あやかし姫番外編~小さな鬼の、小さな想い(後)~
「お水ー、お水ー」
「その籠、なに?」
光が、朱桜の手荷物に顔を向け、言った。
「秘密なのですよ」
恥ずかしげに背に隠すと、光は、重ねて尋ねることはしなかった。
巫女の怪我が心配なのだ。
もう少し訊いて欲しいですよ。
でも――ぼた餅。
これいらないですねと朱桜はしょんぼりと思った。
「ごめんなぁ、朱桜ちゃん」
「なにがです?」
「わしら、お出迎えしなくて」
「うん、ごめんね」
光も謝った。
「それは――」
気にしていた。
ひどく、気にしていた。
胸がもやもやするぐらいに。
「結界が強すぎるのじゃ。朱桜ちゃんが来たことに気づけなんだ」
「おいらも」
結界――そういえば。
よくよく気を凝らすと、強い力が満ちているのがわかる。
入る時、わざわざ彩花様が呪を唱えていた。
あれは結界の入り口を開けていたのだろう。
いつもは、中から招かれるだけで大丈夫な緩い結界なのだ。
それが今日は……あ、そうか。私達がいるからか。
「彩花様と葉子さんはどうして?」
「あの二人はずっと外で待っていたのじゃ」
「ずっと?」
「おいら達が来てから、ずっと」
「わしらもな、外で待つと言ったのじゃ。言ったのじゃが……」
「葉子さんが駄目って。寒いし、結界の中にいろって」
二人の姿を探す。建物の中に消えていた。
彩花様はやっぱり私の憧れの人ですと、朱桜は思った。遅れて、申し訳ないと思った。
寒かっただろうに、嫌な顔一つしなかった。
「ぺい」
「あは、冷たいです」
やめるですよ。
「冷たいか?」
「冷たいよ」
「冷たいですよー」
「わからんのー」
白月ちゃんと光君は仲いいです。いつも一緒にいます。
だって……
二人は、桐壺さんのお世話になっています。
桐壺さんは光君のお母さんです。
時折、桐壺さんはうちの子『達』がと言います。
それを聞くと、きりりと胸が痛くなる時があるです。
私は遠いんだなと思うです。
どちらも、お友達です。私と近しいお友達です。
沙羅ちゃんに葉子さんは、大きなお友達です。
彩花様もそうです。
太郎さんの妹の、咲夜さんも……って、一回しかお会いしたことないですけど。
鈴鹿御前さんも大きいです。
光君は、古寺では葉子さんと特に仲がいいです。
白月ちゃんも仲がいいです。
私は……やっぱり、彩花様かな。
太郎さんとはあんまりお話したことありません。
いつも黙って丸まっていて、何だか怖そうなのです。
そんな太郎さんの背に白月ちゃんが乗ってます。
物怖じしない白月ちゃんが羨ましいです。私にはとても出来ないですよ。
籠の中身。
ぼた餅。
光君、美味しそうにしてました。
お昼ご飯も、白月ちゃんはあーんてしてました。
私にもあーんとしてくれました。
鬼姫様に、「こうするともっと美味しいから! ね、宗俊!」と教えてもらったそうです。
「美味いじゃろ?」
と、笑っていました。
白月ちゃんは、素直な良い子なのですよ。
私は、駄目な娘なのですよ。
「はいです」
と言いながら、
言いながら――
「一体、なんなのでしょう」
「何がです?」
「……なんでもないですよ」
「はぁ」
黒之助さん。大きな羽なのです。
精悍な顔つきなのですよ。どことなく父上と似てるですよ。
今、クロさんのお隣にいます。
光君と白月ちゃんはお昼寝中なのです。葉子さんもお昼寝中なのです。というより、お布団なのです。
彩花様は、太郎さんと晩ご飯の準備なのです。
私は、お昼寝しないのです。
「クロさん」
「はい」
籠の中身。
光君に?
いえいえです。多分、あんなに笑ってくれないです。
駄目なのですよ。負けたくないのですよ。
……何に? いえ、誰に?
