益州騒乱(6)~またまた三人~
城に行くのは、久し振りであった。
大通り。徒歩である。三人とも、旅装束であった。
まだ、城下は喪に服している。
無表情に、法正はその様子を見やった。
己の主であった男。
死んだところで、何の感慨も湧かなかった。
自分の意見を聞き入れず、侮蔑の言葉を投げかけ、友人二人と共に中央から遠ざけた。
中央?
違うな。
所詮は、片田舎よ。
「なあに笑ってるんだ」
孟達が、賽子を手の中で鳴らしながら、言った。
「いや、笑ってなど」
「いーや。今、笑ってた」
「見間違いだろう。孟達、随分と目が悪くなったな」
「何だと!」
「こらこら、二人とも喧嘩は止めなさい」
孟達とも、張松とも、長い付き合いだった。
三人とも、同い年。
同い年だが、張松がなんとなくリーダーの役割を担っていた。
いつからだろうか。
出会ったときには、もう、そうなっていたような。
よく、孟達とは喧嘩したが、張松とはなかった。
それは、孟達も同じだという。
「久し振りの成都だけど……ぴりぴりしてるね」
張松が言った。
それは、法正も薄々感じていた。
「親方様が死んじまったからな」
「それだけとも言い切れないと思うが」
兵の数が多い。それに、緊張していた。
「なぁ、法正」
「何だ」
「あれ、何だろ」
「――?」
城が見えてきた。
孟達が言う『あれ』が、何かわからなかった。
人を食ったようなこの男が、少々怯えているような。
珍しいと法正は思った。
「張松」
「さぁ」
首を傾げる。
法正は、少し口を尖らせた。
「うわ、すっげー」
「だから、何が」
腹立たしかった。孟達は目が良かった。
一体、何がすごいと……
「あ……」
「これは……」
人だかりが見えた。
孟達が何に驚いていたのか、やっとわかった。
巨大な獣が二頭、繋がれていた。
大きな牙を、備えていた。
大きな耳。あれは、鼻?
「う、うお」
「うわー」
目をきらきらさせると、張松が黒山の人々に紛れ込んだ。
孟達も、すげーすげー言いながら黒山の人々に突っ込んだ。
法正は……静止した。
しばらく、待つ。
二人が、残念そうに戻ってきた。兵が、人山を追い散らしている。
ぱおーんと、獣が啼いた。
「ありゃあ、象だな」
「うん、優しそうな瞳をしていたね」
「どした、法正?」
固まってるけど。
本当だ。どうした?
「……象……」
「恐かったり?」
「ち、違う! 変なこと言うな馬鹿! 死ね馬鹿! とっとと死んでしまえ馬鹿!」
「……そんなに言わなくてもよぉ」
孟達、うじうじと落ち込んで。
そこまで言わなくてもと、張松が法正を見やった。
ぜーはーぜーはー、息をしている。
ぎろりと、睨む。殺気立っている。
苦笑いを浮かべて、張松は象を見やった。
「あれは……南蛮の」
「南蛮って、孟獲か?」
孟達が、法正に怯え気味に。
「五斗米道も来ているね」
「何だと」
確かに、劉の旗に混じって、米の旗が揚がっていた。
南蛮を支配する孟獲。
漢中を支配する五斗米道。
劉焉とは同盟関係にあった。
「……張松、張松ではないか」
声が、した。上から降ってきた。
馬上の人物を見て、法正はぷいっと視線を落とした。
「兄上」
張松の兄、張粛であった。法正は、さりげなく孟達の傍に寄った。
「久し振りだが、元気そうだな。そうか、張松も呼ばれたのか」
「ええ」
「せいぜい、恥はかかぬようにな」
張粛は、二人を見やった。
二人は、張粛と目を合わせないようにした。
「まだ、その二人と一緒にいるのか?」
「……はい」
「お前も、懲りない奴だな。だから、出世できないんだ」
「法正も孟達も、私の良き友人です」
「全く、変わり者だ。これだけ言っても聞かぬとは……ほとほと愛想が尽きたよ」
「それで、結構です」
「言ったな」
「言いました」
「ふん……お前と話していると、馬鹿が感染してしまう」
張粛が、城門をくぐってゆく。
その後ろ姿が見えなくなると、孟達は賽子を地面に叩きつけた。
「すまない……そしてありがとう、怒らないでいてくれて」
「張松は悔しくないのか」
「法正……」
「私は、悔しい。どうして、あんな奴に大きな顔をさせるんだ? あいつは、何も出来ないじゃないか! せいぜい、耳障りの良い言葉を並べられるだけだ。どうして張松が馬鹿にされなければならない!」
「私は、」
「悔しい、悔しいよ……そして、自分が情けないよ」
「俺もだ……」
張松なら、もっと上に行けるはずであった。
それを遮っているのは、自分達であった。
生き方は、もう、変えられない。
自分達を、良き友人と言ってくれる張松に、申し訳ないと二人は思った。
「張松殿、孟達殿、法正殿ですね」
「え、ええ」
張松、戸惑い気味。見知らぬ顔、であった。
話しかけてきた相手が女だと気付き、法正は少しむっとした顔で、
「……誰だ」
そう、言った。
女は、法正の鋭い眼差しに、弱々しく口を開け閉めした。
涙目になりながら、女は、
「りゅ、劉璋です」
と、言った。
「……」
「……」
「もう一度、お願いします」
「劉璋です」
そう、小さな声で言った。
大通り。徒歩である。三人とも、旅装束であった。
まだ、城下は喪に服している。
無表情に、法正はその様子を見やった。
己の主であった男。
死んだところで、何の感慨も湧かなかった。
自分の意見を聞き入れず、侮蔑の言葉を投げかけ、友人二人と共に中央から遠ざけた。
中央?
