてるし。天気当てられないから、洗濯物が……
「お久し振りです、白蝉さん」
「この声は……彩花さん」
「はい」
努めて、明るく。
無理に、明るく。
そうとしか聞こえず、葉子の眉根が、うーんと寄った。
「どうなさったのですか?」
「黒之丞さんに、嫌われて、」
ぶんぶんと、凄い勢いで羽矢風の命が首を振った。
「嫌われて……」
姫様が、形の良い眉を歪める。
ずっしりと、空気が、重くなった。
ぎょっと身震いすると、十の狐が、住処に引っ込んだ。
「ん?」
白いものが、身体についていた。
その白い細いものは、どんどん量が増えていて。
「う、動け、」
足が、地面から離れた。
両手、両足が引っ張られる。
琵琶――手の平から、こぼれ落ちた。
そして、糸が、ぺたりと貼り付いた。
「返してもらうぞ」
琵琶が引っ張られ、男が受け取り。
片目がその長髪で隠れた男であった。肌が、つるんと玉のように光っていた。
男が、きちちと、離れたところで鳴いた。
「蜘蛛……あれ、何で」
「……蟲というものは……脱皮できるものだ」
美鏡は、少し顎を上にした。
空を遮る、大きな蜘蛛。
風に、揺らいでいた。白っぽくなっていた。
その眼には、命が宿っていなかった。
「用心に、越したことはない。それだけだ」
大人しすぎると、思った。
だから、皮を残して、自らは木の後ろに隠れていた。
脱皮したてなら――皮は、色を留めおく。
それに、白蝉がつるつるだと喜んでくれるし。
眩い、光。
はあと溜息を吐くと、黒之丞は糸を吐き始めたのだ――
「琵琶が戻れば、お前になど、用はない」
「じゃ、じゃあさ、ちょっとこの糸、緩めておくれよ」
「ん……。ここで死ぬなら、関係なかろう」
「え――?」
片手が、人の形を捨てる。
ぶんと、振るわれた。
真っ直ぐに、向かってくる。
蜘蛛の巣にかかった蝶ってのは、こんな感じなのかなと、美鏡は思った。
痛いだろうな――
嫌だな――
死にたくないな――
……死にたくないよ……
「琵琶がねぇ……」
それで、クロちゃんの帰りが遅いのかと、葉子は思った。
とりあえず、一息。
まさか、人の力で逝きそうになるとは思わなかった。
必死に謝る白蝉に、ちょこっと離れて、いいよと言って。
あんな細腕になぁ……見かけによらないもんだねぇ。
あたい、妖なのになぁ。
「でも、大丈夫でしょう。きっと今頃、取り返してるって」
とんとんと、肩を叩く。
白蝉は、じっと顔を下に向けた。
「それだけじゃ、ないんです……」
「それだけじゃない? まだ何か盗られたの?」
「私、黒之丞さんに怒られます、嫌われます……一体、どうしたら……」
土地神と狛犬達が、ふるふると首を横に振っていた。
「あの蜘蛛に? 白蝉さん、あいつと夫婦喧嘩したの?」
あれ、変なの。クロちゃんと琵琶取り戻しに行ったんでしょ。
どういうこっちゃ。
「夫婦?」
少し、白蝉の表情が和らいだ。自虐的な、和らぎ、微笑み。
「私は……」
背後に、気配。
人と、妖。
姫様と、妖狼であった。
「……あの二人も、仲、良いよね」
じと目。小さく、口にした。
まぁ、昔から一緒によくいたけどさ。
はぁ、にしても姫様心配だあね。
悩んでるせいか、力落ちてるし。天気当てられないから、洗濯物が……
「お久し振りです、白蝉さん」
「この声は……彩花さん」
「はい」
努めて、明るく。
無理に、明るく。
そうとしか聞こえず、葉子の眉根が、うーんと寄った。
「どうなさったのですか?」
「黒之丞さんに、嫌われて、」
ぶんぶんと、凄い勢いで羽矢風の命が首を振った。
「嫌われて……」
姫様が、形の良い眉を歪める。
ずっしりと、空気が、重くなった。