私は、いけない娘なのですよ。
「クロさんは……」
「?」
こしょこしょですよ。うわ、顔が熱いですよ。
「な、なんだかこう、胸がきゅーっとなったり、痛んだりすることないですか?」
「……病ですか」
いえ、顔をまじまじ見ないで下さい。なんだか照れるのです。
どうして照れるんでしょうね?
もう。
「そういえば顔が赤いような」
「ちょっとここ熱いのかな」
首捻ってます。だーかーらー、見ないでー。
羽を一枚ちぎると、火鉢に投げ入れました。
黒い羽が、ぼわっと鮮やかな緑色の火に包まれました。
幻想的で綺麗であります。葉子さんも火を操りますが、こっちの方が綺麗だなって思いました。
「どうですか?」
「あ、はい、結構です」
ちょっと寒いような気がしますが、身体の中がほっかほかなので大丈夫でありましょう。
「蜘蛛さんと白蝉さんは、今も仲良しさんなのですか?」
「ええ。それは、もう」
その場に長い時間耐えられないぐらいに。
あんな奴だったのだなと、鴉天狗は驚いていた。
いや、あのころもそうだったのかもしれない。だから、魅入られたのかもしれない。
「いいなぁ」
「……いいなぁ?」
黒之助の眉がみしっと寄った。
「黒之助さんには、そういう方はいないのですか?」
む……何を聞いているんでしょうね私は。
熱が引いていますが――
父上にはいました。母上です。綺麗で優しい、遠くなった人です。
叔父上にもいます。だから、今日ちょこっと怒ってたです。
口にはしなかったですが、早く会いに行きたかったのでしょうね。
私が知らないと思ってるのでしょうか?
残念、隠しているつもりでありましょうが、ちゃんと知っているのですよ。
どんな人なのかは知りませんが。
一度お会いしてみたいものです。
「むぅ……」
はっ、はっ、はっ、と笑っています。
嫌なことを聞いてしまったのかもしれません。
ごめんなさいです。
「あ、そうだ」
はいと、朱桜は籠を差し出した。
鴉はきょとんとした瞳を鬼の娘に向けた。
「これ、食べるです」
蓋を開ける。
おむすび三つ。
このおむすびを作るために試行錯誤をくり返し、朱桜は遅れたのだ。
北を向く叔父上にごめんなさいと胸の中で謝りながら、頑張って頑張って作ったのだ。
「はいです」
あーん。
あは。白月ちゃんの真似、ですね。
「……拙者が食べてよいのですか?」
ちらりと、黒之助は銀狐の方を見やった。
「いいのです。これは、あの時のお礼なのです」
そう言うと、ちくりと胸が痛んだ。
おむすびは光が好きだった。
「礼は、もう」
「いくらしてもしたりないのですよ」
彩花様と、喧嘩した。
妖狼の姫君のことで、喧嘩した。
そして、クロさんのお世話になりました。
お彼岸の時は、我慢しました。
「火羅のことは、今も嫌いですか?」
「嫌いです」
即答した。前に、火羅のことを話していた姫様は、親しみを感じていたような。
じとっと見ていると、すぐに話を変えましたが。
――可愛いところもあるんですよ。
――優しいところもあるんですよ。
知ったことじゃないです。
クロさんはどうなのでしょうか? 彩花様が嫌いじゃないと言えば、クロさんも。
「拙者も嫌いです」
ぱくりとおむすびを食べてくれました。
もぐもぐと口を動かすと、美味しいと言ってくれました。
父上が、四天王の皆さんが、難しい顔をしていたおむすびを。
「……クロさんはいい人ですよ」
怖い人だと思ってました。
でも、本当は違うのですよ。
彩花様の大切な家族ですもんね。なら、太郎さんも優しいのかな?
