小説置き場2

山岳に寺社仏閣に両生類に爬虫類に妖怪に三国志にetcetc

思案中思考中3

 今日の戦を思い浮かべる。
 負傷者が七人。
 千という賊徒の数を考えれば、完勝であろう。だが、黒狼軍を動かしたのだ。
 相手は、統率のとれていない烏合の衆。騎獣も斥候だけ。それなりの力があったのは、率いていたと思われる男と、その周囲の五十ばかし。
 無傷で帰還できたはずだ。
 七人は、しばらく躰を休めなければならないだろう。このまま、軍を辞める可能性もあった。
 一から思い返す。賊徒の出現を知らされ、黒狼軍の出動を決めてから。
 一から思い比べる。『前太守』であったら、どうしただろうかと。
 『前太守』が率いていたら、同じように戦をしただろうか。違う戦をしただろうか。
 どのような戦であれ、無傷で済んだ――そう、思った。
 二千の軍を粉砕したときも、全軍では被害が出たが、黒狼軍は無傷だった。
 一兵卒であったときは、楽だった。
 ただ、指示に従って狼を走らせ、戟を振るっていればよかった。
 黒狼軍に入ったときも、それは変わらなかった。むしろ、傍で戦えるという喜びがあった。
 五十人を率いる将校に引き揚げられたときも、指示に素早く反応することだけを考えていた。
 今は、違う。
 戦場で決断するのは、自分だ。
 だから、比べる。
 自分の戦と、『前太守』の戦を。
 頭の中には、間近で見たものに加えて、話を聞いたり、資料を読んだりして得た、『前太守』の全ての戦が入っていた。
 深く考えを沈めていくと、ふいに、『前太守』が戦を始める。
 新しい戦だ。
 それを、じっと眺める。
 実際の戦よりも見事な戦だった。
 『主役』は自分を責めた。どうして、このように出来なかったのかと。『前太守』なら出来たはずなのにと。
 三度、眺めた。
 気がつくと、日が暮れていた。
 戦が終わると、いつも同じことを繰り返した。
 義妹が悲しげにこちらを見ている。きっと、苦しげな表情を浮かべていたのだろう。
 『主役』は、淡く笑むと、首を振った。 
「いつもつき合ってくれて、ありがとう」
「うーとね、ありがとうなんて、言うことないよ。好きでやってるんだから」
「ありがとう」 
 
 
 
 前太守
 主役と義妹を、白蛇の女妖と育てた。
 生まれは不明。秘している気配。あまり自分のことを語らないが、白蛇の女妖には語っていた。
 突如現れ、多数の妖人の部族が個々にあったのを、十年あまりで群として一つにまとめあげる。
 独自の軍を設立、黒狼軍と名付ける。北天群は山が多く、幻狼は優れた移動手段であった。
 病に倒れ、半年後、逝去。三十後半であった。
 直接の死因は、病ではない。白蛇の女妖によって喰われたのだ。
 毛の一筋も残らず、骸なしに葬儀を行った。 
 戦では黒狼軍を率い、群の統治を行っていた。
 武芸、軍事、政事に秀でた才を見せるが、ひょうひょうとしており、山に戻りたいなぁとよく白蛇の女妖に言っていた。
 古びた館を群庁とし、そこに住み込む。
 黒い方天戟、黒い具足、黒い狼は、主役とお揃い。
 太守の座も、主役が引き継ぐ。
 州牧は国が任命するが、太守は、その子供か土地の有力者がなる。
 北天群を束ねられるのは、主役と義妹のどちらかしかいなかった。他の誰がなっても、割れることが目に見えていたのだ。『前太守』の名は大きく、北天群を存続させる力があった。
 義妹はあっさりと放棄し、その役目は主役に回ってくる。
 『前太守』自身、それを予期していて気に病んでいた。
 主役を縛る鎖となっていたりするかも?
 揚州牧の息子には、戦に重きを置いていたと毛嫌いされる。

 上記の文は、黒狼軍と賊徒の戦が終わって後――のなんだかなぁな文章