小説置き場2

山岳に寺社仏閣に両生類に爬虫類に妖怪に三国志にetcetc

突発企画、学園あやかし姫

「む、むむぅ……わかんない。も、もう駄目…後は、頼むね。墓前には、胡瓜を供えてくれれば、私は満足……ガク」
「駄目! 沙羅ちゃん、頑張らないと!」
咲夜さん、寝っ転がってそんなこと言っても説得力ないから」
「ううう……彩花さん、パス!」
「……エー」
 セーラー服姿の四人の乙女が、大きな丸机に座して、さっきまでうんうん頭を捻っていた。
 今、一人は、机に俯せになっている。
 一人は、寝転がっている。
 一人が、かりかりと鉛筆を動かしていた。
 彩花、沙羅、咲夜、火羅の四人組――火羅が、トイレと席を立ったので、今は三人――は、中学校帰りに彩花の屋敷で、今日出された宿題に取り組んでいた。
 沙羅、咲夜は早々にギブアップ宣言。
 彩花と火羅に解いてもらおうという態勢になっていた。
「大獄丸先生が、難しい宿題出すから悪いんです!」
「そ、そうだよねー」
「……」
 お世辞にも優秀な成績を収めているとは言い難い二人に同意しない彩花。
 曖昧な微笑みを浮かべながら、一言、「出来ました」と口にした。
「よーっし、写させてもらいますよー」
「いやです」
「……はいはい」
「あーれー」
 ひょいと咲夜にノートを奪われる。毎度のことなので、それ以上言い募ることはしなかった。
 彩花は、凝った肩を押さえ、空席を見ながら、
「火羅さん、遅いですね」
 そう、言った。
「……そうだね」
「……も、もしかして、迷った?」
「そんな、子供じゃないんだから」
「い、いやぁ、ここ、広いし」
「そんなに広くありませんよ」
 彩花が全力で否定する。二人が、つっこみたい気持ちを必死に押さえながら、よく日焼けした顔に引きつった笑みを浮かべた。
 敷地面積を東京ドームを単位に数えというのに、広くないとはこれいかに。さすがは学園理事長の孫、八霊財閥のお嬢様といったところであろうか。
「お嬢様!!!」
 広い部屋に、不意の来訪者。ドアを開けたのは、妙齢の美人メイドさんである。
 あまり家事全般に向かないように思えるひらひらの可憐な衣装は、本人の趣味で手作りであった。
「どうしたの、葉子さん?」
 息を切らして入ってきたメイド長の葉子に、落ち着いた物腰で彩花が言った。 
「い、今、黒之助達も探してますがね……い、いないんですよ!」
「「火羅さんが!?」」
 沙羅と咲夜が声を合わせる。
 近寄りがたい雰囲気を纏い、クールビューティと謳われる火羅が、本当はえらく抜けているのを二人は知っていた。
 思いこみが激しいし、ああ見えて寂しがり屋だし、妹である赤麗の方がずっとしっかりしているのだ。
「違うさね」
「……お姉様?」
 彩花が、言った。
「はぁ、部屋がもぬけの殻でして……」
 執事長である黒之助が、やはり慌てた様子でやってきた。
 ドアの前に立っていた葉子の背後に立つ形に必然的になる。
「あたいの後ろに立つな!」
「ぬぅ!」
 葉子の鋭い蹴りを、黒之助の腕が防ぐ。
 びりびりと、壁が揺れた。
 沙羅と咲夜が怯える。メイド衆と執事衆を束ねる二人は彩花のSPも兼ねていて、あらゆる武芸に精通していた。そして、気性が荒かった。
 目を細めた彩花が、ぽいと消しゴムの切れ端を、得物を取り出そうとした二人に投げつけた。
「とにかく、お姉様を早く探さないと」



