小説置き場2

山岳に寺社仏閣に両生類に爬虫類に妖怪に三国志にetcetc

思案中思考中5

 熟考に熟考を重ねた。
 選択肢を何度も消した。消して、一つにして、また元に戻した。
 頭は、自分でも驚くほどに冷え冷えとしていた。
 三日、そうやって過ごした。
 水だけを口にした。
 『義妹』の部屋にも行った。
 部屋に行き、寝台の傍らに座ると、『義妹』は、片目でこちらを見やり、片手を固く握られた拳の上に置いた。
 いたたまれなくなり、すぐに部屋を出た。そんなことを何度も繰り返した。
 軍袍に袖を通す。
 具足を身に着ける。
 朝方。
 一日の始まりを告げる、茶鶏の鳴き声がした。
 壁に背を預け、方天戟を磨いた。
 軽く、鋭く、自分の手に馴染んだ、得物。
 磨き上げられた刃の輝きは、命を宿しているようであった。
 北天群の太守、『義妹』の姉、黒天の……娘。
 白蛇と黒狼の合いの子。
 侮蔑の意が込められていたが、悪くないと思った。



「決めたわ」
「そう」
 『義妹』は、ふわりとした、いつもの笑みを向けてきた。
 それ以上何も言えず、黙って文を渡した。
 想いを綴った――詫びの言葉と、感謝の言葉を、思い浮かぶ限り連ねたもの。
 一読すると、大事に懐にしまった。
「そうするだろうと思った」
「……」
「そうしてくれるだろうと思った。私の思った通りー」
「姉妹だものね……」
 『義妹』は、自分の想いを汲むのが得意であった。
 自分は、決してそうではなかった。
「嘩陀さん、呼んだよ」
 それがいいだろうと思っていた。
 思ってはいたが、想いが邪魔して、口にすることは出来なかった。
「いいよね」
 黙って、首を縦に降る。
 是と、口にしたくはなかった。
「一応、他にもやってる」
 口振りが、冷たいものになる。
「だから、『主役』ちゃんの好きにしたらいいよ」
「そうさせてもらうわ」
「むふー」
 身体をゆらゆらと嬉しそうに揺らす。
 ぴたりと止めると、
「無茶しないようにー」
「わかったわ」
「本当だよ!
「わかったわかった」
 


 王狼を厩舎から引く。
 ぽんと背を叩く。
「お前には、済まないことをする……だけど、許して」
 身動ぎせず、屹立していた。
 本当に良い幻狼だった。自分には勿体ないぐらいだった。王者の風格すらある、幻狼の中の幻狼だった。
 跨る。
 戟を構える。
「待って下さい」
「牙宝……」
 呼びかけられ、思わず後ろに注意を向ける。
 はっと気が付いたときには、気配は増え、周囲を隙間なく囲まれていた。
「先に言っておく……邪魔をしないで」
 二百。
 黒狼軍の面々だった。
「やはり、いくのですね」
「……」
「本当にやるのですか?」
「妹の……大事な妹の、片目を、片腕を奪われて……姉である私が黙っていられるわけないでしょう!」
 冷え冷えとしていたはずだった。大事を為すのだ。冷静さが不可欠だった。
 わかっていた。
 しかし、不意に、熱いものが湧き上がってくる。
 喉を昇り、舌に乗る。
 止められなかった。
「絶対に絶対に許さない! 州牧だろうが王族だろうが関係ない! 私は、あの男を……」
「しょうがありませんね」
 牙宝が肩を竦めた。
「邪魔するの? 
 私は、たとえ貴方達が敵になろうとも、必ずやり遂げてみせる。
 そう、決めた。そう、誓った。
 阻む者は、何人でも容赦しない。
 この方天隙がある。王狼がいる。私の誇りがある。
 あの子を守ると誓った。それを踏みにじられた。私は、許さない。絶対に許さない」
「少し、待ってもらえませんか?」
 いつもの、穏やかな物言い。
 また、熱が去っていく。
 意が、自分の手元に戻ってくるのを感じた。
 黒狼軍の気配が、敵意を全く含んでいないことに、今頃になって気が付いた。
「私達が戦支度をする間だけでも」
「そんなの、待てるわけ!」
「お供します……お供させて下さい。『主役』さまの戦、それに従いたく思います」
 目の前で訥々と話す牙宝からも、黒狼軍からも、敵意を感じることは出来なかった。
「貴方は、私達の大将です。それに、恩義がある」
「それは、黒天様の……私には、そんな、」
「『主役』様と『義妹』様が、困難な役を引き受けてくれた。それに、恩義を感じていない者は、いません。だからこそ、同じ思いなのです」
「……」
 黙って頭を下げた。王狼が膝を曲げる。
「待ちます」
「はい!」



牙宝:黒狼軍の、四人いる将校の一人。武人らしくない穏やかな男。妖人。
黒天:前太守の名前
嘩陀:白蛇の女妖の名前  



終盤、決意……これの三倍ぐらいにしたい。三倍長く、三倍濃くってね♪

って、三倍できくのか^^;