小説置き場2

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あやかし姫~月の蝶(13)~

 翁が、囁いていた呪を止める。
 紙で作られた人形に、何かが刺さった。木製の台の上に置かれた人形には名前が書かれていた。
 彩花と火羅、二人の名前。
 何かが刺さったのは、姫様の名を書かれた人形。
 翁が、人形に刺さったものを抜きやる。
「ほぉ」
 小さな龍が、翁の手の中で身をくねらせた。
「龍か……」
 式神――
「彩花を、なぁ……」
 龍と視線を合わせる。掌の中で動かなくなった。
「いけ」
 龍が、ぶるると鱗をさんざめかせ、頭領の手から飛び立った。
 後を追うように、頭領の姿も、消えた。
 


 頭領が現れたのは、目を見開き、口から血を流す女の前。
 女は、小さな龍に背後から貫かれていた。
「なるほど……やはり、陰陽師か」
 火羅の居場所を探るのは、妖虎には無理なことではないかと考えていた。
 妖狼の中に、情報を流した者がいたか、そういうことに、秀でた者がついていたか。
 後者であったようだ。
 白刹天の首を持ち上げる。
 女が、白刹天様に触れるなと、言った。
「あの狼に、手を貸す者かぁ!」
「……知らぬわ」
 ぽんと、球のように首を扱う。
 頭領は、冷ややかな視線を女に送ると、
「儂が、狼の姫を? 冗談もたいがいにせい」
「……がっ?」
「西の妖狼族は過ぎた力を持った。あれは大きくなりすぎた。儂はそう思っておるよ」
 ふむ。
 玉藻が動かぬで、儂も何をするでないが。
「じゃあ……どうして、」
「違うじゃろう? この愚か者は、儂らの姫君に、いらぬことをした。火羅は、どうでもよい。そう、どうでもよいことよ。お前達は、儂の施した術に亀裂をいれた。せっかく首を一つ落とし、血を呑ませたのに。その上、式神の狙いをなぁ」
 女は、もう、長くはない。
 だから、話をやめた。
「触れるな、か。おぬし、この妖虎を好いていたか?」
「……おかしいか……」
「いや」
「好いていた……心の底から、愛していた。お役にたとうと思い、そのために、火羅の居所を掴んで、」
「そうかそうか、じゃあ」
 頭領は見せてやった。
 白刹天が、妖虎達が、死ぬ様子を、殺される様子を、とくと見せてやった。
 女が目を閉じても、光景は、続く。
 おぞましい光景であった。
「やめろ……」
「これが、その場所に残った記憶よ」
「やめ……やめ……や……」
 死んでいく。幾度となく死んでいく。女が、妖虎達を殺していく。
 言葉が途切れ、女は呆けたようになる。
 ただ、見下ろす。そこに、古寺の好々爺はいなかった。
 女が事切れた。その前に、死んでいた。
「さてと……」
 らしくないなと、翁の影が囁いた。
「仕方あるまい。せっかくの縛りを壊されてはの……あれは、もう、通じぬしの」
 どうするのだと、違う声が囁いた。
「どうしたものかよ」
 天は嗅ぎ付けたか? と、影が囁いた。
「血は、ほとんどなくなったろうな」
 ちえっ。影が舌打ちすると、女の亡骸に伸びた。
「まて、喰らうな。にしても、どうするか」
 術を禁じていたのも、知られたな。
「あんなもの、そう何度も使われてなるものか」
 まだ、時はある。ゆっくりと考えよう。
「……失いたくはない」
 そう、重く、重く、言った。



「やはり、火羅さんが?」
「うむ。燃やし尽くしたのじゃな。それで、力を使い果たしたのだろう」
 覚えてはいないようじゃが。
「火羅さんの傷のことを広めた方も、亡くなったのですね」
「儂が施した結界に、放った式を返されての。仇討ちのつもりだったのじゃろう。白刹天に連れ添っていたそうじゃ」
 仲は、良かったらしい。ことが済めば、夫婦になると。
 憐れに思うか?
「……覚悟のうえのはずです」
 ならば、何も申しません。
 殺し、殺され。妖には、掟がある。暗黙の掟。それは、重々承知していた。
 妖狼が妖猿の群れを潰したことも、姫様は、当然だろうとしか思わなかった。
 姫様と、頭領の、会話。ぎこちない、言葉の交わり。 
「術が使えなんだことが、不満か?」
「とても」
 乗ってきた車が壊され、居場所がわからず、帰り方がわからず。
 出来ることは、どれだけ時間がかかるかわからぬが、古寺へ式を送ることと、傷に薬を塗ること。そして、もう一つ。傷を負った火羅に、術を行使しようとした。
 使えなかった。
 諦めすぐに薬に切り替えた。
「儂はあの術を教えたことを後悔しておった」
「私はあの術で太郎さんを助けました!」
「じゃが……あの時は、運が良かった。あれは、ぬしに使いこなせる術ではない。一歩間違えれば、死んでおった」
「頭領! ならばどうして黙って!」
「それは、詫びねばならぬことよ」
 翁が頭を下げると、姫様の剣幕が薄れた。
「ぬしが聞き入れるとは思えなんだ。手放すとは思えなんだ。それで、よ。わかってくれ……」
 ぬしのためを、思うてよ。
「……私は……」
 もっともらしい、辻褄の合う話。
 だが、言葉の端々に、潜んでいる。
「む?」
「頭領……」
 嘘には、慣れています。慣れ親しんでいます。
「蛇の、化身」
「ふぅむ」
 何じゃ?
「私は、その妖……妖と言ってよいかどうかわかりませんが、心当たりのある名前があります」
「言うでない」
 蛇は、当たっておろうよ。
「もうすぐ、十六ですね」
「そうじゃな。早いものよ」
「どうなるのでしょう、私は」
「……ぬしは、ぬしよ」
「……太郎さんにも、同じことを言われました」
「ほぉ……」
 あやつが、なぁ。
 ん?
 なんじゃと?
「どうしました?」
「いや……」
 太郎が、そう言うたか。
「火羅さんの所に行きます。その方のことを伝えておかないといけませんし」
「う、うむ」
 姫様を見送ると、頭領は額を抑え、くぐもった笑い声をあげた。
 六つの蛇が、翁の影より鎌首をもたげる。
 どうした? と、しゃーしゃーと言った。
「一枚上手であったか」
 どんと頭領は拳を膝に打ちつけた。
「気づくべきで、あったな」