おむすび、光君に食べてほしかった。
でも、でもね。
クロさんが美味しいと言ってくれるなら、私はそれでも満足なのですよ。
「あー、星熊」
「はぁ」
「なんかさぁ……急に、八霊んとこの鴉天狗を殺したくなってきた」
「は?」
「ちょっと、殺りに行ってくる」
「な、何言ってるんすかあんた! み、皆の者! この乱心者をお、お止めしろ!」
「ええい! 止めるな! ついでにかみなりの餓鬼も殺ってくらぁ!」
「うわ、本気だよこの人。目が逝っちゃってる」
「はーなーせー」
「その籠、なに?」
光が、朱桜の手荷物に顔を向け、言った。
「秘密なのですよ」
恥ずかしげに背に隠すと、光は、重ねて尋ねることはしなかった。
巫女の怪我が心配なのだ。
もう少し訊いて欲しいですよ。
でも――ぼた餅。
これいらないですねと朱桜はしょんぼりと思った。
「ごめんなぁ、朱桜ちゃん」
「なにがです?」
「わしら、お出迎えしなくて」
「うん、ごめんね」
光も謝った。
「それは――」
気にしていた。
ひどく、気にしていた。
胸がもやもやするぐらいに。
「結界が強すぎるのじゃ。朱桜ちゃんが来たことに気づけなんだ」
「おいらも」
結界――そういえば。
よくよく気を凝らすと、強い力が満ちているのがわかる。
入る時、わざわざ彩花様が呪を唱えていた。
あれは結界の入り口を開けていたのだろう。
いつもは、中から招かれるだけで大丈夫な緩い結界なのだ。
それが今日は……あ、そうか。私達がいるからか。
「彩花様と葉子さんはどうして?」
「あの二人はずっと外で待っていたのじゃ」
「ずっと?」
「おいら達が来てから、ずっと」
「わしらもな、外で待つと言ったのじゃ。言ったのじゃが……」
「葉子さんが駄目って。寒いし、結界の中にいろって」
二人の姿を探す。建物の中に消えていた。
彩花様はやっぱり私の憧れの人ですと、朱桜は思った。遅れて、申し訳ないと思った。
寒かっただろうに、嫌な顔一つしなかった。
「ぺい」
「あは、冷たいです」
やめるですよ。
「冷たいか?」
「冷たいよ」
「冷たいですよー」
「わからんのー」
白月ちゃんと光君は仲いいです。いつも一緒にいます。
だって……
二人は、桐壺さんのお世話になっています。
桐壺さんは光君のお母さんです。
時折、桐壺さんはうちの子『達』がと言います。
それを聞くと、きりりと胸が痛くなる時があるです。
私は遠いんだなと思うです。
どちらも、お友達です。私と近しいお友達です。
沙羅ちゃんに葉子さんは、大きなお友達です。
彩花様もそうです。
太郎さんの妹の、咲夜さんも……って、一回しかお会いしたことないですけど。
鈴鹿御前さんも大きいです。
光君は、古寺では葉子さんと特に仲がいいです。
白月ちゃんも仲がいいです。
私は……やっぱり、彩花様かな。
太郎さんとはあんまりお話したことありません。
いつも黙って丸まっていて、何だか怖そうなのです。
そんな太郎さんの背に白月ちゃんが乗ってます。
物怖じしない白月ちゃんが羨ましいです。私にはとても出来ないですよ。
籠の中身。
ぼた餅。
光君、美味しそうにしてました。
お昼ご飯も、白月ちゃんはあーんてしてました。
私にもあーんとしてくれました。
鬼姫様に、「こうするともっと美味しいから! ね、宗俊!」と教えてもらったそうです。
「美味いじゃろ?」
と、笑っていました。
白月ちゃんは、素直な良い子なのですよ。
私は、駄目な娘なのですよ。
「はいです」
と言いながら、
言いながら――
「一体、なんなのでしょう」
「何がです?」
「……なんでもないですよ」
「はぁ」
黒之助さん。大きな羽なのです。
精悍な顔つきなのですよ。どことなく父上と似てるですよ。
今、クロさんのお隣にいます。
光君と白月ちゃんはお昼寝中なのです。葉子さんもお昼寝中なのです。というより、お布団なのです。
彩花様は、太郎さんと晩ご飯の準備なのです。
私は、お昼寝しないのです。
「クロさん」
「はい」
籠の中身。
光君に?
いえいえです。多分、あんなに笑ってくれないです。
駄目なのですよ。負けたくないのですよ。
……何に? いえ、誰に?
私は、いけない娘なのですよ。
「クロさんは……」
「?」
こしょこしょですよ。うわ、顔が熱いですよ。
「な、なんだかこう、胸がきゅーっとなったり、痛んだりすることないですか?」
「……病ですか」
いえ、顔をまじまじ見ないで下さい。なんだか照れるのです。
どうして照れるんでしょうね?
