袁家外伝~張郃の憂鬱~
強面というのだろうか。渋みがかっているというのだろうか。
とにかくそんな「怖い」風貌。
広場の一角。
男が佇みしきりに溜息をついているその場所は、子供達の喧騒で賑やかななか、逆しまに寂しげであった。
そんなこと、男にはもう慣れっこである。
こうやって物思いに沈むには、自分に人が寄りつかないこの場所はとても有り難かった。
自宅、汚いし。
「ふぅ」
「何溜息ついてるんですか♪」
真っ暗になる。目を塞がれているらしい。
……なんか、柔らかいんすけど……
アレー?
「甄洛様?」
「そうですよ、張郃さん♪」
明るさが戻ってくる。ちょっとドキマギしてる。し、心臓に悪いっすよ。
「いけませんねぇ。溜息ばかり吐いてると、幸せが逃げちゃいますよ♪」
はぁと、張郃は溜息混じりの返事を返した。
甄洛は、本当に楽しそうにくすくす笑うと、
「お隣、いいですか?」
そう、言った。
「あ、はい」
断れるはずもなく。相手は張郃の主、河北一帯を統べる袁紹の養女様なのだから。
「……」
「……」
二人で、きゃっきゃっと騒ぐ子供達を見やる。何しに来たんだろうと張郃は思った。
どうも落ち着かない。
紀霊殿なら、こんなことないのに。
「駄目ですねー」
「はい?」
何が駄目なんだろう。
え、俺ヘマしでかした? も、もしかしてクビ? え、それならよくて、もしかして斬首?
い、いやそんな……俺悪いことなんにもしてないんすよ?
「カタカタカタ」
「ど、どうしたの!?」
「く、クビは勘弁して下さい……」
「はぁ? 何言ってるの全く」
背中を叩かれた。クビじゃないそうな。ヨカターヨー。
じゃあ、何なのだろう?
「そんな顔してるといけません! 子供達が怖がっちゃいます」
「……この顔は生まれつきっすよ……」
張郃は年上に見られることが多かった。
若干二十四の若手将軍なのに、幾度となく古参の武将に間違われて。
威厳があるというか、ありすぎるのも困りものというか……
同じく若手の将軍である高覧と一緒にいると、親子に間違われることも。
二人は同年齢であった。
全ては、「怖い怖ーい」顔のおかげである。
「違います、そういうことを言ってるんじゃないんです」
ふー。あ、いけませんね、幸せが逃げちゃいます。
エヘヘー。
「そうそう、これは紀霊姉さまの受け売りなんですよ」
……紀霊殿、よく溜息吐いてるような。呑み友達で愚痴友達だし。
ああ、なるほど。自分への戒めってやつか。
「もう少し、穏やかな顔になりなさい」
真剣な顔で、そう、甄洛は言った。
「え……」
穏やかって急に言われても……
「そうですねぇ……笑えば、いいんですよ。ほら、ニコニコーって♪」
「に、にこにこ……」
む、難しいっす。
「いいじゃないですか! そんな顔ですよ!」
ころころと、笑った。
なんとなく、心が、穏やかになったような気がした。
「なかなか、袁紹様のようには、」
「父上?」
笑みが止まり、きょとんとした眼差しになった。
「父上ですか?」
「……はい」
「いけません、いけませんねー」
ぷにっと、鼻を突かれた。
ぷにぷに。
「いいですか、父上はいつもにこにこしていますが、目が全く笑っていません!」
うわー、大見得切っちゃったよこの人。近所のお母さん方がひそひそ言ってますよ?
「……そ、そうなんすか?」
「そうです、私には分かるのです。父上は、大変な腹黒さんです♪」
いやぁ、そんなこと言われても……
「それもひっくるめて、大好きなんですけどね♪」
えっへん!
