あやかし姫~月の蝶(7)~
じっくりと喰らっていくのねと火羅は思った。
身体が冷たかった。火を、消された。妖狼の火が消えるほどの戦い。
白刹天の力は増していた。
多分あの男は喰らってきたのだろう。
私は……弱くなったのかもしれない。
今日の戦い方は、以前ならしなかったもの。
死の恐怖などない。そう思いたいけれど、身体が小刻みに震えている。
痛みが、じわり、じわり、と広がっていく。
牙を、かちり、かちり、と鳴らした。
恐かったろうなと、ふと、火羅は思った。
でも、あの子は微笑んで逝った。逝ってしまった。私には出来そうにないわ――
ねぇ、私は寂しいのかな。
長く生きてきたのにね。
二人の顔しか浮かばないよ。
もう少し、貴方と戯れていたかったけど、手を取り合っていたかったけど。
残念だわ――
やっと、やっとね。
やっとね。
「ぬ?」
眼を細めると、白刹天が火羅の身体を離した。
どうしたの? と考えすぐに、淀んだ、濁った、妖気のような神気のようなものが肌に沫を生じさせた。
火羅はそれを知っていた。
誰が纏っているか、知っていた。
――嘲笑。
はっと目を見開く。その嗤い声も、覚えがあった。
白刹天と同じ方角を見ようとした。
時間がかかった。
四肢が自分の物ではないようであった。
施した結界が消えている。
妖虎が退いている。
ぐると、くぐもった唸り声をあげている。
威嚇と、困惑。
女が、いた。
妖艶で無邪気な笑みを浮かべる女がいた。
純白の肌の上を、生き物のように蠢く漆黒の髪が覆っている。
月光と呼応するような、幽やかな白い光を帯びている。
美しい女だった。
荒れ果てた屋敷で、女の周囲だけはまだ形を成していた。
そこは、姫様が横たわっていた場所だ。
無事なのは、火羅が姫様に掛けた結界の力のおかげ……というだけではない。
真紅の妖狼が破れた理由の一つがそれであった。
火羅は、姫様を守るように戦い、力尽きたのだ。
「いいなぁ」
女が、言った。
嫌な、綺麗な、声であった。火羅の息が荒くなった。汗を、掻いていた。
傷口をつたい、少し滲みた。
怖気――全身を支配する。
女への恐怖に支配されながら、同時に胸の奥底から悦びが沸き起こっていた。
「いいなぁ、この匂い。いいなぁ、いいなぁ」
紅くふっくらとした唇をすらりと伸びた指で押さえる。
幼い、艶やかな、笑み。
頬を少し紅潮させると、女は、
「久しいなぁ。あの時は、囚われたからなぁ。あのいたちも美味であったが、今宵はどうであろう……さぁ、来やれ。妾を食べたかろう。よいぞ、好きなだけ喰らえ」
喰らえるものならと続け、手を誰にともなく差し伸べた。
夢ではなかったのと、火羅は思った。
女を、知っていた。
女を、知らなかった。
身体が冷たかった。火を、消された。妖狼の火が消えるほどの戦い。
白刹天の力は増していた。
多分あの男は喰らってきたのだろう。
私は……弱くなったのかもしれない。
今日の戦い方は、以前ならしなかったもの。
死の恐怖などない。そう思いたいけれど、身体が小刻みに震えている。
痛みが、じわり、じわり、と広がっていく。
牙を、かちり、かちり、と鳴らした。
恐かったろうなと、ふと、火羅は思った。
でも、あの子は微笑んで逝った。逝ってしまった。私には出来そうにないわ――
ねぇ、私は寂しいのかな。
長く生きてきたのにね。
二人の顔しか浮かばないよ。
もう少し、貴方と戯れていたかったけど、手を取り合っていたかったけど。
残念だわ――
やっと、やっとね。
やっとね。
「ぬ?」
眼を細めると、白刹天が火羅の身体を離した。
どうしたの? と考えすぐに、淀んだ、濁った、妖気のような神気のようなものが肌に沫を生じさせた。
火羅はそれを知っていた。
誰が纏っているか、知っていた。
――嘲笑。
はっと目を見開く。その嗤い声も、覚えがあった。
白刹天と同じ方角を見ようとした。
時間がかかった。
四肢が自分の物ではないようであった。
施した結界が消えている。
妖虎が退いている。
ぐると、くぐもった唸り声をあげている。
威嚇と、困惑。
女が、いた。
妖艶で無邪気な笑みを浮かべる女がいた。
純白の肌の上を、生き物のように蠢く漆黒の髪が覆っている。
月光と呼応するような、幽やかな白い光を帯びている。
美しい女だった。
荒れ果てた屋敷で、女の周囲だけはまだ形を成していた。
そこは、姫様が横たわっていた場所だ。
無事なのは、火羅が姫様に掛けた結界の力のおかげ……というだけではない。
真紅の妖狼が破れた理由の一つがそれであった。
火羅は、姫様を守るように戦い、力尽きたのだ。
「いいなぁ」
女が、言った。
嫌な、綺麗な、声であった。火羅の息が荒くなった。汗を、掻いていた。
傷口をつたい、少し滲みた。
怖気――全身を支配する。
女への恐怖に支配されながら、同時に胸の奥底から悦びが沸き起こっていた。
「いいなぁ、この匂い。いいなぁ、いいなぁ」
紅くふっくらとした唇をすらりと伸びた指で押さえる。
幼い、艶やかな、笑み。
頬を少し紅潮させると、女は、
「久しいなぁ。あの時は、囚われたからなぁ。あのいたちも美味であったが、今宵はどうであろう……さぁ、来やれ。妾を食べたかろう。よいぞ、好きなだけ喰らえ」
喰らえるものならと続け、手を誰にともなく差し伸べた。
夢ではなかったのと、火羅は思った。
女を、知っていた。
女を、知らなかった。