「相変わらず無駄に広いわね……」
 とぼとぼと、少女がだだっぴろい廊下を歩いていた。
 火羅、である。
 心細げな顔をしていた。白い肌が、青みを増して蒼白になっている。
「全く、わ、私は、ちょっと散策してるだけなんだからね!」
 誰に言うでなく、独り言。
 にしては、さっきからきょろきょろと辺りをしきりに窺っていた。
「ふ、ふん! お、お散歩もいいものね! 頭ばかり使ってたから、たまには身体を動かさないと!」
 重ねるが、火羅は一人である。
 声が大きいが、一人である。
「……いと……」
「だ、誰!」
 自分の声が反響したのだと気が付いて、がっくりと肩を落とした。
 彩花の屋敷は、広い。本当に広い。
 考えたくないが、迷子になったようだ。やはり、来た道を引き返すべきであった。  
「そ、そうだ……こんな時のための携帯……」
 二世代前の携帯を取り出す。
 かぱりと開くと圏外の二文字。
 絶望した。
「な、なんてことなの……それじゃあ、私は……きっと、ここで、誰にも見つからず、ひっそりと野垂れ死んじゃうんだ。十年ぐらいして、白骨死体、屋敷で発見って、新聞の見出しに踊るんだ。ど、どうしよう。赤麗、大丈夫かな。いえ、赤麗なら、一人でも生きていける。強い子だもの。私の妹だもの。ああ、でも、これから、私を一生をかけて捜したりして。あの子なら、ありえる。どうしよう、どうしよう」
 と、妄想を拡げながら、虚ろに歩いているときだった。
 彩花が微笑んでいた。
 思わず、
「彩花さん!」
 と、大きな声を出していた。
 声をぶつけても、彩花は動かなかった。微笑んでいるだけだ。
 制服ではなく、桜色の着物を身に纏っていた。
「……絵?」
 動かないはずだ。絵、であった。重厚な油絵だ。
 よく、描けていた。
 彩花の穏やかさと優しさと気品が作品から滲み出ていた。
 本物と間違えるぐらいに。
 暗がりであったとはいえ、ちょっと恥ずかしくなった。
「本物より美人じゃないの」
 これを描いた人は、彩花のことが好きなんだろうなと、ふと思った。
「それは、ない」
「……絵が、喋った!?」
 それから、ぎょっと後退った。
「そんなわけあるか、阿呆が」
「あ、阿呆って……誰が阿呆よ!」
 声は、後ろから聞こえてきた。
 火羅が振り返り、あれと首を傾げた。
 そこに、絵の人物――彩花がいたからだ。
「……彩花さんが、阿呆と?」
「……やはり、阿呆よな」
 火羅の知っている彩花は、人を小馬鹿にした態度を取るような少女ではなかった。
 孤立していた火羅に、優しく話しかけてくれるような少女だ。
 なのに、白い着物を着た目の前の彩花は、鼻をふんと鳴らしながら、阿呆阿呆と繰り返す。
 火羅は、狐に化かされているような気がして、何度も瞬きした。
「まあ、よいわ。そなたの名は?」
 少女の口調には、傲慢な響きがあった。
「へ? 私?」
「他に、誰がおるか」
「……私?」
「そうよ」
「そんな……彩花さん、悪い冗談はよしてよ、ねぇ」
「冗談だと?」
「ちょっと、ちょっとやめてよ!」
 薄暗い人気のない廊下で、どこか顔色の悪い友人にそんなことを言われたら……
 まるで、ホラー映画である。
 そういえば、ここは古いお寺であったはずだ。足下が、お墓であった可能性もあるのだ。
 火羅は、恐い話を聞くと、夜のトイレに妹と一緒に行くタイプであった。
「ね、ねぇ、やめてよ」
「だから、そなたの名前を」
「そんな……やっと友達が出来たと思ったのに……お願いだからそんなのやめて」
「……おぬし、少々勘違いをしておるのではないか?」
「……」
 くすんと俯いて目を擦る。
 火羅には友人といえる存在が少なかった。
 彩花は、数少ない友人の中で、一番の友人だった。
 親友だった。
「妾は、この彩花ではないぞ」
 絵を指差しながら、目の前の少女は、そう、言った。
 火羅は紅い目を少女の指先に向けた。
「妾は、この絵を描いた方ぞ」
「……」
 彩花は、絵が下手のはずだ。
 確か、体育と美術の成績はいつも3である。テストの点はいいので、毎回3だった。
「妾は、彩花の双子の姉で、彩華という」
「は?」
「漢字は、それであるよ」
 少女は絵の下の板を指差した。
 そこには、「姉たる彩華から、愛する妹の彩花へ」と、書かれていた。
 そういえば、彩花には双子の姉がいると聞いたことがあった。
 病弱で、学校にはいけず、屋敷でずっと静養しているという。まだ、会ったことは、なかった。
「……お姉さん」
「うん」
 絵が上手く、優しく、美しく、方向音痴で牛乳が嫌いの……
「お姉さん……は、はじめまして!? ひ、火羅といいます! 妹さんとは、大変に親しくさせてもらっております!」
「うむ、そうか。やはりそなたが火羅か。妹が、よく話しておるでなぁ。何となく、そうではないかと思っておったのよ」
「さ、彩花さんが、私のことを何と?」
「む、聞きたいか?」
 どうにも居心地の悪さを感じる。同じ顔なのだ。髪型も、一緒。背中に長い黒髪が流れている。
 肌がより青白く、どこか嘲りに似た色が顔に浮かんでいるのが、異なる点であった。
「は、はい」 
「ふふん……妹思いの優しい姉だと言っておったぞ。妾と同じであろうかや」
 彩華に褒められると、彩花に褒められているようで、嬉しかった。



