小説置き場2

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あやかし姫~琵琶泥棒(7)~

「……やっと」
 白いもや。引き始めていた。
 首を振ると、よろよろと歩く。
 気配が、二つ。
 そこに、近づいていく。
 手で、顔を押さえる。黒い指が、見えた。
 それはすぐ、人の手となった。
「お前……」
 ぐったりとしている、糸に囚われた金狐。
 それを見上げる、黒之丞の冷たい容貌。
 一つ、脚が伸びていた。
 黒之助からは、女の胸を貫いているようであった。
「殺したのか」
「ん、間抜けめ。他愛のない術に引っかかって」
 琵琶。
 大事に大事に、抱えていた。
「そうか、死んだのか」
 哀れだな。
 そう、呟いた。
「何が死んだのだ?」
「……死んでいないのか?」
「これか? ああ、気絶した」
 虫の脚。
 つっと、引き抜くような仕草をした。
 刺さってはいない。身体の横を、通り過ぎただけ。それで、美鏡は気を失った。
「以外と気の小さい奴だったのだな」
 管狐が出てくる様子はなかった。
 少し嗤うと、管に糸の蓋をする。
 それから、四肢を縛る糸を断ち切った。
 女の身体が地に落ち、音をたてた。
「ほら、持っていけ」
 ついっと、黒之城が顎を金狐に向けた。
「拙者が!?」
「俺は、手が離せん」
「そ、そうか……」
「お前、役に立ってないし」
「ああ! 分かった分かった!」 
 きちちと、嬉しそうに鳴くと、黒之丞は琵琶を見ながら歩き出した。 



「そうですか……」
「そうなんですよ……」
 姫様と白蝉。二人で、三角座り。
 もの悲しい夕日が墜つる。鴉の鳴き声。
 太郎は、羽矢風の命が持つ猫じゃらしと戯れていた。
 肩を落とす二人。
 どう声をかけたらよいのか、葉子には分からなかった。
「彩花さんとお話したことはあまりありませんね」
「あの時以来、でしょうか」
 蜘蛛が、女を連れて古寺に来た日。
「でも、葉子さんから良くお話を伺っていましたから」
「実は……私、黒之丞さんが苦手なんです」
「黒之丞さんを? 優しい人ですよ」
「蜘蛛がですね」
 姫様は……蜘蛛が嫌い。
「言っている意味がよく分かりませんが……でも、でも、黒之丞さんはね、私を救ってくれましたし、そのですね、お料理も上手だし、お魚獲るのも上手だし、琵琶の音をいつも褒めてくれますし、えっと……」
 とにかく、良い人ですよ。
 頬を薄く染めて、白蝉が言う。
 姫様も頬を染めた。指を、ぴとぴと動かす。
「いいなぁ」
 素直に、そう、言った。
「……私には、勿体ない妖さまで……勿体ないですよ、やっぱり」
「そういえば……お二人は、どういう関係なのですか」
「何言ってるの、姫様」
「葉子さん」
 くるんと、大きな瞳が銀狐を見つめる。
 やっと、入れた。
 少し、空気が穏やかになって、入る隙間が出来た。
「夫婦でしょうが」
 ねぇと、白蝉に笑いかける。太郎が、ぴたりと動きを止め、姫様達の方を向いた。
「夫婦?」
 白蝉が、不思議そうに言う。
「あれ? 違うの?」
「そう見えますか?」
「ん、見えるよ」
 弟子が、言う。
 師は、首を傾げる。
「……何なのでしょうね」
 自嘲するように、言った。
「私は、何なのでしょうね」
 餌――
 それ以外の、何なのだろう。
「……妻だ」
 振り返る。
 見えない、が、見えた。
 そこに、立っていた。
 大切なものが、二つ、そこにあった。
「琵琶、取り返した」
 化け蜘蛛が、穏やかにそう、言った。