あやかし姫~月の蝶(11)~
閉め切った部屋。
床を、壁を、戸を、ちかりと緑色の光が時折奔る。
灯火。
火が奏でる煙は、甘い香りがした。
姫様が小さな刀を手にしていた。
真っ赤に灼けた刃の熱気が、真剣な顔つきをした姫様を揺らめかせている。
背を向けると、するりと火羅が衣を脱ぎやった。
傷ついた裸身を露わにすると、
「これで、楽になれるかしら?」
そう、言った。首を傾けると、僅かに赤髪がざわめいた。
姫様の手が震え、刃が揺らぐ。
くんと鼻を動かすと、さぁと、促すように肩を竦めた。
瞼を落とすと、一度、大きく息を吐く姫様。
震えが止まる。
火羅が、背筋を伸ばすと目を瞑る。
肌に、小太刀が吸い込まれた。
「あ……」
手早く小太刀を抜き、水に浸す。じゅっと音がし湯気が昇る。
姫様は傷口に唇を押し当てた。
しばし、その姿勢。
頬が膨らむ。
唇を離す。
含んだものを、器に吐きやる。
その間、火羅は両手を床につけ、俯き加減に長い髪を垂らすと、じっとしていた。身をわなわな小刻みに震わせながら。
何度も傷に触れ、吸い、吐き出す。
器に溜まっていく。
姫様が、とんと、背を優しく撫でた。
肩越しに、弱々しく姫様に視線を向けると、
「終わったぁ?」
と、甘えるような口振りで火羅が言った。
「うん」
水差しに口につけ、うがいをし、水を吐き出す。
唇を布で拭うと、
「終わりました」
そう、言った。
ほっとした表情を浮かべる火羅を尻目に、姫様は次の動作に移った。
小太刀を、灯火にかざし、両面を炙ったのだ。
火羅が、うっと身を固くする。
「まだ、」
熱を持った刃を、傷口に押し当てる。
肉が灼ける臭い――は、すぐに甘い匂いに消えていった。
「……終わってないじゃないの」
「終わりましたよ」
吸い出したもの――膿に視線を落とすと、姫様は目を伏せた。
「終わりました」
火羅が変化する。
巨大な妖狼が頭を振った。
また、半人半妖の姿に戻る。
肩を落とすと、
「出ない……」
そう、火羅は口惜しげにうめいた。
「傷も癒えてませんしね」
衣を掛けると、火羅は衿を小さく握った。
姫様は、纏っていた布を畳むと、器を持って外に出た。
「よろしくお願いします」
外では、葉子が手持ち無沙汰に待っていて。
ぶらぶらさせていた足を止め、
「あいよ」
と受け取った。銀狐が声をかける間もなく、姫様はすぐ、部屋に戻った。
戸が閉まる。
ぽつんと、しょんぼりと、葉子は閉められた戸を見やる。
小妖達が集うと、う、っと、鼻を、鼻と思しきところを、押さえた。
「頑張るさねぇ、姫様ぁ」
とことこと、小妖達が銀狐の後を付いていく。
不届き者が戸に触れ結界に弾かれ、ぎゃっと転がっていった。
「……頑張りすぎだよ」
地面の穴に器の中身を注ぐと、ぱらぱらと土を入れた。
床を、壁を、戸を、ちかりと緑色の光が時折奔る。
灯火。
火が奏でる煙は、甘い香りがした。
姫様が小さな刀を手にしていた。
真っ赤に灼けた刃の熱気が、真剣な顔つきをした姫様を揺らめかせている。
背を向けると、するりと火羅が衣を脱ぎやった。
傷ついた裸身を露わにすると、
「これで、楽になれるかしら?」
そう、言った。首を傾けると、僅かに赤髪がざわめいた。
姫様の手が震え、刃が揺らぐ。
くんと鼻を動かすと、さぁと、促すように肩を竦めた。
瞼を落とすと、一度、大きく息を吐く姫様。
震えが止まる。
火羅が、背筋を伸ばすと目を瞑る。
肌に、小太刀が吸い込まれた。
「あ……」
手早く小太刀を抜き、水に浸す。じゅっと音がし湯気が昇る。
姫様は傷口に唇を押し当てた。
しばし、その姿勢。
頬が膨らむ。
唇を離す。
含んだものを、器に吐きやる。
その間、火羅は両手を床につけ、俯き加減に長い髪を垂らすと、じっとしていた。身をわなわな小刻みに震わせながら。
何度も傷に触れ、吸い、吐き出す。
器に溜まっていく。
姫様が、とんと、背を優しく撫でた。
肩越しに、弱々しく姫様に視線を向けると、
「終わったぁ?」
と、甘えるような口振りで火羅が言った。
「うん」
水差しに口につけ、うがいをし、水を吐き出す。
唇を布で拭うと、
「終わりました」
そう、言った。
ほっとした表情を浮かべる火羅を尻目に、姫様は次の動作に移った。
小太刀を、灯火にかざし、両面を炙ったのだ。
火羅が、うっと身を固くする。
「まだ、」
熱を持った刃を、傷口に押し当てる。
肉が灼ける臭い――は、すぐに甘い匂いに消えていった。
「……終わってないじゃないの」
「終わりましたよ」
吸い出したもの――膿に視線を落とすと、姫様は目を伏せた。
「終わりました」
火羅が変化する。
巨大な妖狼が頭を振った。
また、半人半妖の姿に戻る。
肩を落とすと、
「出ない……」
そう、火羅は口惜しげにうめいた。
「傷も癒えてませんしね」
衣を掛けると、火羅は衿を小さく握った。
姫様は、纏っていた布を畳むと、器を持って外に出た。
「よろしくお願いします」
外では、葉子が手持ち無沙汰に待っていて。
ぶらぶらさせていた足を止め、
「あいよ」
と受け取った。銀狐が声をかける間もなく、姫様はすぐ、部屋に戻った。
戸が閉まる。
ぽつんと、しょんぼりと、葉子は閉められた戸を見やる。
小妖達が集うと、う、っと、鼻を、鼻と思しきところを、押さえた。
「頑張るさねぇ、姫様ぁ」
とことこと、小妖達が銀狐の後を付いていく。
不届き者が戸に触れ結界に弾かれ、ぎゃっと転がっていった。
「……頑張りすぎだよ」
地面の穴に器の中身を注ぐと、ぱらぱらと土を入れた。