「……はぁ」
甄洛様、もう十七か。幼いときは、大変だったんだよなぁ。
親族に厄介者扱いされて、たらい回しにされて。
それでも、こうして笑っている。
この軍の居心地は、悪くない。
いや……心地良い。
「そういえば、甄洛様、拙者に何か用っすか?」
「あ、そうなんですよ」
「お、いたいた。甄洛様、こんなところに」
何だ、張郃もか。
「紀霊姉さま♪」
「袁紹様が、(憂鬱なんだが)新しいポーズ考えたから、(非常に憂鬱なんだが)早く来いって」
……こ、これさえなければ……
張郃は溜息を吐き、頭を抱えた。
「で、どう?」
「どうって、何を言えばいいんだ」
夏侯惇は、半ば呆れながら、わくわくしてる従兄の顔を見やった。
見よ、幕僚達のドン引きっぷりを。
あ、楽進は笑いこらえてるな。
「我々もやろうというのだよ、夏侯惇君」
「誰がやるか曹操」
「くだらないことで呼ばないで下さい」
「同じく」
「あ、荀彧、荀攸ー」
ぞろぞろと、幕僚達が薄暗い大きなスクリーンを備えた部屋を出ていく。
誰も彼も、いなくなった。
曹操は、しょんぼりしながら、名門戦隊袁紹軍とラベルの張ったビデオをデッキから取り出した。
ぽんぽん。
「か、夏侯淵!」
いやぁ、さすが! 持つべき者は忠臣だよ! 一緒に、
「頭冷やせやこのボケェ!!!」
殴られた。
しょぼーん。
「いいじゃん、やろうよ……」
ぽつんと一人、薄暗い部屋で、曹操は唇を噛んだ。
「にしても、甄洛ちゃん大きくなったなー。昔はこんなに小さかったのに……」
「甄洛姉ちゃん、綺麗になってたな」
「そうだねー、曹丕兄ちゃん」
「決めた! 俺大きくなったら甄洛姉ちゃんをお嫁にするんだ!」
「ぼ、僕も!」
「はぁ? 曹植じゃ無理だよ、ひょろな頭でっかちお花畑には」
「兄ちゃんにも無理だよ。この超冷血動物」
曹丕と曹植は、それから、取っ組み合いの喧嘩になった。
これが、曹丕曹植お家騒動の幕開けである♪
とにかくそんな「怖い」風貌。
広場の一角。
男が佇みしきりに溜息をついているその場所は、子供達の喧騒で賑やかななか、逆しまに寂しげであった。
そんなこと、男にはもう慣れっこである。
こうやって物思いに沈むには、自分に人が寄りつかないこの場所はとても有り難かった。
自宅、汚いし。
「ふぅ」
「何溜息ついてるんですか♪」
真っ暗になる。目を塞がれているらしい。
……なんか、柔らかいんすけど……
アレー?
「甄洛様?」
「そうですよ、張郃さん♪」
明るさが戻ってくる。ちょっとドキマギしてる。し、心臓に悪いっすよ。
「いけませんねぇ。溜息ばかり吐いてると、幸せが逃げちゃいますよ♪」
はぁと、張郃は溜息混じりの返事を返した。
甄洛は、本当に楽しそうにくすくす笑うと、
「お隣、いいですか?」
そう、言った。
「あ、はい」
断れるはずもなく。相手は張郃の主、河北一帯を統べる袁紹の養女様なのだから。
「……」
「……」
二人で、きゃっきゃっと騒ぐ子供達を見やる。何しに来たんだろうと張郃は思った。
どうも落ち着かない。
紀霊殿なら、こんなことないのに。
「駄目ですねー」
「はい?」
何が駄目なんだろう。
え、俺ヘマしでかした? も、もしかしてクビ? え、それならよくて、もしかして斬首?
い、いやそんな……俺悪いことなんにもしてないんすよ?
「カタカタカタ」
「ど、どうしたの!?」
「く、クビは勘弁して下さい……」
「はぁ? 何言ってるの全く」
背中を叩かれた。クビじゃないそうな。ヨカターヨー。
じゃあ、何なのだろう?
