小説置き場2

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あやかし姫~琵琶泥棒(6)~

「管狐?」
 ぎょっと身震いすると、十の狐が、住処に引っ込んだ。
「ん?」
 白いものが、身体についていた。
 その白い細いものは、どんどん量が増えていて。
「う、動け、」
 足が、地面から離れた。
 両手、両足が引っ張られる。
 琵琶――手の平から、こぼれ落ちた。
 そして、糸が、ぺたりと貼り付いた。
「返してもらうぞ」
 琵琶が引っ張られ、男が受け取り。
 片目がその長髪で隠れた男であった。肌が、つるんと玉のように光っていた。
 男が、きちちと、離れたところで鳴いた。
「蜘蛛……あれ、何で」
「……蟲というものは……脱皮できるものだ」
 美鏡は、少し顎を上にした。
 空を遮る、大きな蜘蛛。
 風に、揺らいでいた。白っぽくなっていた。
 その眼には、命が宿っていなかった。
「用心に、越したことはない。それだけだ」
 大人しすぎると、思った。
 だから、皮を残して、自らは木の後ろに隠れていた。
 脱皮したてなら――皮は、色を留めおく。
 それに、白蝉がつるつるだと喜んでくれるし。
 眩い、光。
 はあと溜息を吐くと、黒之丞は糸を吐き始めたのだ――
「琵琶が戻れば、お前になど、用はない」
「じゃ、じゃあさ、ちょっとこの糸、緩めておくれよ」
「ん……。ここで死ぬなら、関係なかろう」
「え――?」 
 片手が、人の形を捨てる。
 ぶんと、振るわれた。
 真っ直ぐに、向かってくる。
 蜘蛛の巣にかかった蝶ってのは、こんな感じなのかなと、美鏡は思った。
 痛いだろうな――
 嫌だな――
 死にたくないな――
 ……死にたくないよ……



「琵琶がねぇ……」
 それで、クロちゃんの帰りが遅いのかと、葉子は思った。
 とりあえず、一息。
 まさか、人の力で逝きそうになるとは思わなかった。
 必死に謝る白蝉に、ちょこっと離れて、いいよと言って。
 あんな細腕になぁ……見かけによらないもんだねぇ。
 あたい、妖なのになぁ。
「でも、大丈夫でしょう。きっと今頃、取り返してるって」
 とんとんと、肩を叩く。
 白蝉は、じっと顔を下に向けた。
「それだけじゃ、ないんです……」
「それだけじゃない? まだ何か盗られたの?」
「私、黒之丞さんに怒られます、嫌われます……一体、どうしたら……」
 土地神と狛犬達が、ふるふると首を横に振っていた。
「あの蜘蛛に? 白蝉さん、あいつと夫婦喧嘩したの?」
 あれ、変なの。クロちゃんと琵琶取り戻しに行ったんでしょ。
 どういうこっちゃ。
「夫婦?」
 少し、白蝉の表情が和らいだ。自虐的な、和らぎ、微笑み。
「私は……」
 背後に、気配。
 人と、妖。
 姫様と、妖狼であった。
「……あの二人も、仲、良いよね」
 じと目。小さく、口にした。
 まぁ、昔から一緒によくいたけどさ。
 はぁ、にしても姫様心配だあね。
 悩んでるせいか、力落ちてるし。天気当てられないから、洗濯物が……
「お久し振りです、白蝉さん」
「この声は……彩花さん」
「はい」
 努めて、明るく。
 無理に、明るく。
 そうとしか聞こえず、葉子の眉根が、うーんと寄った。
「どうなさったのですか?」
「黒之丞さんに、嫌われて、」
 ぶんぶんと、凄い勢いで羽矢風の命が首を振った。
「嫌われて……」
 姫様が、形の良い眉を歪める。
 ずっしりと、空気が、重くなった。