「いたいた、お姉様!」
「うむ、彩花、妾はここにいるぞ」
「火羅さんも!」
「え、えへ」
 二人は、廊下の片隅で三角座りをして、ぼーっと天井を眺めていた。
 駆け寄った彩花がまずしたことは、彩華の額に手を当てることだった。
「やっぱり……お姉様、熱!」
「むぅ……そういえば、地面がさっきから揺れておるような気がしないでもないな」
「ぎゃーっす!!! 葉子さん!!!」
「はいさね!!!」
 医者と看護婦さんと一緒にベッドを運んできた葉子が、医療チームを待機させると大股で近づいてくる。彩華の華奢な身体を軽々担ぐと、寝床につかせた。
「ううむ……すまんな、彩花」
 袖をめくられ、青白く、細い腕を晒した。
「いいのですよ、お姉様。でも、あまり心配かけないで下さいね」
 姉妹が、手を握り合った。
「わかっておる……おぬしの友人に、妹を宜しくと言おうと思ったのよ」
「お姉様……その言葉だけで、私は胸がいっぱいです」
「フフ……ついでに、悪い虫がつかないようにとな。そう、あの犬っころのような」
「……」
「火羅、約束、忘れるなよ」
「え、あの……」
 彩華が運ばれていく。大袈裟なと文句を言っていたが、葉子の目は、マジであった。
「はぁ……火羅さん、お姉様を見つけて下さったんですね。ありがとうございます」
 言えない。
 一緒に迷子になっていたなんて、言えない。
 古いお寺を改築して増築に増築を繰り返したこの屋敷は広すぎで、二人でしばし彷徨い、じっと動かぬ方が得策だという結論に達したなんて、とてもじゃないけど言えない。
「う、うん」
「約束って、何ですか? お姉様、とても嬉しそうでしたが」
「絵のモデルにならないかって言われて」
 火羅の顔が、かーっと赤くなった。
「まぁ。お姉様、とても絵が上手なのですよ」
「……裸婦画の」
「……」
 そなた、なかなかよい顔をしておるのと顎をもたれ、じっと覗き込まれ、それからぺたぺたと身体を触られ、妾達と違って貧相ではないと言われ。
 どう反応していいのか、わからなかった。
「……」
「……」
 二人の間に、しばらく沈黙が訪れる。
 それから、どちらともなく、咲夜の兄の話をしながら歩き出した。



 というわけで、というわけでした^^;
 ちょっとやってみた。反省はしてない
 さぁ、本編の続きを考える作業に戻るんだφ(・ω・` )