「そんな顔してるといけません! 子供達が怖がっちゃいます」
「……この顔は生まれつきっすよ……」
張郃は年上に見られることが多かった。
若干二十四の若手将軍なのに、幾度となく古参の武将に間違われて。
威厳があるというか、ありすぎるのも困りものというか……
同じく若手の将軍である高覧と一緒にいると、親子に間違われることも。
二人は同年齢であった。
全ては、「怖い怖ーい」顔のおかげである。
「違います、そういうことを言ってるんじゃないんです」
ふー。あ、いけませんね、幸せが逃げちゃいます。
エヘヘー。
「そうそう、これは紀霊姉さまの受け売りなんですよ」
……紀霊殿、よく溜息吐いてるような。呑み友達で愚痴友達だし。
ああ、なるほど。自分への戒めってやつか。
「もう少し、穏やかな顔になりなさい」
真剣な顔で、そう、甄洛は言った。
「え……」
穏やかって急に言われても……
「そうですねぇ……笑えば、いいんですよ。ほら、ニコニコーって♪」
「に、にこにこ……」
む、難しいっす。
「いいじゃないですか! そんな顔ですよ!」
ころころと、笑った。
なんとなく、心が、穏やかになったような気がした。
「なかなか、袁紹様のようには、」
「父上?」
笑みが止まり、きょとんとした眼差しになった。
「父上ですか?」
「……はい」
「いけません、いけませんねー」
ぷにっと、鼻を突かれた。
ぷにぷに。
「いいですか、父上はいつもにこにこしていますが、目が全く笑っていません!」
うわー、大見得切っちゃったよこの人。近所のお母さん方がひそひそ言ってますよ?
「……そ、そうなんすか?」
「そうです、私には分かるのです。父上は、大変な腹黒さんです♪」
いやぁ、そんなこと言われても……
「それもひっくるめて、大好きなんですけどね♪」
えっへん!
「……はぁ」
甄洛様、もう十七か。幼いときは、大変だったんだよなぁ。
親族に厄介者扱いされて、たらい回しにされて。
それでも、こうして笑っている。
この軍の居心地は、悪くない。
いや……心地良い。
「そういえば、甄洛様、拙者に何か用っすか?」
「あ、そうなんですよ」
「お、いたいた。甄洛様、こんなところに」
何だ、張郃もか。
「紀霊姉さま♪」
「袁紹様が、(憂鬱なんだが)新しいポーズ考えたから、(非常に憂鬱なんだが)早く来いって」
……こ、これさえなければ……
張郃は溜息を吐き、頭を抱えた。
「で、どう?」
「どうって、何を言えばいいんだ」
夏侯惇は、半ば呆れながら、わくわくしてる従兄の顔を見やった。
見よ、幕僚達のドン引きっぷりを。
あ、楽進は笑いこらえてるな。
「我々もやろうというのだよ、夏侯惇君」
「誰がやるか曹操」
「くだらないことで呼ばないで下さい」
「同じく」
「あ、荀彧、荀攸ー」
ぞろぞろと、幕僚達が薄暗い大きなスクリーンを備えた部屋を出ていく。
誰も彼も、いなくなった。
曹操は、しょんぼりしながら、名門戦隊袁紹軍とラベルの張ったビデオをデッキから取り出した。
ぽんぽん。
「か、夏侯淵!」
いやぁ、さすが! 持つべき者は忠臣だよ! 一緒に、
「頭冷やせやこのボケェ!!!」
殴られた。
しょぼーん。
「いいじゃん、やろうよ……」
ぽつんと一人、薄暗い部屋で、曹操は唇を噛んだ。
「にしても、甄洛ちゃん大きくなったなー。昔はこんなに小さかったのに……」
「甄洛姉ちゃん、綺麗になってたな」
「そうだねー、曹丕兄ちゃん」
「決めた! 俺大きくなったら甄洛姉ちゃんをお嫁にするんだ!」
「ぼ、僕も!」
「はぁ? 曹植じゃ無理だよ、ひょろな頭でっかちお花畑には」
「兄ちゃんにも無理だよ。この超冷血動物」
曹丕と曹植は、それから、取っ組み合いの喧嘩になった。
これが、曹丕曹植お家騒動の幕開けである♪