小説置き場2

山岳に寺社仏閣に両生類に爬虫類に妖怪に三国志にetcetc

袁家外伝~張郃の憂鬱~

 強面というのだろうか。渋みがかっているというのだろうか。

 とにかくそんな「怖い」風貌。

 広場の一角。

 男が佇みしきりに溜息をついているその場所は、子供達の喧騒で賑やかななか、逆しまに寂しげであった。

 そんなこと、男にはもう慣れっこである。

 こうやって物思いに沈むには、自分に人が寄りつかないこの場所はとても有り難かった。

 自宅、汚いし。

「ふぅ」

「何溜息ついてるんですか♪」

 真っ暗になる。目を塞がれているらしい。

 ……なんか、柔らかいんすけど……

 アレー?

甄洛様?」

「そうですよ、張郃さん♪」

 明るさが戻ってくる。ちょっとドキマギしてる。し、心臓に悪いっすよ。

「いけませんねぇ。溜息ばかり吐いてると、幸せが逃げちゃいますよ♪」

 はぁと、張郃は溜息混じりの返事を返した。

 甄洛は、本当に楽しそうにくすくす笑うと、

「お隣、いいですか?」

 そう、言った。

「あ、はい」

 断れるはずもなく。相手は張郃の主、河北一帯を統べる袁紹の養女様なのだから。

「……」

「……」

 二人で、きゃっきゃっと騒ぐ子供達を見やる。何しに来たんだろうと張郃は思った。

 どうも落ち着かない。

 紀霊殿なら、こんなことないのに。

「駄目ですねー」

「はい?」

 何が駄目なんだろう。

 え、俺ヘマしでかした? も、もしかしてクビ? え、それならよくて、もしかして斬首?

 い、いやそんな……俺悪いことなんにもしてないんすよ?

「カタカタカタ」

「ど、どうしたの!?」

「く、クビは勘弁して下さい……」

「はぁ? 何言ってるの全く」

 背中を叩かれた。クビじゃないそうな。ヨカターヨー。

 じゃあ、何なのだろう?

「そんな顔してるといけません! 子供達が怖がっちゃいます」

「……この顔は生まれつきっすよ……」

 張郃は年上に見られることが多かった。

 若干二十四の若手将軍なのに、幾度となく古参の武将に間違われて。

 威厳があるというか、ありすぎるのも困りものというか……

 同じく若手の将軍である高覧と一緒にいると、親子に間違われることも。

 二人は同年齢であった。
 
 全ては、「怖い怖ーい」顔のおかげである。

「違います、そういうことを言ってるんじゃないんです」

 ふー。あ、いけませんね、幸せが逃げちゃいます。

 エヘヘー。

「そうそう、これは紀霊姉さまの受け売りなんですよ」

 ……紀霊殿、よく溜息吐いてるような。呑み友達で愚痴友達だし。

 ああ、なるほど。自分への戒めってやつか。

「もう少し、穏やかな顔になりなさい」

 真剣な顔で、そう、甄洛は言った。

「え……」

 穏やかって急に言われても……

「そうですねぇ……笑えば、いいんですよ。ほら、ニコニコーって♪」

「に、にこにこ……」

 む、難しいっす。

「いいじゃないですか! そんな顔ですよ!」

 ころころと、笑った。

 なんとなく、心が、穏やかになったような気がした。

「なかなか、袁紹様のようには、」

「父上?」

 笑みが止まり、きょとんとした眼差しになった。

「父上ですか?」

「……はい」

「いけません、いけませんねー」

 ぷにっと、鼻を突かれた。

 ぷにぷに。

「いいですか、父上はいつもにこにこしていますが、目が全く笑っていません!」

 うわー、大見得切っちゃったよこの人。近所のお母さん方がひそひそ言ってますよ?

「……そ、そうなんすか?」

「そうです、私には分かるのです。父上は、大変な腹黒さんです♪」

 いやぁ、そんなこと言われても……

「それもひっくるめて、大好きなんですけどね♪」

 えっへん!

「……はぁ」

 甄洛様、もう十七か。幼いときは、大変だったんだよなぁ。

 親族に厄介者扱いされて、たらい回しにされて。

 それでも、こうして笑っている。

 この軍の居心地は、悪くない。

 いや……心地良い。

「そういえば、甄洛様、拙者に何か用っすか?」

「あ、そうなんですよ」

「お、いたいた。甄洛様、こんなところに」

 何だ、張郃もか。

「紀霊姉さま♪」

袁紹様が、(憂鬱なんだが)新しいポーズ考えたから、(非常に憂鬱なんだが)早く来いって」

 ……こ、これさえなければ……

 張郃は溜息を吐き、頭を抱えた。



「で、どう?」

「どうって、何を言えばいいんだ」

 夏侯惇は、半ば呆れながら、わくわくしてる従兄の顔を見やった。

 見よ、幕僚達のドン引きっぷりを。

 あ、楽進は笑いこらえてるな。

「我々もやろうというのだよ、夏侯惇君」

「誰がやるか曹操

「くだらないことで呼ばないで下さい」

「同じく」

「あ、荀彧、荀攸ー」

 ぞろぞろと、幕僚達が薄暗い大きなスクリーンを備えた部屋を出ていく。

 誰も彼も、いなくなった。

 曹操は、しょんぼりしながら、名門戦隊袁紹軍とラベルの張ったビデオをデッキから取り出した。

 ぽんぽん。

「か、夏侯淵!」

 いやぁ、さすが! 持つべき者は忠臣だよ! 一緒に、

「頭冷やせやこのボケェ!!!」

 殴られた。

 しょぼーん。

「いいじゃん、やろうよ……」

 ぽつんと一人、薄暗い部屋で、曹操は唇を噛んだ。

「にしても、甄洛ちゃん大きくなったなー。昔はこんなに小さかったのに……」



甄洛姉ちゃん、綺麗になってたな」

「そうだねー、曹丕兄ちゃん」

「決めた! 俺大きくなったら甄洛姉ちゃんをお嫁にするんだ!」

「ぼ、僕も!」

「はぁ? 曹植じゃ無理だよ、ひょろな頭でっかちお花畑には」

「兄ちゃんにも無理だよ。この超冷血動物」

 曹丕曹植は、それから、取っ組み合いの喧嘩になった。

 これが、曹丕曹植お家騒動の幕開けである♪