違うな。
所詮は、片田舎よ。
「なあに笑ってるんだ」
孟達が、賽子を手の中で鳴らしながら、言った。
「いや、笑ってなど」
「いーや。今、笑ってた」
「見間違いだろう。孟達、随分と目が悪くなったな」
「何だと!」
「こらこら、二人とも喧嘩は止めなさい」
孟達とも、張松とも、長い付き合いだった。
三人とも、同い年。
同い年だが、張松がなんとなくリーダーの役割を担っていた。
いつからだろうか。
出会ったときには、もう、そうなっていたような。
よく、孟達とは喧嘩したが、張松とはなかった。
それは、孟達も同じだという。
「久し振りの成都だけど……ぴりぴりしてるね」
張松が言った。
それは、法正も薄々感じていた。
「親方様が死んじまったからな」
「それだけとも言い切れないと思うが」
兵の数が多い。それに、緊張していた。
「なぁ、法正」
「何だ」
「あれ、何だろ」
「――?」
城が見えてきた。
孟達が言う『あれ』が、何かわからなかった。
人を食ったようなこの男が、少々怯えているような。
珍しいと法正は思った。
「張松」
「さぁ」
首を傾げる。
法正は、少し口を尖らせた。
「うわ、すっげー」
「だから、何が」
腹立たしかった。孟達は目が良かった。
一体、何がすごいと……
「あ……」
「これは……」
人だかりが見えた。
孟達が何に驚いていたのか、やっとわかった。
巨大な獣が二頭、繋がれていた。
大きな牙を、備えていた。
大きな耳。あれは、鼻?
「う、うお」
「うわー」
目をきらきらさせると、張松が黒山の人々に紛れ込んだ。
孟達も、すげーすげー言いながら黒山の人々に突っ込んだ。
法正は……静止した。
しばらく、待つ。
二人が、残念そうに戻ってきた。兵が、人山を追い散らしている。
ぱおーんと、獣が啼いた。
「ありゃあ、象だな」
「うん、優しそうな瞳をしていたね」
「どした、法正?」
固まってるけど。
本当だ。どうした?
「……象……」
「恐かったり?」
「ち、違う! 変なこと言うな馬鹿! 死ね馬鹿! とっとと死んでしまえ馬鹿!」
「……そんなに言わなくてもよぉ」
孟達、うじうじと落ち込んで。
そこまで言わなくてもと、張松が法正を見やった。
ぜーはーぜーはー、息をしている。
ぎろりと、睨む。殺気立っている。
苦笑いを浮かべて、張松は象を見やった。
「あれは……南蛮の」
「南蛮って、孟獲か?」
孟達が、法正に怯え気味に。
「五斗米道も来ているね」
「何だと」
確かに、劉の旗に混じって、米の旗が揚がっていた。
南蛮を支配する孟獲。
漢中を支配する五斗米道。
劉焉とは同盟関係にあった。
「……張松、張松ではないか」
声が、した。上から降ってきた。
馬上の人物を見て、法正はぷいっと視線を落とした。
「兄上」
張松の兄、張粛であった。法正は、さりげなく孟達の傍に寄った。
「久し振りだが、元気そうだな。そうか、張松も呼ばれたのか」
「ええ」
「せいぜい、恥はかかぬようにな」
張粛は、二人を見やった。
二人は、張粛と目を合わせないようにした。
「まだ、その二人と一緒にいるのか?」
「……はい」
「お前も、懲りない奴だな。だから、出世できないんだ」
「法正も孟達も、私の良き友人です」
「全く、変わり者だ。これだけ言っても聞かぬとは……ほとほと愛想が尽きたよ」
「それで、結構です」
「言ったな」
「言いました」
「ふん……お前と話していると、馬鹿が感染してしまう」
張粛が、城門をくぐってゆく。
その後ろ姿が見えなくなると、孟達は賽子を地面に叩きつけた。
「すまない……そしてありがとう、怒らないでいてくれて」
「張松は悔しくないのか」
「法正……」
「私は、悔しい。どうして、あんな奴に大きな顔をさせるんだ? あいつは、何も出来ないじゃないか! せいぜい、耳障りの良い言葉を並べられるだけだ。どうして張松が馬鹿にされなければならない!」
「私は、」
「悔しい、悔しいよ……そして、自分が情けないよ」
「俺もだ……」
張松なら、もっと上に行けるはずであった。
それを遮っているのは、自分達であった。
生き方は、もう、変えられない。
自分達を、良き友人と言ってくれる張松に、申し訳ないと二人は思った。
「張松殿、孟達殿、法正殿ですね」
「え、ええ」
張松、戸惑い気味。見知らぬ顔、であった。
話しかけてきた相手が女だと気付き、法正は少しむっとした顔で、
「……誰だ」
そう、言った。
女は、法正の鋭い眼差しに、弱々しく口を開け閉めした。
涙目になりながら、女は、
「りゅ、劉璋です」
と、言った。
「……」
「……」
「もう一度、お願いします」
「劉璋です」
そう、小さな声で言った。