小説置き場2

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あやかし姫~姫と火羅(終)~

 少女は、一振りの小太刀を手にしていた。
 煌めく刃を、食い入るように見ていた。
 刃紋が、少女の顔を映す。
 気配を感じ、ふっと視線を動かした。
 戸。隙間。紅髪の少女。
 火羅が、部屋に入り、腰を落ち着けた。俯き気味の、翳りのある表情。瞳に、固い光があった。
 姫様が覚束ない手つきで小太刀を鞘にしまった。
「それ、」
 火羅には、姫様が手にしている小太刀に見覚えがあった。
 妖虎達と争い、深手を負ったとき、傷口から膿を出すのに姫様が使っていたものだ。
 あの時、背に唇を添わせ、傷を姫様が吸った。
 そのことを思いだし、女が言ったことを思いだし、火羅は顔をしかめた。
「妖気を帯びてるわね」
「これで、葉子さんの腕を切り落としましたから……」
 妖狼と妖狐の血を吸った刀は、引き込まれるような輝きを帯びていた。
「それが……そう、その刀が……ねぇ」
「はい?」
「彩花さんがしなくてもよかったんじゃないの?」
「……」
 姫様は、青い衣をまとっていた。薄青の生地に、銀の糸が流れていた。
 火羅は、赤い衣をまとっていた。真紅の生地に、金の糸が流れていた。
「太郎様の傷は軽かったんだし……何も貴方が、そんな辛いことを」
 火羅をここに運んだのは、太郎だった。
「私がしないといけなかったんです」
「でも」
「私が、しないと」
 息を吐く。
「お母さんの……お母さんだから、娘の私が」
「そう……」 
 羨ましいと火羅は思った。
「私のこと、恨んでる?」
「いいえ」
「恨んでもいいのよ」
「いいえ」
「ここで……ここにいても、いいの? 本当にいいの?」
「ええ」
 そんなことかと言うように、姫様は微笑んだ。
 どんよりとした冬雲を裂く日輪のようだと、火羅は思った。
「葉子さんも、太郎様も、黒之助さんも、そう言ってくれる。でも、私は問うわ。こんな私が、いてもいいの?」
「いたくないの?」
 姫様の悲しげな問いかけに、火羅は息を呑んだ。
 しばらく目線を彷徨わせると、首を振った。
「私には、もう、拠るべき場所はない。信じられる人も、いない。一族も、親にすら、いらないと言われた。全部、なくなった。貴方以外は……でも、私は、貴方に酷いことをした。貴方の母親に、太郎様や黒之助さん達に、酷いことをした」
「私達、友達でしょ?」
「友達……」
「私はそう思っています」
「その資格が、この私にあるの?」
「さぁ」
 姫様は、困ったように笑むと、
「火羅さんは、私のことを、どう思っているんですか?」
「……友達だと、思いたい」
「一緒ですね」
「……一緒なの?」
「ええ」
 姫様が、手を伸ばした。
 火羅も、手を伸ばした。
 二人の指先が触れあい、絡み合った。
 繋いだ。
 生き直すのだと、思った。
 生き直せるのだと、思った。
 しっかりと繋ぐ。
 姫様が、葉子のように、火羅の頭を撫でた。
 火羅の心は、満ち足りていた。
 赤子のような笑みを、向けた。



「どういう、こと?」
 火羅は、じっとこちらを見据える赤い瞳と黒い瞳に、恐怖を覚えた。
 思わず、腰を下ろしたまま後退る。
 近づいてくる。
 高く上げようとした悲鳴は、唇に塞がれた。
 木々が揺れ、雲が動き、夜の星々が光を発していた。
 月。
 雪が降りゆく。白雪が、一つ、二つと、花にかかる。
 黒い梅が咲いていた。
 枝が蠢く。華を支えるのは、無数の蝶。
 梅と雪、黒と白が混じり合った。
「お前は妾の物ぞ。言ったろう?」
 そう、女が、艶美に嗤った。