もう。
「そういえば顔が赤いような」
「ちょっとここ熱いのかな」
首捻ってます。だーかーらー、見ないでー。
羽を一枚ちぎると、火鉢に投げ入れました。
黒い羽が、ぼわっと鮮やかな緑色の火に包まれました。
幻想的で綺麗であります。葉子さんも火を操りますが、こっちの方が綺麗だなって思いました。
「どうですか?」
「あ、はい、結構です」
ちょっと寒いような気がしますが、身体の中がほっかほかなので大丈夫でありましょう。
「蜘蛛さんと白蝉さんは、今も仲良しさんなのですか?」
「ええ。それは、もう」
その場に長い時間耐えられないぐらいに。
あんな奴だったのだなと、鴉天狗は驚いていた。
いや、あのころもそうだったのかもしれない。だから、魅入られたのかもしれない。
「いいなぁ」
「……いいなぁ?」
黒之助の眉がみしっと寄った。
「黒之助さんには、そういう方はいないのですか?」
む……何を聞いているんでしょうね私は。
熱が引いていますが――
父上にはいました。母上です。綺麗で優しい、遠くなった人です。
叔父上にもいます。だから、今日ちょこっと怒ってたです。
口にはしなかったですが、早く会いに行きたかったのでしょうね。
私が知らないと思ってるのでしょうか?
残念、隠しているつもりでありましょうが、ちゃんと知っているのですよ。
どんな人なのかは知りませんが。
一度お会いしてみたいものです。
「むぅ……」
はっ、はっ、はっ、と笑っています。
嫌なことを聞いてしまったのかもしれません。
ごめんなさいです。
「あ、そうだ」
はいと、朱桜は籠を差し出した。
鴉はきょとんとした瞳を鬼の娘に向けた。
「これ、食べるです」
蓋を開ける。
おむすび三つ。
このおむすびを作るために試行錯誤をくり返し、朱桜は遅れたのだ。
北を向く叔父上にごめんなさいと胸の中で謝りながら、頑張って頑張って作ったのだ。
「はいです」
あーん。
あは。白月ちゃんの真似、ですね。
「……拙者が食べてよいのですか?」
ちらりと、黒之助は銀狐の方を見やった。
「いいのです。これは、あの時のお礼なのです」
そう言うと、ちくりと胸が痛んだ。
おむすびは光が好きだった。
「礼は、もう」
「いくらしてもしたりないのですよ」
彩花様と、喧嘩した。
妖狼の姫君のことで、喧嘩した。
そして、クロさんのお世話になりました。
お彼岸の時は、我慢しました。
「火羅のことは、今も嫌いですか?」
「嫌いです」
即答した。前に、火羅のことを話していた姫様は、親しみを感じていたような。
じとっと見ていると、すぐに話を変えましたが。
――可愛いところもあるんですよ。
――優しいところもあるんですよ。
知ったことじゃないです。
クロさんはどうなのでしょうか? 彩花様が嫌いじゃないと言えば、クロさんも。
「拙者も嫌いです」
ぱくりとおむすびを食べてくれました。
もぐもぐと口を動かすと、美味しいと言ってくれました。
父上が、四天王の皆さんが、難しい顔をしていたおむすびを。
「……クロさんはいい人ですよ」
怖い人だと思ってました。
でも、本当は違うのですよ。
彩花様の大切な家族ですもんね。なら、太郎さんも優しいのかな?
おむすび、光君に食べてほしかった。
でも、でもね。
クロさんが美味しいと言ってくれるなら、私はそれでも満足なのですよ。
「あー、星熊」
「はぁ」
「なんかさぁ……急に、八霊んとこの鴉天狗を殺したくなってきた」
「は?」
「ちょっと、殺りに行ってくる」
「な、何言ってるんすかあんた! み、皆の者! この乱心者をお、お止めしろ!」
「ええい! 止めるな! ついでにかみなりの餓鬼も殺ってくらぁ!」
「うわ、本気だよこの人。目が逝っちゃってる」
「はーなーせー」